第30話 ヒーロー団
「これはどういうことだ!? 説明してもらおうか、ウィル!」
エンジュの騒動で僕は自分のスキルについて理解を深めた。
その時、エンジュとも約束したんだ、これ以上誰かを卵化するのはやめようと。
卵化は気を付けていればおいそれと発動しないはず、なのに。
今、僕とレオの目の前にはおそらく卵化したビャッコがいた。
白く、巨大な卵だ、その卵におずおずと手を触れると。
「おお! 卵にひびが!」
レオが叫んだように、卵にひびが入り、横真っ二つに割れた。
僕はあらかじめ後ろを向いて、ビャッコの生まれたままの姿を目視しないようにした。
「ビャッコ! 平気か?」
「あ、うん、私なら平気。ごめんね二人とも、心配かけちゃった?」
ビャッコの言葉に、僕は首を横に振る。
「無事ならそれでよかった、僕は先に店に戻ってるね」
「あ、うん、私も少ししたら行くよ……って!?」
そこでビャッコは自分が全裸なのに気づいたのだろう、空気が割れんばかりの悲鳴をあげる。僕は逃げるように店に帰る。その道すがら、ビャッコとキスなんかしてないぞ、おかしいと昨日を回想していた。
昨日、僕は普段通りに店に出勤して、従業員のみんなと挨拶。
卵をビャッコとエンジュと協力して品出しして。
その時、軽くビャッコの手に触れたかもしれない。
昼時になり、交代交代で昼休憩をとった。
昨日はビャッコが金欠を主張して、一緒にお昼をとり強引におごらされた。
その時もビャッコから手を取られたような気がする。
店に戻るあいだ昨日を回想しつつ、ビャッコが卵化した原因について考える。
ふと、僕の目にある商品が映った。
ビャッコが卵化したことを考え、僕はその商品――黒革の手袋を購入し、装着。
そのまま店に戻るとエンジュに訳を聞かれた。
「ビャッコさんどうしたの?」
「卵になってた」
素直に答えると、エンジュは僕をにらむ。
「私、言ったはずだけど?」
「ご、誤解だよ。僕はビャッコとキスしてない」
僕の口から出たワードに、店でレジ打ちをしていたミーシャの猫耳がぴくりと動いた。ミーシャのあの猫耳は地獄耳で、昔は兄弟子たちの陰口をぜんぶ僕に教えてくれていた。
「じゃあ何が原因?」
「……」
昼食後、僕は二号店の内装工事視察やらで店を空け、彼女とは顔すら合わせてない。何かあるとすれば二号店から帰り、ママの新作であるアイスクリームを試食していた時しかな――
「あ」
そう言えばあの時、ビャッコはアイスクリームを食べたあと僕のホットコーヒーに手を出していた。彼女はアイスを勢いよく食べていたので、頭がキンキンし始めて僕のホットコーヒーを奪うようにして口付けた。
まさか、あれが原因? 間接キスも駄目なのか。
その後、ビャッコは店にやって来て、エンジュやミーシャに謝り仕事についた。
僕は遠巻きにビャッコを観察していたが、特に変わった様子はない。
彼女は屈託のない大輪のひまわりのような笑顔で接客している。白い毛並みは艶やかで、猫耳をピンと立てて、お尻にある尻尾は気分良さそうに振れていた。ビャッコは今日も変わらず、元気いっぱいの看板娘だ。
午後になり、客入りが収まって来たので、僕は遅まきながらの昼休憩をビャッコとエンジュに取るようにうながした。二人は一緒にお昼ご飯を食べに向かい、店は僕とミーシャの二人で回している。
「時にウィル、こんな話は知ってるかにゃ? 今、王都で噂の仮面ヒーロー」
「知らないな、どういった話?」
「今、騎士団が遠征に出てて、王都の警備が薄くなってる。そこを狙った強盗や、空き巣が多発してるらしくてにゃー。今、王都の治安は過去最低といっても過言じゃないらしいにゃ。そこに仮面をつけた謎のヒーローが現れて、悪い奴らと水面下で戦ってる、という噂だにゃ」
