第28話 大神木の偉容
――意識を取り戻したとき、視界に広がっていたのは不思議な光に包まれた毛並みだった。
自分がまだ、魂虎の背中にうつ伏せになっていると知る。
『お目覚めですか?』
「……アルマディア、か」
『体調の方はいかがですか? まだ辛いようなら、そのままお休みください。非常時には、私が代わって避難行動を取ります』
気遣う女神に、礼と身体の状況を伝える。まだ少し、身体が重い。頭痛もする……。
だが、アルマディアの言葉通りに寝ているわけにはいかなかった。
「ドラゴンは、どうなった」
『我々の勝利です』
短い答えに、誇らしさがにじむ。
聞けば、俺が気を失うのとほぼ同時に、リーニャたちがなれ果てドラゴンを粉砕したという。それはもう、完膚なきまでの撃破だったそうだ。
立役者たるリーニャは今、魂動物たちを率いて少し先を歩いていた。神獣モードは解除され、いつもの人型に戻っている。
ちなみに服装も半分くらい元に戻っていた。……え? 半分?
俺が目覚めたと気づくやいなや、彼女はこちらにすっ飛んできた。
「主様、すごかった」
……すげーぐりぐりくる。獣耳が俺の頬を何度もこすってきた。
しかも半裸で。
……どうやらリーニャの衣装、神獣化でいったん全損するものの少しずつ元に戻っていく仕様らしい。少しずつって。我ながらなんてものを作った。
視線を外しながらリーニャの頭を撫でてやる。
『イリス姫様が見たら、大きな誤解をされそうですね』
「……なるほど本当に戦闘は終わったんだな」
いつも通りのアルマディアのいじりで、俺は勝利を実感した。
リーニャの手を借りて、上体を起こす。
「それで、今の状況は?」
『地上へと向かっています。前方をご覧ください』
言われて顔を前に向ける。
俺たちが歩いているのは、巨大な根の上だった。大神木だ。緩やかな上り坂になっている。
よく目をこらすと、大神木の根は少しずつ地上に向けて移動していた。まるで、植物の生長を逆再生している奇妙な感覚である。
『大神木が、私たちを導いているようです。この様子を見るに、どうやらラクター様が発見されたこの洞窟は、もともと大神木の根が張り巡らされていた場所のようですね』
「根が引っ込んで出来た空間が洞窟になった、ってことか」
『……あるいは、根が枯れて空洞になったか』
より深刻で、そしてあり得そうな状況を女神は口にする。
俺は右手を握ったり開いたりした。少しずつ体調は戻ってきている。表示されたGPも自動回復が続いている。
――が、大神木の根に触れている状態でこの回復量というのは気になった。
本当に、神力が枯渇しかけているのかもしれない。
『ラクター様。現在、あなた様のレベルを14に上げています。ですが、あまり無理はなさらないように』
「わかってるよ。この程度の力で大神木をなんとかできると思うほど、思い上がってはいないさ」
答える。アルマディアが小さく微笑む気配がした。
まあそれはそうと。そろそろリーニャ離れてくれない? 喋りにくいし、そんなぐいぐい頭を押しつけてきたら、俺ひっくり返るんだけど。幸い、衣装は元に戻ったみたいだし。
――地上が見えてきた。
根の動きが止まる。俺たちはそのまま根を伝って、地上へと出た。
「あれ?」
リーニャが不思議そうにつぶやく。
「根っこ、まだ続く?」
不覚にも、俺はリーニャとまったく同じ疑問を抱いてしまった。根っこしか見えねえけど?――と。
根っこをたどり、視線が徐々に、徐々に上に向かっていく。
首がストレッチ状態になる。
俺はつぶやいた。
「……すげ」
そこにあったのは、黄金色に輝く巨大な樹。
首を限界まで上に向けても、まだ天辺が見えないほどの、とてつもない高さだった。
これ、あれだ。
超高層ビルを真下から見上げた感じだわ。
これが、カリファ大神木か。噂以上の偉容だな、こいつは……。
これだけの高さなら余裕で王都から見えそうなものだが、誰も見えていないってことは相当強力な結界なのだろう。実際、大神木の周辺はうっすらと虹色に輝くベールで包まれている。あれが結界の境か。
「主様、主様」
リーニャが隣に立って袖を引く。彼女が指差す先に、動物たちの群れがいた。
生きている。
魂動物たちが彼らの方へと歩み寄り、同族同士でなにやらコミュニケーションをし始めた。
どうやら、聖森林から消えた動物たちはこの結界内に避難していたようだ。
「よかったね」
「ああ。大神木があいつらを保護したんだろう。さすがだよ」
うなずいて、再びカリファ大神木の偉容を見上げる。
……ま、そもそもどうして動物たちがここに避難しなきゃならなくなったかは、まだわからないままだが。
近辺を調べれば、なにかつかめるかもしれない。
そう思っていると、ふと、根の一部が輝き始めた。
光はゆっくりと人の形を取っていく。同時に、強い神力の流れを感じた。
『ラクター様。どうやらカリファ大神木に宿る精霊のようです』
「わざわざ人型で現れるなんて珍しいな……」
『精霊といっても、私たち女神と比肩するほどの力です。まさしく大精霊と言っても過言ではないでしょう。敵意は感じません。ここは話を聞きましょう』
「ああ。わかっている」
動物たちを保護し、なれ果てドラゴンをギリギリまで抑えていた精霊だ。リスペクトはしても、こちらが構える理由は微塵もない。
光が収まり、完全に人の姿となった大精霊が歩み寄ってくる。
俺は言った。
「……すげ」
開口一番を間違えた。
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