第9話 野盗たちがいた洞窟


 それから俺たちは、オルランシアの聖地で一晩休むことにした。

【楽園創造】のおかげで力を取り戻したこの場所は、他よりも安全なのだそうだ。


『なにより、今日のラクター様は何度も【楽園創造】の力を使っています。ゆっくり休まれるのことを強くお勧めします』

「そうだよ主様。主様からちょっと疲れた匂いがするもの」


 アルマディアとリーニャの二人から諭されては、うなずく他ない。


「とりあえず野営の準備を――」


 辺りを見回しながらそうつぶやいた直後、シュルシュルと音を立てて草が生長し始める。意思を持っているかのように絡み合い、あっという間に簡易テントの形になった。

 中を覗くと、ちゃんと寝床になっている。


「すごいな聖地……」


 感心していると、今度は甘い匂いが漂ってきた。

 すぐ近くの樹に、いつの間にか大きな実がなっていた。


「主様。あれを食べて元気出して」

「マジか。すごいな聖地」

『ラクター様のおかげですよ。ここは今、あなたの楽園なのです』


 実は簡単に採取できたし、手で簡単に割れた。中はカットメロンのようにちょうどよい大きさの果肉が並ぶ。めちゃめちゃ甘いのに食べ応えがあった。

 リーニャと二人、お腹いっぱいになるまで食べる。


 聖地が作ってくれたテントに入り、早めに横になる。

 当然のようにリーニャも潜り込んできた。

 神獣族とはいえ、美少女と同じ寝床で眠るなんて経験、転生前もない。さすがに緊張する。


「えへへ」


 リーニャが笑った。


「主様の匂い、やっぱり安心する」

「そうか?」

「うん。リーニャ、母様も皆もいなくなって、これからずっとひとりだと思ってたから。主様のリーニャになれて、本当によかった」


 ぎゅっと抱きついてくる。


「リーニャ、主様のために頑張るね。これからもずっと頑張るね」

「リーニャ……」


 俺はテントの天井を仰いだ。

 自分が決めた小さな信念を思い出す。


 ――一生懸命生きる奴を、リスペクトする。


 リーニャの寂しさと決意は、受け止めないといけないよな。


「わかった。これからもよろしくな、リーニャ」

「うにゃあ」


 猫そのものの返事をして、耳をぺたんと倒す神獣少女。

 オルランシアはオオカミじゃなかったのかよ、と苦笑しながら、俺は目を閉じる。


 その晩は、ぐっすり眠ることができた。

 勇者たちにパワハラされる心配をしなくてもいい、本当に久しぶりの夜だった。




 翌日。

 日の出と共に目覚める。

 これ以上ないほど健康的な朝だ。


 聖地は丘の上にあるため、景色もいい。カリファの聖森林が朝日を浴びて輝いているようだ。スクードに居たときには全然わからなかった、朝の清々しさ。

 たぶん、俺の気持ちが大きく変わったからだろうな。あの頃と比べて。


「さて、と」


 朝食を済ませ、身支度をする。隣でリーニャが尻尾を振った。


「主様。どこかに出かけるの?」

「ああ。しばらくこの森で暮らすとして、不安要素はできるだけ排除しておこうと思ってな」

『野盗たちの残党を確認すること、ですね』


 アルマディアの言葉にうなずく。


「昨日襲撃してきた奴らで全部とは限らない。リーニャを一度は捕らえたってことは、この近辺に奴らの拠点があるってことだしな」

「リーニャ、奴らの匂いわかるよ! あんまり嗅ぎたくないけど、主様のために頑張る」

「無理すんなよ。よし、それじゃあ出発だ」


 俺たちは聖地を出た。

 リーニャが先導し、森を歩く。


 鬱蒼とした道なき道。

 勝手知ったる我が庭――ということなのか、リーニャは軽快に進んでいく。付いていくのがやっとだ。


「主様、すごいね」


 ふと、リーニャが振り返って言った。


「普通の人間、ここまでリーニャについて来れなかったよ」

「おだてても何も出ないぞ」


 神獣少女は首を傾げる。どうやら本気で褒めてくれたらしい。


 ――そうこうしているうちに、目的地へ到着した。

 前方に、洞窟がある。

 入り口前にはキャンプの跡があったが、今は誰もいない。かまどの火も完全に消えているようだ。


 リーニャの髪の毛が少し逆立っている。完全警戒モード。間違いなく、野盗どものアジトだ。

 慎重に、洞窟に近づく。


 リーニャが俺の服を引っ張った。


「主様。悪い人間たちの匂い、あんまりしない。奥にあいつらはいないのかも」

「わかった」


 俺は荷物からたいまつを取り出し、火をつけた。

 洞窟の中へ足を踏み入れる。

 中は少し肌寒かった。野盗たちのモノと思われる装備品やボロボロの寝具、それに酒瓶を並べた棚があった。


 ……どうやら、野盗たちの残党はもういないみたいだな。

 肩の力を抜く。


 そのとき、俺はリーニャの様子がおかしいことに気がついた。洞窟の奥を睨みながら、今にも飛びかかりそうな姿勢を取っている。


 ――誰か……助けてくれ……。


「いま……! 人の声が聞こえた」


 ――助けてくれ……。


 男性の声だ。俺たちは声がした方へ向かう。

 すると、突き当たりの部屋に人影を見つけた。部屋は牢屋だったのか、入口部分に木で柵が組まれている。


「む……雑な作りのくせに頑丈だな」

「これ開ければいいの? 主様」


 そう言うと、リーニャは無造作に柵をつかむ。


「ふん」


 開けるというより引き千切る感じで、柵がぶっ壊れた。

 神獣すげえ。


「開いたよ?」

「……よくやった。えらいぞ」


 若干呆れながらも、頭を撫でる。


 ――部屋に入る。

 壁際に、男性がひとり拘束されていた。結構ひどい暴行を受けたらしく、全身痣だらけだ。おまけに目隠しまでされている。きっと野盗たちに置き去りにされたことにも気付いていないのだろう。


「ありがとう……助かりました」


 拘束を解き、傷の応急手当をすると、男性はほっとしたように礼を言った。

 年齢は三〇代から四〇代くらい。立派な顎髭を生やしているものの、どちらかというと気弱そうな印象の男だった。


「僕はレオン。レオン・シオナード。商人……、いえ、そう……商人を、やっています」


 奥歯に物がはさまったような自己紹介。

 俺とリーニャも名乗るが、それで会話がパッタリと途絶えてしまう。

 ……厄介事の予感がした。


 正直、今の俺は他人と積極的に関わるのを避けたかった。勇者に野盗――人間にちょっとした不信感を持つには十分な経験だ。

 だがレオンさんの横顔を見て、俺はこのまま見捨てたくないと思えてきた。


 だってさ。見覚えがあるんだよ。

 絶望的な仕事量を抱えたときの、深夜の俺。

 自分じゃどうにもできない状況で、明らかに無理だとわかっているのに、それでもやらなきゃいけないプレッシャーに押し潰されかけてた、あのときの横顔だ。


「レオンさん」


 俺は頭を掻きながら、言った。


「なにか、困っていることがあったら、聞く」


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