さすがは地獄耳だね、というと、彼女はちょっとふてくされる。
「私はウィルも気をつけてねと言いたかっただけなのに」
「心配ありがとう、でも僕にはファングがいるし。気をつけるとしたら君の方だよ」
「にゃっはっはっは、私みたいなのを襲う奴はいないにゃ」
僕たちは盛大にフラグを立て合っている気もしないでもなかった。
◇ ◇ ◇
「ふふぅ、今日も働いた働いた、じゃ、お先でーす、またねエンジュ、またね皆、またー」
「お疲れさまビャッコ、エンジュもあがっていいよ」
今朝、卵化して発見されたビャッコだったけど、普段どおりだった。
いつもと同じように働いて、いつもと同じように一番先に帰る。
彼女が帰ったのを機に、エンジュも仕事を終えて従魔を連れて帰っていった。
店に残されたのは僕とミーシャとトレントといった、古株だけ。
ミーシャは今日も今日とて好調な売上に、嬌声をあげる。
「にゃはー! にゃっはっは! にゃっはっは!」
僕はトレントと一緒になってその光景に笑った。
「この調子でいけば兄弟子たちを追い抜くのも時間の問題だねウィル!」
「そうだといいけど、師匠の商人ギルドは規模がぜんぜん違うからなー」
今は着実なことでしか成果を出せないけど、トレントの意気込みを借りれば、いずれはもっと従業員やギルメンを増やしていき、世界進出してみたい。それは今は亡き師匠のルドルフの夢でもあった。
「じゃあ今日はここまでにしよう、トレント、ミーシャ、閉めるよ」
「今日もお疲れウィル!」
「ちょ、ちょっとまってにゃ、今終わるから」
「ミーシャ、残務は明日の朝やればいいから」
というわけで閉店ガラガラ。
僕たちは店の前で解散し、白い吐息をだしつつそれぞれ家に帰った。
隣を歩くファングが眠たそうにあくびする。
「昨日は眠れてないからな、今日は帰ったらすぐに寝る」
彼は昨日、エンジュの手によってベッドに縛り付けられていたからな。
お互いに疲労気味なのは否めない。と、王都の外壁門に向かっている最中だった。
いつもは人が閑散としている帰り道に、数人の怪しい人影があった。
僕とファングは連中の横を素通りしようとすれば、声をかけられる。
「おいあんた、エッグオブタイクーン・ウィルか?」
「はい、そうです……けど、貴方達は?」
声を掛けられ、振り向くとその連中は顔を覆うマスクをかぶっている。
「俺たちは、今巷で噂のヒーロー団でぇす。大人しく金出しな、エッグオブタイクーン・ウィル」
逃げてもよかったし、大声をあげて町人たちを起こしてもよかっただろう。
けど、連中はそこらへんの用意も周到だった。
「ウィル! こっちにもいるぞ」
ファングは連中とは別方向にいたグループに気づき、唸ってけん制する。
そしたら僕が取るべき行動と言えばもう――大声をあげて。
「誰かぁあああああ! 強盗だぁああああ! 助けてえええええ!」
「無駄だよ、今俺たちの周囲は魔法による結界がしかれている」
なんと!
僕の隣にはファングという相棒がいるとはいえ、多勢に無勢な感じもするし。
「要求額はいくらですか?」
ここは素直に相手の要求に応じるよう交渉しよう。
すると謎のヒーロー団とやらはへらへらと嘲笑する。
「全部だ、お前の全てを寄こしな」
と言われてもなぁ。連中に話が通じないと悟った時、不意にファングが空を見上げた。
「ウィル! 上から来るぞ!」
え? ファングの警告を受け、空を見ると――美少女が降って来た。
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