第26話 洞窟の魂たち


 光こぼれる洞窟の楽園。

 亡骸たちが土に還ったその場所で、俺の想定外の出来事が起こりつつあった。


「みんな……って」


 つぶやいた直後、地面にポツポツと光の玉が湧き出した。

 どんどん増える。

 俺はとっさに構えを取ろうとするが、GP減少の影響でうまく身体が動かせない。


 リーニャを見た。すぐ隣で俺に寄り添う神獣少女は、落ち着いた様子で楽園の変化を眺めている。耳の動きも、尻尾の動きも、実にリラックスしている。むしろ、楽しそうとさえ言える。


 光の数は、およそ二十から三十ほど。

 敵意は感じない。


『なるほど』


 アルマディアがひとり納得したようにつぶやいた。俺は心の中で説明を求める。


『彼らは、戻ってきたのです。自らの意志で。ラクター様に力を貸すために』


 戻ってきた?

 首を傾げる俺の前で、光が形を変えていく。


 あるものは犬の姿に。

 あるものは熊の姿に。

 あるものはワシの姿に。


 まるでクリスマスのイルミネーションのように、様々な動物の輪郭だけを形作る。


『何者かによって理不尽に斃された動物たち。ほとんどのものはラクター様の『楽園創造』によって肉体と魂が浄化されましたが、一部のものたちが自ら進んで、魂のみ降臨してきたようです』

「リーニャ言った。主様の声に応えるの、リーニャだけじゃないって。ここの皆、主様の力になりたいって言って、帰ってきた」


 アルマディアとリーニャの言葉を、俺はどう受け止めて良いのかわからない。

 少なくとも、俺は彼らからの見返りを期待して楽園を創造したわけじゃない。魂だけになってまで、この場に戻ってくるのはやり過ぎだと――このときは正直、思った。


 だが、光の輪郭だけになった動物たちが俺の周りに集まり、じっと俺を見上げてくる姿を見て、少し、考えが変わる。

 こいつらの強い想いを感じるのだ。


「主様。ここに集まった子たち、皆、一族の中でも特に誇り高いやつ。主様とともに再び立ち上がることは、この子たちにとって、とても強い喜び。生きている証」

「……。なるほど。魂のみになっても、まだ自らの信念に沿って立つ、か。そりゃ、否が応でもリスペクトしなきゃな」


 俺は肩の力を抜いた。


「どうせ今の俺は役立たずだ。お前たち、俺に力を貸してくれ。お前たちをこんな目に遭わせた奴を見つけ出し、一矢報いてやろうぜ。俺たちはただ殺されるためだけに生まれたんじゃねえってな」


 二、三十体の動物たちが呼応した。遠吠えのように喉を天に向けるやつ、興奮のあまり飛び跳ねるやつ、何度も翼をはためかせるやつ。

 魂だけになったせいか、声も音も聞こえない。だが、こいつらの熱い想いは伝わってきた。


『イリス姫がこの光景を見たら、あなた様をさらに尊敬されるでしょうね』

「こんなときに、相変わらずのセリフを吐くなよ」


 魂動物の一体が俺に近づく。大きな虎のような姿だ。どうやら乗れと言っているらしい。不思議なことに、輪郭だけになっても広い背中は健在だった。

 魂虎にまたがる。絨毯のような柔らかい感触だった。


 俺は洞窟の奥を見据えた。


「さあ、行くぞ」

「出発!」


 かたわらで、リーニャが参謀よろしく手を突き出す。

 俺とリーニャを中心に据え、魂動物の一団が進軍を開始した。


 ――道案内は、小柄ですばしっこい魂動物たちの役目。

 彼らは先行し、匂いや気配を感じながら俺たちに様子を伝えてくる。

 元スカウトの俺にとって、馴染みのある光景だ。……ま、さすがに洞窟の壁面を垂直に登る芸当は彼らならではだが。ちょっとすげえ。


 俺には彼らの言葉はわからない。代わりにリーニャが魂動物たちの指揮を執る。

 普段が家猫か番犬みたいな姿の分、新鮮だ。神獣オルランシアの名は伊達ではない。


 洞窟は、思ったよりも入り組んでいる。

 最初は地下水の通り道だったのか――と思ったが、どうも違う。起伏が激しい上に、洞窟の幅も高さも場所によってまちまちだ。

 この洞窟、いったいどうやってできたんだ……。


 ――どのくらい進んだか。

 ふと、魂動物たちの動きがゆっくりになった。


『ラクター様。近いです』

「ああ。俺も何となく感じるよ。すげー嫌な気配だ」

『同意です。しかし不可解なのは、気配に混じって神力も強くなっていることです。お気づきですか? 先ほどから、ラクター様のGP回復速度が急上昇しています』


 言われてGPメーターを見る。

 確かに、最初はほとんどガス欠状態だったのが、三分の一くらいには回復している。

 俺は嫌な予感を振り払うように、わざと笑った。


「神様の力を持った化け物、ってか? そっちの世界にも不良はいるんだな」

『お気を付けください。ただの魔物ではありません』


 やがて俺たち一行の前に、急斜面が現れる。

 まるでドライアイスの煙のように禍々しい気配が上から降りてくる。さすがの魂動物たちも、進むのをためらっていた。


 彼らを叱咤するように、リーニャが先頭に立つ。耳も尻尾も警戒心全開で、斜面を登っていく。

 俺たちも続いた。


 斜面の天辺に到達する。慎重に、先の様子をうかがった。

 まず――広い。サッカーコートくらいはありそうだ。

 そして――明るい。地下洞窟のはずなのに、空間の広さが目視でわかる。


 明るさの理由は、空間の最奥部に居る『アレ』。

 ぱっと見じゃわかりにくいが、アレは間違いなく――。


「ドラゴン、か。しかも、身体のあちこちが青白く光ってやがる」

『ラクター様。ドラゴンの頭上をご覧ください』


 アルマディアが言う。緊迫した声だ。

 見ると、ドラゴンの上から何かが覆い被さっている。あれは……木の根っこ?


『間違いありません。大神木の根です。大神木が、あの奇妙なドラゴンを押さえつけているのです。ですが』


 俺たちの見ている前で、根の一部が枯れて折れる。


『限界が、近い』



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