第60話 王族の話


 ルマトゥーラ王国の王、ルヴァジ・ヒル・ルマトゥーラ。

 こうして玉座に座っている姿は、威厳のある統治者にしか見えないのだが……。


「まさか、緊張しすぎて気絶してただけとは……」

「面目ない」


 ルヴァジ王が目を伏せる。

 うーん、絵になる。


 王自身が語るところによると、もともと彼は争いごとが苦手で、利害調整も不得手らしい。

 それでも王としての務めを果たすため、せめて見た目と雰囲気だけでも威厳を保とうと、普段から容姿と口調には気を遣っているようだ。

 結果、外見は完璧な王様が出来上がった――と。

 ある意味、それは才能なのではと思う。


 そんな王を常にフォローしているのが、隣に立つローリカ・シス・ルマトゥーラ王妃。

 さすがイリス姫の母親なだけあって、聖母のような佇まいである。姫様より雰囲気が大らかだ。


 ――ふと、大精霊ルウが前に進み出た。いつものようにのんびりした口調で王妃に挨拶する。


「どうも~、ルウと申します~」

「あらあら、ごきげんようー」


 ……ううん、マジか。

 微笑み方や口調がそっくりだぞこの二人。


 ルウが振り返って楽しそうに言った。


「わたし、この方とは気が合いそうです~」

「そ、そうか。よかったな、ルウ……」


 ここが謁見の間であることも忘れ、俺は頭を抱えた。

 大丈夫かこの国。いや、大丈夫じゃないだろ。何度も思ったけど、全然大丈夫じゃないだろ。


「幻滅されたかな、ラクター・パディントン殿」


 ルヴァジ王が言った。

 俺は少し迷い、言葉を選んで言った。


「陛下は、城内の者たちにもっと感謝するべきかと」

「まったくその通りだ。余は皆のおかげでここに座っていられる。だから幻滅も、叱咤も、罵倒も、どうか余に向けてのみに留めて欲しい」


 取り繕うことなく応える王。

 俺の中で、ルヴァジ王への見方が少し、変わった。


「それが、陛下なりの努力ということですか? 良き王であろうとするための」

「ははは。こう見えて、毎日が全力だよ。最近は気絶の回数が多くなって、情けない限りだ」


 おどけて言うものの、俺はその言葉にルヴァジ王なりの生き方を見たような気がした。

 一生懸命に生きる。その『一生懸命』の中身は、人によって違うのだ。


 俺は一度瞑目し、肩の力を抜いた。


「それで陛下。俺に話というのは?」


 改めて、本題を尋ねる。王は口ひげを撫でた。


「うむ。実はな、他でもない余の娘、イリスのことなのだが」

「私、ですか?」


 親娘の視線が合う。

 王は言った。


「イリスよ。お前に、新たな『聖女』の役割を担って欲しいのだ」





 ――日が暮れた。


 俺たちカリファ聖王国の面々は、客人として王城で宿泊することを進められた。

 割り当てられた部屋の中で、俺はひとりつぶやく。


「広……」

『まさに国賓待遇ですね』


 頭の中にアルマディアの声がする。

 上着を脱いで椅子にかけ、巨大なベッドに身を投げ出す。ふわりと羽毛に包まれる感覚だった。そういえば、こんな立派なベッドを使うのは初めてかもしれないな。


 他の者たちは、それぞれ別の部屋を割り当てられている。リーニャはかたくなに俺と同じ部屋になろうとしたが、今日は我慢しろと言い含めた。

 静かな部屋で、息を吐く。


『少々、驚きでしたね。ルヴァジ陛下のお話』

「まあな」


 日中の会談を思い出す。


 ――ルヴァジ王の話は、全部で三つ。


 ひとつは、カリファ聖王国を正式に認めるということ。

 まあこれは予想できた。俺を直接呼んだということは、カリファ聖王国に対するスタンスを明確にするためだろう。これからも末永く友好関係を結びたいと言ってきた。

 とりあえず、否はない。


 もうひとつは、勇者パーティのこと。俺やアリアが勇者パーティから抜けたことについて、王は「自分の不徳だ」と頭を下げた。勇者を勇者と認め、受け入れた責任は自分にあると。

