第30話 悠久の時を生きる者の覚悟


 煩悩まみれの気絶劇から目覚めると、俺はでっかい葉っぱの上に寝かされていた。

 誰かが運んでくれたらしい。


 俺はしばらく、その場から動けなかった。


 ――いや、っず。

 精霊とはいえ巨乳美女の胸元に顔を埋めて、そのまま気絶するなんて、それどんな少年の夢だよ。転生前から考えたら、俺もうおっさん通り越すくらいの年齢だぞ。

 なにより恥ずかしいのが、勇者スカルが好きそうなことを自分がやってしまったということだ。アイツと同レベルは正直勘弁して欲しい。


 ……いやあ、それにしてもでかくて柔らかかった。


「違う違う」

『おはようございます。ラクター様』


 きっと全部筒抜けのくせにいつもどおり挨拶をするアルマディア。恥じて悶えている自分が急にダサくなった。

 誤魔化すように急いで立ち上がると、女神が少し慌てて言った。


『あ、動きは慎重に。落ちてしまいますよ』

「は?」


 辺りを見回す。

 相変わらず綺麗な青空だ。大神木の周囲に張られた虹色の結界も美しい。きわめつけは、どこまでも遠く、地平線まで見渡せそうな眺めの良さだった。


 ……ん? おい、まさか今俺が立っている場所って。


『はい。大神木の枝のひとつ、若葉の上です。高度約四十メートル』

「……俺が高所恐怖症だったら、このタイミングですべての冒険を諦めていたな……」


 恐る恐る、下を確認しながらつぶやく。動物たちが豆粒のようだ。


 ふと、下から一枚の葉っぱが幹に沿って急速に上昇してきた。リーニャと大精霊ルウが乗っている。なるほど、あれで俺をここまで運んだんだな。


『ラクター様が意識を失ってから、ほぼ二十四時間が経過しています。お加減、いかがですか?』

「マジで? 俺、丸一日眠っていたのか」


 だが言われてみれば、身体のだるさはすっかり消えている。

 GPを確認すると、メーターは満タンだ。

 というか、レベルまで上がっている。


『大精霊ルウによると、あのは彼女のとっておきだったそうです。神力回復に留まらず、ラクター様の神力までも刺激してレベルアップに繋がったようですね』

「ぱふぱふでレベルアップっていろいろヤバいな……じゃなくて。ぱふぱふ言うのやめろ」

『残念ながら、レベルアップの効果は今回限りのようです。本当に残念。残念です』

「なぜ二回言った」


 ――リーニャとルウが俺たちの元にやってくる。

 俺は努めて冷静に、ルウへ礼を言った。大精霊は相変わらずのニコニコ顔で「い~え~」と答えた。

 アルマディアが報告してくる。


『ラクター様がお休みの間、私がルウから話を聞いておきました。カリファ聖森林の異変は、どうやら地中に埋設された強力な魔法の効果によるものだそうです。さきに我々が討伐したドラゴンのなれ果ても、埋設された魔法の一部と言えます』

「つまり、異変の原因は勇者パーティ……か」

『これまでルウは聖森林全体を加護する大神木として、魔法の影響を最小限に抑えていたそうですが、それも限界に近づいていたようです。我々がドラゴンと遭遇した地下空間、アレはやはり、元々根を張っていた場所が枯れてできたものでした』

「待て」


 俺はルウを見た。

 出会ったときと変わらない、聖母のような微笑みを浮かべている。


「ルウ。今のアルマディアの話だと相当ヤバい状況のはずだよな。なぜお前は、そこまで平然としていられるんだ?」

「平然、ですか~?」

「そうだよ。ニコニコしていて、まるで危機感がない。このままだとお前、どうなるかわかっているのか?」

「ん~……あと一年以内には、わたしは力をすべて使い果たしてしまうでしょうね~。そうなれば大神木――わたしの身体は枯れ、カリファ聖森林は不毛の土地となるでしょう~」

「なるでしょう、じゃねえよ。それでいいのか!? 仮にも森を守護する大精霊だろ!?」

「それがこの先に待っている未来なら、仕方ないですね~」


 俺は絶句した。

 ルウのセリフもそうだが、彼女の表情にもひどく驚いた。本当に、心の底から「仕方ない」と思っているのが伝わってきたのだ。

 そして――その顔は俺をイラつかせた。


「大精霊ルウ。お前は動物たちを保護し、ドラゴンをギリギリまで抑えつけ、今このときも森を護っている。そのお前が、簡単に諦めのセリフを吐いていいのか? 大勢の命が関わっているんだぞ!?」

「諦めてはいませんよ~。ただ」


 さぁっと風が吹き抜ける。大小の葉っぱが舞う。

 大神木の精霊ルウは表情を変えず、小揺るぎもせず、風と葉の舞いの中を立っていた。


「わたしは最後の最後までここに生き続けます。その結果が崩壊なら、わたしは受け入れますよ~」


 俺は天を仰いだ。

 これは……長い時間を森とともに生きてきた大精霊の覚悟なのだろう。生き様と言っていいかもしれない。

 俺の尺度で軽々しく断じるべきことじゃないのだ。

 彼女は彼女で、自らの生を全うしようとしている。


 俺は息を吐いた。風と葉の舞いはいつの間にか止んでいた。


「……わるかった、ルウ。お前の覚悟も考えないで、知った風なことを言った。許してくれ」

「いいえ~」


 ほんわかとした口調で答えてくれた後、なぜかまた俺を抱きしめようとするルウ。

「ストレスはよくありませんよ~」と言う彼女を、俺はなんとか押しとどめた。


 すると、今度はリーニャが俺の袖を引いてくる。


「主様。あそこ。嫌な感じ」


 言われた方向に目をこらす。

 森の一部に、ぽっかりと空白地帯があった。他の場所と比べ、心なしか地面の色が濃い。

 それにあの場所――凝視すればするほど悪寒がしてくる。リーニャの言うとおりだ。


『実はこの場所にラクター様を運んだのは、この高さからなら例の魔法埋設場所が目視できるからなのです。森への負の影響力が一番強い場所だとルウが教えてくれました』

「なるほど。アルマディア、お前はあそこになにがあると思う?」

『魔法の正体は、正直わかりません。ただ、女神として感じる確かなことがひとつ』


 アルマディアが唇を噛んだように思った。


『あそこは、周囲のあらゆる生命体から力を徐々に吸い取っています。まるで恐ろしい魔物か、魔王のように。あの場所には、人として、ましてや勇者パーティとしてやってはいけない所業が隠されているはずです』



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