第2話 勉強キライ

「えっ!? 入学試験!?」


「正確には寮の振り分け試験です。入学自体は旦那様の権力で決定されていますが、寮の階級を決める試験は別です」


 ここは松蔭家の大きなお屋敷。

 執事のじいやさんが試験について教えてくれた。


「急に勉強なんて言われても、俺は小学校を中退して以降ろくに勉強してないし……」


「九重様は雪夜お嬢様の側近として、最も階級の高い寮に行って頂かねばなりません。今からテストまでの1週間、みっちりとこの爺やが絞りますぞ」


 爺やさんのチョビヒゲがキラリと尖る。


「ひいい~~!!!」


 地獄の勉強会が始まった。

 その学校とは『チューベローズ能力開発学校』。

 国が進めている超能力を世の中に生かそうというプロジェクトの一端らしい。


 爺やさんのスパルタ指導は恐ろしく、ショボい俺の頭に意味不明な用語や法則が次々と放り込まれていった。


 しかし、それらの知識は右耳から左耳へと抜けていき、結局頭には何一つ残らなかった。


(てか、寮なんてどうでもいいだろ。どうせどれもそんな変わんねえよ。そんなもののために勉強するなんて馬鹿らしいぜ)


「……」



 ◇◇◇



 チュンチュンチュン


 あっという間に1週間が経ち、試験当日の朝になった。

 今は3月。肌寒いので、ふかふかのベッドから出たくない。


 目をこすりながら朝食の広いテーブルにつくと、珍しく旦那様と奥様の姿があった。

 チューベローズは全寮制である。つまり、今日は試験日であると同時に愛する娘が寮へ旅立ってしまう日なのだ。


 俺たちの寮生活の準備は使用人の方々が済ませてくれていた。着替えやスマホといった身の回りの道具をはじめ、お小遣いまで十分に渡してくれた、のだが……


「お金はとりあえず私が持っておきますわ」


「え、九重様の分もですか?」


「ええ。向こうで平等に分配いたします。あ、このことはお父様には内緒でお願いしますわ」


 どういうわけか、俺のお小遣いは全て雪夜が持つことになった。




 出発の準備を済ませ、門の前。


「とうとうこの日が来たね。我が娘よ、たくさん学んで成長しておいで」


「ああ、愛しい雪夜ちゃん。たくさん連絡頂戴ね。寂しくなったらいつでも帰ってきていいのよ」


「お父様、お母様、今日までありがとうございます。松蔭家の誇りを胸に行って参りますわ」


「糸くん。雪夜を頼んだよ」


「はい。ボディーガードでもなんでも任せてください!」


 プップー


 爺やさんが車のハンドルを握る。


「では行って参りますわ」


 後部座席の窓を開け、雪夜が手を振る。

 窓から見える旦那様と奥様の姿はだんだん遠ざかっていく。


 ブロロロロ……

 

 家でも児童販売所でもほとんど外に出なかった俺にとって、窓に流れる景色はどれも新鮮だった。


「なあ雪夜、あの建物はなに? あの川なんていう川なんだ?」


「……」


 俺はチワワのように目を輝かせ、これから学園生活を共にする雪夜と仲良くなろうと話しかけるが、雪夜は冷たい目でこちらを睨むだけで決して応答してくれなかった。



 ◇◇◇



「着きました。私がお送りできるのはここまででございます」


 爺やさんが車を止めたのは大きな役所の前。


「ここで手続きを行い、高次元世界に向かってくださいませ。ご武運を」


「分かりましたわ。ありがとう、爺や」


 ……高次元世界?

 一瞬、聞きなれない単語が聞こえたような。


 雪夜は構わず役所の中へ入って行き、俺はそれについていく。


 役所の中は落ち着いた電球の光に包まれていて、たくさんの窓口がある。俺達は長蛇の列に並び、順番を待った。


「はい、次の方」


 窓口のおじさんに呼ばれ、二人で向かった。


「だめだめ、ここは一人ずつしか対応できないよ」


「あら、そうですのね。申し訳ございません、少しお待ちください」


 雪夜はカバンから変な模様が書かれた紙を取り出して俺に渡すと、何も言わずに窓口に行ってしまった。


「次の方」


「えっ、あっ……」


 さっぱりよく分からないが、別の窓口に呼ばれてしまったのでとりあえず向かった。


「ご用件は」


 不機嫌そうなおじさんだ。

 ご用件と言われても、なんて答えたらいいんだよ。


「えっと……チューベローズへ受験しに行きたいのですが……」


「あーはいはい、水仙道すいせんどうに行きたいのね。サインポスト出して」


 サインポスト……?

 あの紙切れのことだろうか。


 紙を渡すと、おじさんは紙を後ろにある大きな機械へ放り込んだ。


 ゴゴゴ!! カチャ、シューーーーーッ!


 突然機械から奇妙な音が鳴り、数秒で鳴りやんだ。


「はいどうぞ、お行きください。次はあと12分で発車しますよ」


 窓口の横にあった小さいゲートが開く。

 ゲートの先にある不気味な扉に入れということか?


「次の方ー」


 おじさんが次の人を呼んでいる。

 もうあの扉に入るしかないようだ。


 ガチャ……ギギギギギ


 不思議な扉の中は真っ暗で狭い。


 ガーーーーーーーー


 下へ落ちる感覚。これってもしかしてエレベーター?


 ガタン!!


 再び扉が開いた。


 扉を出ると、ところどころにランタンが灯った暗い道。

 そしてその先には……


「ここは……地下鉄…………?」


 道の先にあったのは、なんと地下鉄のホーム。

 なるほど、発車とは電車のことだったのか。


「チューベローズは私達の住んでいる世界とは違う、高次元世界にありますわ。そのため行き方が特殊なのでしょう。……本当に何も知りませんのね」


 地下鉄のホームにあっけをとられていると後ろから雪夜の声が聞こえた。


「高次元世界って一体なんなんだ……?」


「さあ、私も行ったことは無いので分かりませんわ。聞いた話によると、感覚の鋭い人にはとても不思議な世界に見えるそうですが」


 ゴトンゴトン


 不思議な形をした電車が向かってくる。


 ゴトンゴトン、シューーーーーーッ


 高次元世界、いったいどんな世界なのだろうか。

 全く想像できない中、ゆっくりと電車に乗り込んだ。

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