 俺もアリアも、勇者パーティを抜けたことをまったく後悔していない。

 俺としては、もう少し勇者たちの手綱を握っていて欲しかったところだったが、アリアの手前、口にはしなかった。


 そして最後のひとつが、イリス姫を新たな聖女とすること。

 これが正直驚いたことだった。青天の霹靂へきれきというやつだ。


 どうやら、エリスが聖女として活動するようになってから、王都全体の治安が急速に悪化していたらしい。

 本来、聖女の力は王国に安らぎをもたらすもの。王都の神殿に聖なる力を注ぐことで、人々を包む加護となる。

 エリスは、聖女としての役目を長らく怠っていたようだ。

 まあそうだろうなと思う。


 今回、エリスが王都から姿を消したことを機に、新たな聖女を立てようと考えた。

 そして、国王夫妻含め主だった人間が全会一致で選んだのが、イリス姫というわけだ。


 驚きではある。

 が、意外ではないな。


 イリス姫が聖女。違和感なさすぎて、むしろどうして最初から彼女が聖女でなかったのだろう、とさえ思う。


「でもなんだって王は、俺の前で『イリス姫を聖女に』なんて話をしたんだろうか。確かに一大事なんだろうが、俺へわざわざ了解を得るような話ではないだろう」

『そこが驚きでした。てっきり私は、ラクター様にイリス姫を妻にするよう直談判するものとばかり』


 あのな。

 俺が呆れていると、部屋の扉が遠慮がちに叩かれた。


「ラクターさん。まだ起きていますか?」

「イリス姫? どうしたんだ」

「あの。少しお話がしたくて。入ってもいいですか?」


『夜這いです! 時間は少々早いですが、やりますね!』とわめく女神を強い意志で黙らせる。


 返事の代わりに扉を開けると、日中と同じ格好をしたイリス姫がパテルルを伴って立っていた。


『おかしいですね。この国では夜這い時に色気を重視しないのでしょうか?』といぶかる女神をさらに強固たる意志で黙らせる。頼むから引っ込め。


 大きなベッドに、二人並んで腰掛けた。

 イリス姫の横顔を見る。少々、疲れているように見えた。


「聖女になるんだってな。おめでとう、イリス姫。姫なら適任だ」

「ありがとうございます。でも、すぐに聖女になるわけじゃないですよ。儀式のために色々準備があるみたいで。さっきまで、走り回っていました」


 そう言うと、姫は少しうつむいた。長い髪で、横顔が隠れる。


「もしかして、嫌なのか?」

「いえっ! そんなことはありません!」


 バッと顔を上げて強く否定する。俺は目をしばたたかせた。

 姫は遠くを見る。


「私、昔から駄目な人間で……自分の意見をはっきり言えなかったから、お父様やお城の皆にも苦労をかけてばかりでした。だけど今ようやく、少しだけ自分に自信を持てるようになったんです。お父様たちは、そんな私に期待してくれた」


 姫は両手を胸の前で組む。


「私は、その期待に応えたい」


 つぶやく姫の顔。これまでにない決意と強い意志が感じられた。

 それでこそイリス・シス・ルマトゥーラだと思った。それでこそ、俺が力を貸す意味がある。俺の信念を貫くに足る相手である。

 俺は腕を組み、ひとり、感慨深くうなずいた。


 すると、パテルルが小さく唸りながら姫の身体に自分の頭を擦り付ける。甘えてる――とは違うようだ。

 イリス姫が、握っていた両手をほどいた。代わりに自分の胸に手を当て、小さく深呼吸した。


「ラクターさん。会談では父が話していなかったことがあるんです」


 俺が首を傾げると、姫は「実は……」と続けた。


「聖女の儀式が成功したら……その、私をラクターさんの正式な……こ、婚約者にすると」




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