第6話 隣国に出発です

「向こうでも魔女って呼ばれないと良いですわね」

「ロズイエも物好きなものだ」


 ロズイエ王国から迎えに来てくれた使者が目の前にいるにも関わらず、私は二人のそんな言葉に見送られながら、馬車に乗り込んだ。


 ロズイエ王国の使者、ロジャー・バンドル様は、淡いグリーンの少し長い髪を後ろに結わえている。


 落ち着いた灰色の瞳を動かさず、二人に深く頭を下げると、同じ馬車に乗り込んだ。


 この国の人たちに必要とされたくて、大好きなハーブで役に立てると思って、生きてきたけど。


 最後は『魔女』と蔑まされて、『必要ない』と言われて、この国から追い出される。


 荷物はトランク一つだけ。お店の物はエミリーと一緒に、今日出立するはずだ。


 私には、お母様からもらった大切な計量スプーンがあれば良い。


 調合師の誇りだと言って、私に渡してくれた、柄に薔薇の印とピンクの石がはめ込まれた可愛いスプーン。


 決して不幸だとは思わない。でもーー


「エルダー様?」


 自分の瞳から涙がこぼれ落ちていることに、ロジャー様から声をかけられて気付いた。


「あ、ご、ごめんなさい! 何でもないから」


 慌てて涙を拭う。


 ロジャー様は何も言わずにハンカチを差し出してくれた。


 私はお礼を言うと、受け取ったハンカチを目に当てる。


 王城を出発した馬車は、城下町の石畳を通り、王都を出て行った。


 私が暮らした街。


 二度と戻れない生まれ故郷を私は目に焼き付けるように窓の外を眺めた。


 ロズイエ王国の王都までは五日ほど馬車でかかると説明された。


 オスタシスの王都を出るまで、私はずっと窓の外を眺めていた。その間、ロジャー様は何も言わず、気配を殺していてくれた。


「あの、ありがとうございます……」


 王都を越えると、満足した私は、ロジャー様に向かってお礼を言った。


「いえ……。わがロズイエのためにお一人で嫁がれる心細さ、お察しします」


 ロジャー様は静かに微笑んで、私の気持ちに寄り添ってくれた。


 使者が、この方で良かった。


 安心した私は、ロジャー様に質問をすることにした。


「あの、ロジャー様は……」

「ロジャーと……」

「え?」


 私が質問をしようと口を開くと、ロジャー様は優しいながらも、すかさず言った。


「私はオリヴァー殿下の側仕えをしております。なので、私のことはロジャー、もしくはロズとお呼びください」

「……ロズ?」


 聞き慣れた名前にドキリとすると、彼は静かに言った。


「私の愛称です」

「愛称……」


 名前が一緒なんてよくあること。しかも、ロジャー様にとっては愛称。


 同じ名前だけでドキリとするなんて、私はロズのことを意識しすぎだ。


 これから結婚する身だというのに、はしたないわよ!エルダー!


 私は自身に叱咤すると、ロジャー様に向き直って微笑んだ。


「じゃあ、ロジャー」

「はい」


 私が呼び直すと、ロジャーは穏やかに微笑んで答えた。


 『ロズ』呼びは、彼の顔がよぎるからやめておこう。


 そんな思いで彼の名前を呼んだのに、ロジャーからは満足そうな笑顔が返ってきて、複雑な気持ちになる。


「それでエルダー様。私に何か聞きたいことがあったのでは?」


 私が複雑な気持ちで色々考えていると、ロジャーから話を戻される。


 あっ、そうだわ。


「オリヴァー殿下というのは、第二王子殿下のことかしら?」


 私は嫁ぐ方の名前も知らない。使者として迎えに来たロジャーが仕えている方が『オリヴァー殿下』なら、そういうことなのだろう。


「はい……あなたが嫁ぐ方です」


 私が何も知らされていないことにロジャーは驚いていたようだった。


 一瞬目を丸くして私を見たかと思うと、すぐに冷静さを取り戻し、穏やかに説明してくれた。


 そうよね。国家間の婚姻なのに、普通は説明があるはずよね。


 仕方ない。私は『売られた』らしいのだから。


「あの、オリヴァー殿下は想う方と上手くいきそうなの?」

「!」


 私の質問に、冷静なロジャーが固まった。


「ご、ご存知でしたか……。いや、当然か……」


 あんなに冷静だったロジャーが慌てた様子で自問自答する。


「安心して。私、オリヴァー殿下には好きな方と幸せになって欲しいと思っているから!」

「は?」


 私の言葉に、ロジャーがますます固まった。


「私、オリヴァー殿下が好きな方と結ばれたら、身を引いて、ロズイエの市民権をいただいて生きて行こうと思っているの!」

「は????」


 生き生きと話しだした私に、ロジャーの穏やかな顔が徐々に引き攣っていった。

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