第13話 キングボア戦

「強化します」


 白魔導士ホワイトメイジロイスが防御アップの魔法アビリティ〈プロテクション〉をメンバーに配る。

 準備が整うと、聖騎士パラディンミカエルが開始の合図とばかりに挑発アビリティ〈タウント〉をキングボアに発動する。


「さあ! おいでよ!」


 ミカエルが盾で山のような巨体の〈突進〉を数メートルほど押し込まれながらもしっかりと受け止める。同時に相手の動きを鈍くする攻撃アビの〈ヘビィスタンプ〉をキングボアの鼻っ柱に叩き込み応戦する。

 お膳立てが終わり、最後に始動するのは双剣士ブレイバーのジルである。


「――オレがこのパーティーの未来を斬り開く! 〈電光石火でんこうせっか〉!!」


「マジか。まるで瞬間移動だな」

 ジルは一瞬にして間合いを詰めキングボアの頭上から斬りかかる。双剣の圧倒的手数によってキングボアの生命力のゲージが見る間に削れてゆく。


 続けてジルはキングボアの背後に滑るように回り込む。

 即座、防御を犠牲にして攻撃アップさせる〈悪鬼羅刹あっきらせつ〉を発動させ、間髪入れずに連続斬りの〈疾風迅雷しっぷうじんらい〉のコンボを叩き込む。凶悪なことに〈疾風迅雷〉はスリップダメージ〈裂傷〉のおまけ付きだ。


 瞬く間ににボスの生命力が三分の一近くまで削られる。双剣士ブレイバーの噂に違わぬ攻撃性能にレヴィンは「ほう」と思わず唸ってしまう。


「ただの口だけのイケメン野郎じゃないらしい」

 

 直後である。キングボアが血走った眼でジルを睨みつける。双剣士ブレイバーの火力の高さに敵視ヘイトが移動したのだ。


 敵視ヘイトとは魔物の怒りの矛先のことである。魔物は『自分にとってより不利益だと判断した相手』に対して攻撃の矛先ヘイトを向けるのだ。


双剣士ブレイバーの火力の高さがあだとなったか」 


 ジルが素早く後ずさり、すぐさまミカエルが〈タウント〉で敵視ヘイトを取り戻しにかかる。しかし、ボスの熱視線はジルから微動だにしない。


「すまない! ミカエル! 飛ばしすぎた!」


 キングボアの〈かちあげ〉がジルを襲う。ジルは二本の剣をクロスしてキングボアの鼻先を受け止めるが、凄まじいパワーに天高く放り出され大きな放物線を描く。

 ジルは大地に転がり受け身を取る。直撃ではないが、生命力のゲージが思いのほか削られている。


「やはり防御力はだな」


 しかし、黒髪イケメン双剣士ブレイバーに怯む様子はない。すぐさま立ち上がり巨大なボスに果敢に立ち向かってゆく。口元にを浮かべなら。


「笑ってるのか? 典型的な脳筋のうきんアタッカーだな!」


 憮然と吐き捨てるレヴィンだが、実のところ脳筋はそれほど嫌いじゃない。ひよって攻めないアタッカーの百倍マシだと思っている。

 

「浮気はいけないよ! 君の相手はボクだろ!」


 ミカエルが攻撃アビの〈ホーリーストライク〉と〈シールドバッシュ〉を立て続けに使用してようやくキングボアの敵視ヘイトを取り戻す。

 盾役タンクの役目は魔物の敵視ヘイトをできるだけ自分に固定し続けることだ。そうすることでヒーラーやアタッカーが回復や攻撃に専念できるからだ。


「眼帯の聖騎士パラディンはそれなりに使えるな」


 ミカエルに敵視ヘイトが固定されたのを確認してロイスが〈ヒール〉をタイミングよくレヴィンに詠唱する。


「犬耳の白魔導士ホワイトメイジの立ち回りも合格だ。ヒーラーが目立たないないのは良い傾向だ」


 そう大上段だいじょうだんに言い放つレヴィンだが、一連の動きから三人の確かな実力を感じ取っている。予想以上に評価は高い。


双剣士ブレイバーだけではなく、全員が全力で戦える環境を整えることができれば、このパーティーはかなり強くなるぞ……)


 気づくとレヴィンはイケメンパーティーに自分が加わった時のシミュレーションを脳内で繰り広げていた。


 そんな時だ――。


 キングボアが力をため込むようにぐぐっと巨体をわずかに沈み込ませる。それは待ちに待った〈ワイルドスタンプ〉発動の予備動作である。


 キングボアの全体攻撃〈ワイルドスタンプ〉には対処法が幾つかある。

 ひとつは後衛ジョブを含めパーティー全員の防御力をレベルアップや装備品で高めて『耐える』というストロングスタイルだ。

 スマートな方法とは言いがたいが、合理的ではある。防御力を高めておいてこの先の階層で無駄になることはないからだ。

 

「まあ、そういったごり押しが他のエリアボスに通じるどうかは別の話だが」


 レヴィンが個人的に好きな戦術は〈ワイルドスタンプ〉を阻害系アビリティで完封する方法である。


 見ての通り〈ワイルドスタンプ〉には天高く飛び上がる際に『巨体を沈み込ませる』という予備動作がある。その最中に阻害系アビをぶつけることで〈ワイルドスタンプ〉を不発に終わらせることができるのだ。


「ただ俯瞰ふかんで見てる俺には一目瞭然だが、近接戦をしている連中が予備動作を判断するのは簡単じゃない。タイミングもシビアときている」


 しかもこの戦術で完封するには前提条件もある。パーティーに二人以上の阻害系のアビ持ちが必要なのだ。

 なぜなら、アビリティには【再使用時間リキャストタイム】通称『リキャ』と呼ばれるものが存在するからだ。

 王立職業研究所の見解を引用するなら、


『アビリティはどれも強力な効果を発揮するため、連続使用は精神的にも肉体的にも大きな負担がかかる。そのため必ず一定のクールタイムが設けられている』


 ということになる。

「リキャにマナの残量も考慮すると二人はいないと戦術として安定しないからな」

 レヴィンの見立てではこの三人組には阻害系アビ持ちが二人いる。聖騎士パラディンの〈シールドバッシュ〉がそのひとつだ。


 ――ところがである。


 レヴィンの視線の先ではキングボアの丸々と太った巨体が空高く浮かんでいる。

 三人は予備動作にはまったく反応を示さなかったのだ。15階層越えの彼らがタイミングを見逃したとは考えにくい。

「ん? どうするつもりだ……?」

 キングボアの巨体が地面に衝突しょうとつする直前だ。


「〈マッシブガード〉!!」


 金髪眼帯エルフの聖騎士パラディンがをタイミング良く全体防御アビを発動させる。

 三日月型の光の障壁が津波のように襲いかかってくる衝撃波を分散させダメージを大きく軽減する。


「そうか! 王道タンクならではの手法か!」

 

 例えば【重装騎士アーマーナイト】や【重装槍兵ファランクス】といった王道のタンクがパーティーにいる場合はこうした全体防御でしのぐのがスタンダードなのだ。


 赤髪犬耳少年がすかさず全体回復魔法アビの〈ゴッドブレス〉を唱えて態勢を立て直す。盤石だ。負ける要素が見当たらない。


「危なげなくてつまらんな!」

 

 セリフとは裏腹に白髪青年の口元は喜びにほころんでいる。

 ちなみに小憎らしいことに彼らは二回目の〈ワイルドスタンプ〉は〈シールドバッシュ〉できっちりと止めて見せるのだった。

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