第22話 超速魔法レッスン


 ――翌朝。


『楽園創造』で創ったばかりのベッドでぐっすり眠った俺は、体力もGPもすっかり回復した状態で朝を迎えた。

 なんかこう、本当にゲームのキャラになったみたいだ。


 ま、レベルにしろGPにしろ、俺の記憶を元にアルマディアが作ったものだから、世界で俺だけのステータスなんだけどな。

 なんて甘美な響き。絶対、他の連中には教えられない。確実にイタイ奴だと思われる。


『ラクター様はイタイ奴なのですか?』

「いや、気にするな。それより、そろそろいいんじゃないか?」


 ……こういうとき、一心同体の神というのは困る。

 アルマディアの問いかけに、俺は努めて冷静に話を逸らした。


 ――俺たちは今、新拠点を出発し、カリファの聖森林をさらに奥へと進んでいる。

 カリファ大神木の神力を、アルマディアにたどってもらっているのだ。


 一緒に行動しているのは、リーニャのみ。

 レオンさん親子は、そのまま新拠点に留まっている。今は元気とはいえ、さすがに元々病弱な子をこれ以上引っ張り回すわけにはいかないだろう。


 それに。

 カリファ大神木に本当に異変が起こっているのなら、危険が待っているに違いない。


 それと、もうひとつ。

 昨日、アルマディアが思わせぶりに言った台詞――神がヒトの魔法を使えばどうなるか。

 その実践に適当そうな場所までたどり着いた。広い河原、少し先には大きな岩がある。

 ここなら、多少のことでは周囲に迷惑はかからないだろう。

 アルマディアは『よい場所ですね』と満足そうだった。


『それではラクター様。これより神力を用いた魔法訓練を行います。はい、お互いに礼』

「お互いに礼? お前、まさかリーニャを実験台にするつもりじゃないだろうな」

『そんなことはしません。初めの挨拶が肝心というだけです。はい、お互いに礼』


 お互いとは。

 ……こいつ、また俺の知識から適当なモン引っ張り出してきたな。


「……よろしくお願いします」

「しますにゃ」


 隣のリーニャと一緒に、岩に向かって頭を下げる俺。なんだこれ。

 あとリーニャ。アルマディアの声が聞こえるからって、言うとおりにしなくてもいいんだぞ。素直か。ちくしょう俺もだ。


『GPを表示します』


 視界の端に見慣れたステータス。一晩休んだおかげでGPは満タンの200。メーターもフルで溜まっている。


『さて、ラクター様は魔法についてどれほどご存じですか?』

「ん? まあこの世界の常識程度には。本職じゃないから、たかが知れてるけど」

『では、魔法についてわかりやすく教えてあげてください。リーニャに』


 は?


 隣を見ると、期待に目を輝かせたリーニャがじーっと俺を見つめていた。獣耳はピンと立ち、尻尾がわっさわっさと左右に揺れている。

 どういうつもりだ、アルマディアの奴。


「あー、ごほん。魔法っていうのは、ひらたく言えば属性の具現化だ。火をおこしたり、水を生み出したり、石つぶてを飛ばしたり……とまあ、なんもないところから色んなモンを生み出すのがざっくり魔法だ」

『本当にざっくりですね』


 やかましいわ。お前が説明しろって言ったんだろ。

 リーニャは「おおおっ!」って感心してるし。やりづれえ。


「で、だ。魔法ってのは、実は誰でも使えるワケじゃない。体内の魔力量が一定以上で、かつ、詠唱を習得した奴しか使えない」

「主様は使えるよね?」

「使えねーよ。持ってる魔力量が少なすぎるし、詠唱なんて小難しい言葉の羅列で、意味がわからん。意味を理解せずにただ唱えてもダメっぽいんだよ、あれ」

「むぅ。じゃあリーニャ、詠唱喰って滅殺する」


 無理です。


 アルマディアが話に割り込んでくる。


『ラクター様。では、詠唱なしで魔法を使おうとするとどうなりますか?』

「は? お前がそれを聞くか? ……まあ、お寒い結果になるだろうな。例えば、ただの一般人がこう、手をかざして『火炎よほとばしれ!』みたいに叫んだところでなにも――」



 ドォォォンッ!



 数メートル先で爆発が起き、河原の石が吹っ飛んだ。

 砕けた欠片が俺たちのところまで降り注ぐ。地味に痛い。


『できましたね』

「できたできたー。主様すごい」

「……は?」


 火元もないのに黒煙を上げる河原を、俺は呆然と眺めた。


 ふと、視界の端のステータス表示を見る。

 メーターが減っていた。ほんの数ミリ。残り数値を確認。198。

 あの爆発が、消費2。


『念のため、他の魔法を試してみましょう。ちょっと失礼します』


 そう言って、アルマディアが俺の右手の操作を奪う。


『水よ来い』


 ドォォォンッ!


『風よ来い』


 ドォォォンッ!


『大地よ裂けろ』


 ドォォォンッ!


 河原のあちこちで同じ光景が広がった。

 リーニャがきゃっきゃと喜んでいる。

 アルマディアが澄ました声で告げた。


『おわかりいただけましたか?』

「いただけねぇよ。なんだよコレ。つーか、火も水も風も土もなんで全部爆発すんだよ。むしろ使えてねーだろが!」

『以上で、魔法訓練を終了します。早かったですね。お互いに礼。ありがとうございました』

「ございましたにゃ」

「おい!!」


 アルマディアは心底楽しそうに『冗談です』と言った。この女神……。


『本筋に戻りましょう。ラクター様、先ほど発動したものは間違いなく魔法です。ですが、この世界の人間たちが使うそれとは大きく異なります。それがなにか、おわかりですか』


 気持ちを落ち着けるため、大きく息を吐いてから、答える。


「魔力を使わないことと、詠唱が適当なこと。たぶん、そもそも不要なんだろ」

『正解です。魔力は神力に、詠唱はイメージに置き換えることで、魔法が発動するようになっています。この関係、なにかに似ていませんか』

「……『楽園創造』、だな」

『またしても正解です』


 満足げな声だった。


『神がヒトの魔法を使う。それは、ヒトが持つ魔力よりもはるかに強力な神力を使い、ヒトが複雑な詠唱によって初めて構築できる具現化をイメージひとつで成り立たせることです。簡単に言えば、使、ということです。そしてそれは、女神と一心同体となったラクター様も同様なのです』

「……で、難点があの爆発ってことか」

『お恥ずかしながら。私は楽園を創造する存在。ヒトの魔法には疎く、うまく使い分けができません。結果、魔法が発動しても効果が一定になりがちです』


 それが連発ドォンか。はた迷惑なことこの上ない……。


 まあ、だが納得はいく。女神であり、【楽園創造者】なんてチートな力を持っているにもかかわらず、あっさり勇者パーティに捕まったのは、人間のように魔法を使のがそもそも苦手だったからだろう。


『ですが、ラクター様は違います。あなたは神に近い存在でありながら、同時にヒトでもある。私ができなかった境地に必ず到達できます』

「女神が到達できなかった境地、ねえ……」


 アルマディアは力説した。


『ラクター様は、あの賢者アリアを超えるのです』




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