第26話 初めて知りました

「逆に、癒しの聖女の力だけを受けすぎると、癒しの効きが弱くなるのよね」


 赤ちゃんをあやしながら、エレイン様がお義母様に続く。


「えっ……、それじゃあオスタシスは……」


 初めての話に、私は驚きつつも、生まれ育った国のことが心配になった。


 ハーブが遠ざけられてどれくらいたっただろうか。ティナの聖女の力にすっかり頼りきっているオスタシスは、この冬も無事に乗り越えられるのだろうか……。


「君を蔑ろにした国のことなんて気にする必要は無い」


 隣にいたオリヴァー様が、至って真剣に私に言うも、気にしないなんて無理で。


「もう、オリヴァー、エルダーちゃんが困ってるでしょ」


 困った私にお義母様が割って入る。


「オスタシスの王太后、アンゼリカ様にね、あなたのお母様の噂は聞いていたのよ」

「お母様の……?」


 お義母様から思いもよらぬ話が出てきて、私は思わず前のめりになる。


 お母様は国一番の調合師と言われていた。王宮とも懇意にしていて、頼りにされていた。


 そのお母様の跡目を継いだ私に、王太后様はジェム殿下の婚約者に推してくださったわけで。


 あまりお話ししたことは無いけど、優しく微笑まれる温かい印象のお方だ。


「このロズイエも危機的な冬があってね、あなたのお母様のハーブで国民は救われたのよ」


 穏やかに笑って話されるお義母様のお話に、自分も何だか誇らしい気持ちになる。


 今ではすっかり必要とされなくなった、オスタシスでの母の活躍を聞けるのは単純に嬉しかった。


「その時、感謝を込めてね、王太后様を通してあなたのお母様にプレゼントしたのが、計量スプーンなの」

「まさか……」


 初めてお義母様にハーブを調合した日、母の形見のスプーンを見て驚いていた。


 そのことを思い出し、まさか、と思い口にすると、お義母様は嬉しそうに微笑んで言った。


「そう、あなたがお母様の形見だと言っていたスプーンが、私のプレゼントした物よ」


 そういえば、スプーンの柄には薔薇の模様が象られていた。


 まさか、こんな所でロズイエ王家との接点があったなんて……。


「ふふ、この国の恩人の娘さんがお嫁さんなんて、運命的よね」

「凄い! しかもオリヴァーと運命的な出会いをして、まさに必然かしら?!」

「さすが我が弟だ」


 お義母様とエレイン様がきゃあきゃあと笑いあい、ライアン様は誇らしげにオリヴァー様を見る。


 確かに運命みたいだ。


 そう思いつつ、みなさんが盛り上がっていて恥ずかしい。


「まあ、オスタシスにも調合師はいるんでしょ?」

「ええと、私のお店が最後でしたので、他の方はどうしているのか……」

「まあ!」


 私の答えに、お義母様は信じられない!といった表情で驚いた。


「オスタシスがそこまでハーブを軽んじていたなんて……王太后様がいらっしゃったら有りえないわ」

「そうですね、愚かなことですわ」


 お義母様とエレイン様の会話で、改めてロズイエがハーブを大切にしてくれていることを実感して嬉しくなった。


 こんな素敵な国で、好きな人に嫁いで、素敵な家族が出来て。


 何て幸せ者なんだろう。こんな幸せを私は知らなかった。


『私はお姉様より幸せです!』


 ふと、オスタシスに残してきた妹の顔が浮かんだ。


 私よりも幸せで・・・いなきゃ・・・・いけない・・・・と自分に言い聞かせていたティナは大丈夫だろうか。


「あの、皆様……もしオスタシスに何かあったら…」

「エルダーちゃんの生まれ故郷ですもの。私の大切な恩人の国でもあるわ。助けてあげましょうね」


 私の言いたいことを汲んで、お義母様がふんわりと微笑んだ。


「ありがとうございます……」


 ほっとしつつ、オリヴァー様にもチラリと視線をやると、彼もふわりと微笑んだ。


「エルダーの好きなようにすると良い。俺は君を支える」

「……はい!」


 さっきまで私のために怒ってくれていた彼は、私の意思を尊重して、その怒りを収めてくれた。


 優しい彼に、心がポカポカとする。


「まずは冬に備えつつ、学校の準備だな」

「はい!」


 オリヴァー様の言葉に、私は元気よく返事をした。


「でもあなたたち……」

「?」


 笑顔で向き合う私たちに、お義母様が溜息をつきながらこちらを見たので、何事かと向き直れば、とんでもないことを言われた。


「仕事ばかりで、孫の顔はまだ先になりそうね」

「まっ……!」


 お義母様の言葉に、私とオリヴァー様も真っ赤になる。


「しばらくはうちの子で我慢してください」

「我慢だなんて! もー、幸せよっ!」


 ライアン様の言葉に、お義母様はすぐにお二人の子に顔を向けて、この話は終わったけど。


 私とオリヴァー様の顔は赤いままだった。


 そりゃ、気持ちも通じ合ったし、そのうち……ね?


 でも寝室もまだ別だし……。


 そう思っていると、皆からは見えない位置でオリヴァー様が私の手を握る。


「!」

「エルダー……その、今夜、行っても良いかな……」

「!!」


 真っ赤になりながらもそう呟くオリヴァー様に、私も真っ赤になりながらコクコクと精一杯頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る