23――午後は初心者教室?
午後の練習が始まる少し前にまゆがオレを起こしてくれて、寝ぼけた身体を起こすために少し足踏みしたりジャンプしたりして、軽くウォーミングアップする。
さて、午後はどんな練習なのかな。多分得意な部分を伸ばすメニューを重点的に行うのだろうから、オレはシュート練習かな。そんなことを考えていたら、監督に手招きされた。
「河嶋、今日は注目された上に外せないとプレッシャーがかかった状態で、シュートを50本も打ったんだ。身体は自分が考えている以上に疲れているだろうから、これ以上のシュート練習は禁止にする」
確かに腕がいつもより重たくて、疲労感がいつもより強い。やろうと思えば100本でもシュート練習できそうだが、監督がそう言うなら楽させてもらおう。野球でもピッチャーが練習では200球は余裕で投げられるけど、試合で同じ球数を投げるのはものすごく疲れるとか聞いたことあるもんな。
「わかりました。じゃあ、私は何をすればいいんですか?」
「せっかくだから1年生の初心者達をコーチしてやれ。ドリブルの基本、シュートの打ち方、教えることは山ほどあるだろ」
いや、あるけどさ。この監督はまた無茶ブリしてきやがってと思いつつ、了承してボールを辿々しくドリブルしている同級生のところに足を向ける。
「ん? どしたん、河嶋」
中学でやってたバレーからバスケに乗り換えた子が、近づいてきたオレに声を掛けてきた。どちらも背が高いのが有利なスポーツだから、乗り換え先としては妥当だよな。いつもの4人とふたりは経験者なので、バスケ初心者は3人いる。残りのふたりは体育館のすみっこでストレッチしているけど、上達するにはなるべくボールに触れた方がいいんだけどな。
「監督から今日はバスケ初心者の練習補助をしなさいと言われたので、練習に参加させてください」
「私らは嬉しいけどさ、河嶋になんか得はあるの? それ」
「初心忘れるべからずってことなのかもですけど、チームの地力が上がるんですから私には得しかありませんよ」
オレが笑いながら言うと、ちょっと照れくさそうに彼女は『じゃあ、頼むわ』と微笑んだ。そしてストレッチしていたふたりも何事かと近づいてきて、説明されると嬉しそうに喜んでいた。
「正直助かるわー。結構放置されてることが多かったから、自分達のやり方が合ってるのか間違ってるのか、自信がなかったんだよね」
「そうそう。見て盗めって感じなんだけど、レベルが違いすぎるっていうか」
そりゃそうだ、オレだって競技を始めたのはミニバスの頃だったけど、ちゃんと横に付いてやり方を教えてもらった。高校の全国大会出場校レベルの練習で初心者に見て盗めというのは、ちょっと理想論というか現実的ではなさすぎる。という訳で、ドリブルの基礎練習とシュート練習をしてもらうことにした。
腰を落とし気味に同じ姿勢で、その場でドリブルをする練習。簡単そうに見えるけど、これが結構難しいんだよな。どうしても初心者の頃はドリブルに慣れていないから、狙ったところでボールがバウンドしないことが多々ある。それを改善するための練習なのだ。
後はバスケってオフェンス・ディフェンスのどちらでも、腰を落として何かしらの動作をすることが多い。普段からこうして腰を落として体幹を鍛えていれば、いざという時に動くスピードが変わってくる。後はボールがバウンドする高さを靴・腰、そのミックスと変更していく。ボールを地面に突く力加減を変更することによって、ドリブルに緩急をつけられるし基礎的な対応力が磨かれるのだ。
試合中に受け取りやすい勢いや高さのボールが必ず飛んでくるなんて、まぁほとんどあり得ないからな。味方にとって取りやすいボールっていうのは、敵からしてもカットしやすいボールに他ならないのだから、そんなヌルいパスなんか出していられない。だからこそ厳しいコースや強い勢いに対応できるように、選手自体のキャッチングを鍛えていく必要がある。
1分間練習して、20秒のインターバルを1セットと数えて、5セットぐらい頑張ってもらう。『短くない?』と思われるかもしれないが、これが結構しんどいのだ。ふとももやふくらはぎ、腕の筋肉が痙攣し始めて攣ることもあるからな。
練習が一段落したら、直した方がいいところと良かったところをそれぞれにフィードバックしていく。訂正点ばっかり聞かされたら、自信がなくなっていくだろうし。『ここは良かったから伸ばしていこう、ここはこう直したらいいよ』と両方言われた方が、個人的には嬉しいし伸ばす長所がある方がやる気も出るからな。
休憩を挟んで、続いてはシュート練習。最初はひとりずつゴールの前に来てもらって、フリースローラインあたりからシュートを打ってもらう。残りのふたりは近くで見学、他人のシュートフォームを見るのも練習になるのだ。
3人のシュートを見ていると、高さが足りなかったり勢いが付きすぎて直線的になってしまったり。後はてんで違う方向に飛んでいったりと、中々にフリーダムだった。
「ねぇ、河島は男子みたいなシュートの打ち方してるけど、すっごいシュートが入るよね? 両手と片手、どっちがいいの?」
「んー、女子は大体両手でシュートを打つ子の方が多いと思いますよ」
女子でもオレみたいにワンハンド派はいるみたいだが、大半の女子選手がツーハンドシュートを使うのはシュートの飛距離を伸ばすためだ。片手よりも両手の方が、素人でも遠くに飛ばせるからな。
他のメリットとしては、初心者からシュートの早打ちがしやすいことだろう。逆にデメリットとしては打点がワンハンドシュートより低いから、ディフェンスにブロックされやすい。何にしても一長一短あるってことだな。
距離感が掴めていないからか、彼女達のシュートはゴールリングに届かずに手前で地面に落ちてしまった場面も何度かあった。そういう場合は腕の力だけではなく、膝を使って全身で遠くに飛ばすイメージを持つように伝えたのだがよくわからないらしい。両手シュートは少しだけ苦手だけど試しに手本としてやってみたのだが、それでもわからないようだ。
うーん、仕組みは全然違うが投石機とかスリングショットとかのイメージでと伝えてみたが、やっぱり理解してもらえなかった。女子ってそういうのに興味ないんだな。ちょっと悲しかったけれど、今後また誰かに教える時の参考にしよう。
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