第8話 歓迎されています

「よく来たな」


 私は、あのまま王妃様に連れられて謁見の間にやって来て、国王陛下に挨拶をしている。


 王妃様同様、優しい顔を向けてくれ、歓迎されているのが伝わる。


「……すでに耳に入っていると思うが、我が愚息のことだ」


 もしかして、と思うのと同時に、陛下は険しい顔で続けた。


「隣国の平民と一緒になりたいと言い出してな……。無理だと思っていた条件を成してみせた」


 はい。知っています。道中、ロジャーから聞きました。


「しかし、そなたとの約束が先だ。私は認めるつもりは無い。この国は一夫一妻制だし、王家の者が愛人を持つという下品なこともしない。安心しなさい」

「は、はあ……」

「聖女を迎えられたのは王家として喜ばしいこと! 安心してこの国で生きていきなさい!」


 ガハハ、と陛下は笑った。


 『聖女』と言われることに、未だにピンと来ない私は、作り笑いで応えた。


 しかし、困った。


 やはり国王陛下は認めるつもりは無いらしい。


 この国を思ってのことだし、大金を払ってまで私を迎えたのだ。聖女らしい私を市井に放り出す真似はしないだろう。


 オリヴァー殿下も、王家の人間としてこの結婚を受け入れるのが正しいのだろう。


 でも、私はそんなのは嫌だ。


 いつか好きになってもらえるように、なんておこがましい考えだ。それが、好きな相手がいる人ならなおさら。


 これは、殿下とちゃんと計画を立てないと。


 私がそんなことを考えていると、陛下からは非情な言葉が降り注いだ。


「明日、結婚式を執り行う。それまで、我が愚息は部屋に閉じ込めておくように。良いな、ロジャー」


 私の後ろに控えていたロジャーが、「はっ」と返事をするのが聞こえた。


 どうやら、結婚式までオリヴァー殿下とはお会い出来ないらしい。


 陛下との謁見を終えた私は、すぐにある所に案内されることになった。


「わあ……」


 通された部屋には、ずらりとハーブの瓶が並んでいた。


 私のお店の倍はある広さに、思わず目を瞬く。


 色とりどりのハーブを一つ一つ見ていくと、どれも品質の良いもの。流石ロズイエ。


 私が目を輝かせて見て歩いていると、王妃様が顔をのぞかせた。


「ふふ。薔薇に続いて、気に入った?」

「はい!」


 大好きなハーブに囲まれた私は興奮して返事をする。


「ここは、あなたのために作らせた調合室よ。依頼をもちろんこなして欲しいけど、好きに使ってね?」

「私の……調合室……」


 こんな立派な?!


 王妃様の言葉に、信じられない!と目を瞬いていると、ふわりと私の頬に、王妃様の手が添えられた。


「オリヴァーは悪い子ではないのよ。ただ、真っ直ぐすぎるというか……」


 王妃様は私のことを気にしてくれているようだった。


 とってもありがたい!!


 いえ、私は気にしてません!


 ……そんなことを言えるわけもなく。


 私はにっこりと王妃様に無言で返した。


「ふふ。あなたとオリヴァーは気が合うと思うのだけどね」


 またいたずらっぽく王妃様は笑うと、「またね」と言って、その場を去って行った。


 王妃様の余韻を辿り、しばらくぽーっとしていた私は、はっと我に返る。


「ロジャー、あなたはオリヴァー殿下とはお会い出来るのよね?」

「はい」


 そうだ!明日の結婚式までに、殿下に私の意思を伝えないと!


「手紙を書くから、届けてくれる?」

「かしこまりました」


 私はこの国に歓迎されて嬉しいし、役に立ちたい。


 でも、それとオリヴァー殿下の幸せを犠牲にするのとは違うと思う。


 だから私は私の出来ることをしたい。


 そう思った私は、ロジャーに手紙を託すことにした。


『初めましてオリヴァー殿下

 私は、あなたと想い人が結ばれるようにお祈りしております。国同士の取引な以上、私との結婚は致し方ないとは思いますが、私はあなたにその犠牲になって欲しくないと思っています。しばらくはお飾りの妃として私も努めます。殿下も愛していない妻などお嫌でしょうが、形だけですのでどうかご容赦ください。いつか、真実の相手との結婚が認められた時には、私は身を引くつもりでいます。むしろ、引かせてください。私は一国民として、この国で生きていきたいのです。聖女としての責務があるならばもちろん果たします。だからどうか、その時が来たらご助力をお願いいたします。  エルダー・ジンセン』

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