第12話 レオンの憤りとお礼の品
――格好いいことを言った手前、ちょっと気まずいが。
俺はリビングから室内を見回した。
内装はだいたいイメージ通り。壁紙は綺麗だし、天井はそこそこ高いから圧迫感もない。調度品は新品同様。
が、いかんせんモノが少ない。
素人でも想像できる家具――例えばソファーとかテーブルとか棚とか――は『見よう見まね』で揃えてみたけど、室内が広い分、がらーんとした印象は拭えない。
ううむ……俺にはまだまだ、『これぞ楽園!』ってものを創る知識も技術も足りないのかねえ。
この状態で引き渡すのは、少々申し訳ない気がしてきた。
何だかリフォーム業者みたいな思考になってきたけど……。
「どうかなレオンさん。ガラガラで不満はあると思うけ――」
「とんでもない! これ以上ない素晴らしい家です!」
食い気味に感謝された。レオンさんが俺の手を握る。
「これで……これで娘にも良い暮らしをさせてあげられます。本当に、本当にありがとう。ラクター君……!」
今日何度目かの嗚咽を漏らすレオンさん。「どういたしまして」と俺は短く答えるだけにした。
『ラクター様。素直にお喜びになっていいんですよ。喜んでもらえてよかったと。とても嬉しいと』
うるさいな。心を読むなよ恥ずかしい。
『ふふ。ぶっきらぼうなところもありますが、本当にお優しいですよね。ラクター様は』
「お前なあ。そんなこと臆面もなく」
『あら。私は女神ですもの。素晴らしいこと、美しいことは素直に称賛いたしますわ。それに、今こうしてラクター様と一緒になれて、心の底から幸せだと思っていますよ、私は。図々しさは信頼の証です。ふふふ』
……やっぱりこの女神。俺をからかうのが趣味になったらしい。まったく。
――それから一通り
「僕の荷物、保管してくださったのですね」
「俺には区別がつかなかったから、それっぽいものを残しただけだけどな」
「十分です。あとは王都の自宅から、必要なものを持ち運ぶだけです。アンもきっと気に入るでしょう」
それはよかった、と答える。
「引っ越し、手伝いたいところだけど、すまん。俺は今、王都に戻りたくないんだ」
「そうなのですか? ラクター君ほどの人材なら、引く手あまただと思うのですが」
「はは。実は、勇者パーティから追放されちゃってね。いらないから、ってさ」
「なんですって!?」
予想外にでかい声で反応され、俺はのけぞった。
レオンさんに両肩をつかまれる。
「信じられません。あなたほどの人を……それで、抗議はされたのですか!? きっと不幸な誤解があってのことでしょうから――!」
「レオンさん、落ち着いて」
手を払う。
自分でも声がワントーン下がったのがわかった。
「彼らにとって、俺は男で、戦闘の役に立たないスカウト職でしかない。俺も、彼らの行動にはもうついていけなくなった。だから未練はないんだ」
「そんな……」
「ま、そういうわけだから、ほとぼりが冷めるまでは王都に近づかないようにしているんだ。あの勇者たち、俺が帰ってきたと知ったら何するかわからないからな。それこそ、勇者の技を街中でぶっ放されたら困るでしょ。偉大なる王都スクードの治安維持のためだよ」
冗談めかして言ったものの、レオンさんは納得していない様子だった。俺は頬をかいた。
「わかりました」
ややあって、レオンさんは言った。
「どのような事情であれ、君は僕の恩人で、僕は君たちの味方です。それと……今後、僕は勇者様一行を以前のように尊敬できなくなりました。もし街中で出会ったら、一言文句を言いたい」
「やめときなよ」
心から忠告した。奴は短気とプライドの塊だ。最悪、その場で痛めつけられる恐れもある。理不尽な被害者が増えるのは本当に勘弁してほしい。
深呼吸。落ち着きを取り戻し、レオンさんはたずねた。
「ところでラクター君。何か必要なものはないですか? 僕もいっときは商人として活動しました。不足品があれば、できるだけ用立てますから」
「うーん、【楽園創造者】のスキルがあれば、だいたい何でも揃いそうだけどなあ」
……とつぶやいてから、ふと思いつく。
「そういえば、『本』が欲しいな」
「本、ですか」
「うん。何て言うか、資料的なやつ」
我ながらざっくりとした表現だと思う。
この世界では『紙』はそこそこ貴重品だ。本も同様。少なくとも、一般人が気軽に所持できるものじゃない。
ただ、『ここが異世界だなあ』と思うのは、物事の記録にちょくちょく魔法を絡めること。紙そのものは貴重だけど、魔法によって一枚の紙を何度も使い回すことができるのだ。日本で言う伝言ボードみたいな使い方だな。
なので、『本』は一般的ではないが、読み書きそのものは皆習得してる、って感じだ。
――ちなみに、俺は転生以来、読み書きに困ったことはない。これぞ王道の転生ボーナス。いや、読み書きできなかったらマジで大変だったよ。
それはともかく。
一般には珍しい本でも、研究職だったレオンさんならたくさん持っているのではないかと思ったのだ。今後、新しい楽園を創っていくにあたって、より多くの知識を身につけておきたい。
必要は勉強の母、だ。ちょっと違うか。
レオンさんは少し考え、それから妙に穏やかな表情でひとりうなずいた。
荷物をまとめた部屋から、一冊の本を持ってくる。子どもの絵本くらいの大きさと厚さ。ただ、表紙はシックで、強い魔力も感じた。
「どうぞ。これをお持ちください。カリファの聖森林の植生をまとめた植物図鑑です。僕の指導教官から譲り受けたものです。高位の記録魔法がかけられているので、見た目よりもずっと情報量は豊富ですよ」
「おお、こりゃすごい。このタイプは初めて見る。じゃあちょっと借りて――」
「差し上げます」
あまりにあっさり言うので、聞き間違いかと思った。
レオンさんは真剣な表情である。
しばらく彼を見つめてから、俺は折れた。
「わかった。それじゃあ、ありがたくいただくよ。目一杯、活用するから」
そう言うと、彼は「本望です」と笑った。
アルマディアが教えてくれる。
『これはよいですね。図鑑を参照しながら一つひとつ森のことを知っていけば、創造できる楽園もより豊かになっていくでしょう。それは
なるほどね。それはますます、大事にしなきゃな。
――それからレオンさんは、一度王都に戻ることになった。荷造りをし、娘を連れてここに戻るためだという。
「数日、時間をいただくと思います。必ずまた会いましょう」
「うん。それじゃ、また数日後に」
そう言って、俺はレオンさんを見送った。
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