第8話 そんな一日

 教会前にいた子供たちにプリンを与えていると、背後からフレイヤに声を掛けられた。


「ウィル、先ほどはありがとうございました。今は何をしているのですか?」

「この子たちに余っていたプリンをあげました」

「それも貴方の店で取り扱う予定の商品でしたか」


 フレイヤがやって来ると、騒いでいた子供たちはいっせいに大人しくなる。

 それって、どういう意味? ちょっと怖い。


「みんな、この方はウィルと言って、先日王都にやって来たばかりらしいの。仲良くしましょうね」


 フレイヤが子供たちの頭に手をやり、そう言うと「はーい」という間延びした声を出す。


「ウィルはお若く見えますが、今おいくつですか?」

「十八になったばかりですね、十歳の頃には働いていましたが」

「それは、頼もしいご経歴をお持ちですね。ナッシュも見習わないとね」


 どうやらナッシュは彼らの間でもいじられポジションらしい。まさかフレイヤにまでいじられるとは思ってなかったらしく、なんで俺なんだよ! と大声をあげて笑いを取っていた。


「これからも機会があればプリンお持ちしますね、それではこの辺で」


 僕はお辞儀して立ち去ると、彼らもフレイヤを中心にお辞儀し返していた。


 その後も街をねりねりと歩き渡り、卵を有効活用してくれそうなところを訪問してまわった。


 日が暮れそうになると家に帰り、同居人であるジニーのために何かしらの卵料理をこさえる。


「ただいまウィル……」


 その日もジニーは心身共に満身創痍で帰って来る。

 本当なら凛々しい感じの相貌も疲労によって崩れ、紅蓮色した毛先にまで影響が出ている。


「ウィルがくれたプリン、結局食べれませんでした。ごめんね」

「え? 何かあったの?」

「大したことじゃない、先輩に盗み食いされただけ」


 もうそれ本当にパワハラじゃないか。


「騎士団は君から見て最悪な集団だと思うけど」

「うん……あ、いや、今のは忘れて」

「客観的にみて王都での評判はどうなの?」

「そうね、よくやってくれている方。っていう評価だと思う」


 つまり可もなく不可もなくって感じか。

 師匠はこう言った時こそチャンスだぞと言っていた気がする。


「ジニーにとってはチャンスなんじゃないか?」

「え?」

「僕から見ても騎士団は腐敗気味だと思う、いずれ汚職問題に発展しそうだと」

「め、めったなこと言うものじゃないよウィル」


 しかし、当人にその気がないのなら説得した所で迷惑だろうな。

 この話はここまでにして、彼女と晩御飯を詰まんで僕も寝よう。


 昨日は寝てなかったからなぁー、すごく眠いよ。


 して、今日もとっておきの卵料理を食卓に出す。

 彼女は疲れているが、手を動かしてなんとか口に運んでいた。


「ウィル、私明日はお休みなの」

「ゆっくり休めるといいね」

「……もし、よかったら一緒にどこかへ行かない?」


 それって、デートのお誘いってこと?

 今まで何度かその手の経験あったけど、それでも緊張してしまう。


「い、いいよ? 行きたい所とかあるの?」

「海に行きたい、浜辺で波を眺めてゆっくりしたい」


 そうとう疲れてそうだなぁ。


 ◇ ◇ ◇


 翌日、僕たちは王都から少し離れた港町に馬車で向かった。

 片道二時間、往復で四時間の移動だ。


 日々の仕事で疲れていたジニーは移動中眠ってしまい。

 隣にいた僕の肩にもたれ掛かる形になった。


 同じ馬車に乗っていたおじさんが、僕たちを見て声をかける。


「新婚さんかな?」

「ち、違います」

「そうか、どちらにせよ羨ましい」

「貴方も港町に向かうのですか?」


「おお、俺はお前みたいに特定の人がいねーから、ちょっと引っかけようと思ってな……ここだけの話、この先の港町には大人のお店があってよ。そのせいか、国中のお盛んなカップルが集うらしいんだよ」


 え? ジニーはこの話、知っているのかな?

 だとしたら今日は……僕の肩を枕替わりにしている彼女の馥郁ふくいくもあいまって、ムラムラして来る。


「お前たちも、街のホテルでヤる算段なんだろ?」

「し、しませんよそんなこと」

「どーだか、俺も彼女のようなべっぴんと、はぁ」


 今日の予定は街に着いた後、レストランでも見つけて会食し、港町を散策してその後浜辺に向かい海を遠望してから、帰りの場所に乗って王都に帰る弾丸旅行みたいなものだ。


 ないとは思うが、彼女にその気があったら、どうしよう。

 ないとは思うが、ないとは、思うが。


 結論から言うと、やっぱりなかった。


 港町に着く頃に彼女は目を覚まし、肩を借りていた僕に謝る。

 その後、街を散策して予定どおりレストランに入り海鮮料理に舌鼓し。

 浜辺に向かい、サンゴ礁が美しい紺碧色の海を遠望した。


 流木も多少あったが、この街の地元民の働きによって浜辺も綺麗だった。

 ジニーは僕が用意したレジャーシートに座り、飽きることなく海を見詰めていて。


「人生って、疲れることが当たり前よね、ウィル」


 などといい、彼女の哀愁を感じさせる。

 僕たちはまだ十八だと言うのにな。


「……あ、もう日が落ちそうね。帰りましょうか」


 彼女は海を眺めつづけ、日が落ちる時間になると覚醒する。

 それは騎士団のお勤めが終わる時間帯であり、無性に悲しくなった。


 そんな一日だった。

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