第7話 獣耳リーニャの忠誠


 神獣族オルランシアの少女、リーニャ。

 女神の眷属だというから、てっきりホワイトウルフのような種族かと思っていた。まさか人化できるとは……。


 こちらをじっと見つめてくるリーニャの瞳。黄金色だ。

 お尻まで伸びるサラサラの銀髪に、同じく銀色の体毛をした獣耳。よく見ると、耳には魔石のイヤリングのような装飾品が付けられていた。

 汚れた麻のトップスにショートパンツ。まるで囚人のような格好。

 年齢は十五、六歳くらい。もっとも、相手は神獣。実年齢はわからない。

 しなやかかつスレンダーな体型で、見るからに身体能力が高そう。


「主様?」


 こくりと可愛らしく首を傾げるリーニャ。

 俺は視線を逸らした。神獣の人化……やっぱりとんでもなく美人になるんだな。

 っていうか。主様って何だ。

 相手は神獣、どう考えても俺の方が格下だろうに。


『リーニャ。私がわかりますか? アルマディアです』


 ふと、俺の中の女神が語りかけた。

 どうやら眷属相手なら声が聞こえるらしく、リーニャが少し驚いた顔でうなずく。


「わかるよ。女神様の匂い。やっぱり主様の中にいたんだね。よかった、会えて」

『私もです。あなたが生きていて本当によかった。……教えてください。あなたたちに、何があったのですか?』


 するとリーニャはうつむき、ぽつりぽつりと話し始めた。


「母様から、次のリーダーを譲り受けた直後だった。リーニャたちの聖地に、いきなり人間たちがやってきて……いろいろ、盗っていったの」

『どんな人間たちでしたか?』

「ツンツン頭の男ひとりに女ふたり。すごく嫌な匂いなのに、すごく強かった。母様や仲間の皆でも歯が立たないくらい」


 リーニャは唇を噛む。

 アルマディアが耳打ちするように教えてくれる。代替わりの際はとても大きな力を使うので、リーニャの母もリーニャ自身も一時的に弱ってしまうのだと。

 偶然か、それとも狙われていたか。とにかく、その『とんでもなく強い人間』に襲われ、リーニャたちは敗れた。


 ツンツン頭の男ひとりと女ふたり――もはや、名前を思い出すのも腹立たしい。

 それでも勇者か、あいつらは……!


「弱ってたリーニャを仲間の皆が逃がしてくれた。けど、途中で別の人間たちに捕まった。最近、森を荒らし回ってる悪い人間たち。でもそのときは神獣の姿だったから、人間たちの隙を見てヒトの姿になって、逃げ出した。服は、あいつらの巣で拾った」


 母様が、人間の姿になるときは服を着なきゃいけませんって言ってたから、とリーニャは告げた。金色の瞳が揺れていた。


「リーニャ、皆を助けたかった。だから戻った。けどもう遅かった……。どうしたらいいのかわからなくなって落ち込んでいたら」


 そこで、俺を見る。


「聖地が、蘇るのを感じた」


 ずり、と俺の方に寄ってくる。


「聖地が、前よりずっと力に溢れてた。女神様の匂いもした。『ああ、女神様が来てくれたんだ』って思ったら、力の真ん中に、主様がいた」


 俺の頬にリーニャの手が触れる。顔が近づく。


「聖地が主様を受け入れていた。主様からは女神様の匂いもした。だからリーニャ、これからはこの人に仕えるんだって思ったの」


 息づかいがすぐそこに聞こえる。

 そのまま俺の胸元に顔を埋め、くんくんと匂いを嗅ぐ。


「リーニャの主様。イイ匂い……」

「ちょ……っと待ってくれ」


 展開が突然すぎてついていけなかったが、とりあえずはリーニャを押し戻す。このままだとマズいと思った。いろいろと。


『リーニャ。この方はラクター・パディントン様。私の力を受け継いだ人間です。ラクター様に仕えるというあなたの決断、私は支持します。これからはラクター様を支え、厄災を防ぐ壁となってください。頼みましたよ』

「はい」


 またギュッと抱きついてくるリーニャ。見た目はすらりとしているが、元が神獣なだけあって力がとんでもなく強い。

 まるで猫のように顔を擦り付けながら、うっとりした口調で彼女は言った。


「よろしくです。リーニャの主様」


 ……何という展開か。

 俺はただ、神獣族オルランシアたちの帰る場所を作りたかっただけなのに。

 とはいえ、一族でひとりになってしまったリーニャをここに放置するのも忍びない。


 俺は返事の代わりに、リーニャの頭をゆっくりと撫でた。

 獣耳が動き、気持ち良さそうに左右に広がる。銀色の尻尾が、俺の手の動きに合わせてゆっくりと動く。

 撫で心地は格別だった。

 スキンシップの激しい、甘えたがりな妹を持った気分だ。


 そのまましばらく撫でて続けていると――。


「……ッ!」


 突然、リーニャの獣耳と尻尾が鋭く立った。

 俺から離れると、崖とは反対方向の草むらを睨む。前傾姿勢を取り、今にも飛びかかりそうな様子で警戒心を剥き出しにする。


 草むらをかき分けて現れたのは――あの野盗たちだった。


「ようやく見つけたぜ、獣っ子ちゃんよ」


 下卑た笑いを浮かべるスキンヘッド。


「へっ。女に化けられるなら先に言えって。断然、使が増えたってもんだ。もう逃げられねえぞ。大人しく俺たちの奴隷に――」


 そのとき、奴らは俺に気付いた。

 一瞬、苦々しい表情になったものの、俺が満足に動けないことを悟ると途端に嘲笑した。


「おい小僧。さっきの借りは、この女でチャラにしてやる。大人しくそこで見てな。この獣娘は俺たちのモンだ」

「リーニャ、お前たちのモノじゃない。口の利き方に気をつけろ」


 挑発的とも言えるリーニャの警告。

 一気に険悪になった空気をものともせず、さらにリーニャは言い放つ。


「お前たち、主様より下。女神様より下。リーニャより下。下のモノが上のモノに逆らうの、許されない」

「はあっ!? なんだとこの女! おい、いいからやっちまうぞ、コイツら!」


 野盗たちが武器を振りかざす。

 その瞬間には、リーニャが動いていた。


『オルランシアの一族は、際立って高い身体能力と耐久力でカリファの聖森林を護り続けてきました。勇者クラスならともかく――』


 女神アルマディアが告げる。


只人ただびとに、オルランシアの長は止められません』


 砕ける剣。

 空に舞う野盗たちの身体。

 まるで光跡写真のように、銀の髪と金の瞳が縦横無尽に駆け巡る。


 速い。そして強い!


 気絶して動かなくなった野盗たちを見下ろしながら、リーニャは告げた。


「序列を守らない奴、リーニャ許さない。リーニャの主人は、主様だけ」


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