白銀の戦士は世界を二度救えるか

バルバロ

プロローグ

彼方の救世主

 男の眼下には燃え盛る街々が遠く見える。あるいは「街だったもの」とも言える。わずか数時間前までは人々がたくましく生きていた場所、幾度も破壊され、その度に立ち上がってきた勇者たちの居た、今を生きる人類の象徴的な街。

 それがたった一度の砲撃で、超高高度、大気圏よりも遥か上からの攻撃に人類はなす術もなかった。高温の熱線にビル街は蒸発し、地表を深くえぐりシェルターの人間もろとも消し飛ばした。

 それでも人々は諦めなかった。心は折れず、対策を考えできる限りの反抗を試みた。だが遠く離れた、あの憎き「船」に届く武器など有りはしなかった。

 そんな絶望の淵にあって、人々が希望を捨てないでいられたのは一人の、上空から廃墟とかした街を見下ろす男の存在あってこそだった。

 彼の名はクロム、人類を導く英雄の姿がそこにあった。


 「宇宙人」。その存在は多くのものが語るも実際に出会ったことのなかった者たち。だがそれは唐突に、そしてあらゆる想像を超えて独善的に接触をしてきた。

 初めて人類が出会った宇宙人は、地球にあるあらゆる天然資源を求めていた。彼らは人類の保有する資源のうち「三割」を提供することを条件に、危害を与えないことを表明した。

 飲めるわけがない、ただでさえ枯渇していく限りあるものを、しかもそれだけの料を分け与えれば今この脅威を払ってもその後に待っているのは血で血を洗う生存競争。

 だから人類は意見を同一にし、それを拒否した。その日である、音頭を取った大国はその国土の「半分」を更地とされた。それもわずか半日足らずである。


 宇宙船を作り自由に航行できるほどの文明を持つ彼らにとって、人類は猿も同然だった。言うことを聞かない動物をしつけるように、一方的に虐殺は行われた。彼らからすればその感覚もなかったかもしれない、「軽く叩いた」程度だったのかもしれない。


 人類の窮地に送り込まれたのは一〇〇人足らずの部隊だった。それは生まれ落ちた瞬間から、人類への奉仕が定められた親を持たない、試験管から生まれた子どもたちだった。十数年をかけて教育と訓練を施され、人類を背負って立つことを使命と言われ続けた彼らは一切の迷いなく戦地へと降り立った。

 だがそんなものは遠く宇宙から来た彼らには何の障害ともならない。宇宙船から送り込まれた彼らの地上部隊、「交渉」と言うなの侵略行為を働く彼らの武器は人類のそれを遥かに凌駕する性能と殺傷能力を有していた。金属の障壁を容易く貫くレーザー、どこにいようと隠れること叶わぬ「神の目」。

 どれだけ英才教育を施され、あらゆる戦闘技術を身に着けた者たちだろうとその前には木偶も同然だった。


 そんな彼らは「捨て駒」でしかなかった。少しでも相手の技術、情報を集めるために命をかけられる人間が彼らしかいなかったのだ。恐れを知らず、自分を英雄と信じ切っている無垢な赤子。それを甘言を弄して死地へと送り込んだ。

 そうと知らぬまま彼らは一人、また一人と死んでいった。その時の彼らの想いとは、ただの使い捨ての消耗品と気づいたときの絶望とは如何ほどであっただろうか。

 やがて人類との交渉など無意味だと断じた宇宙人は、二度目の砲撃を敢行した。そしてその大国は地図から消え去った。後も残さず地上から消滅した。

 ――ただ一人を除いては。


 それは類稀なる幸運、あるいは凶運。多くの偶然が重なり彼は人類を超越した。試験管から生まれた英雄の卵の最後の一人は、調査の過程で宇宙人が保有していた「生きる兵器」と融合を果たした。

 皮膚や骨、血管に至るまでその全てが同化を果たし性質を変化させた。あらゆる環境で活動可能で、傷や病からたちどころに回復する。取り込んだその生物兵器を変容させ鎧と化し、空を舞い熱線を照射する。

 彼は人類が欲していた英雄そのものだった。

 そして彼は人々が望むように宇宙人へと立ち向かった。彼の戦いぶりに人々は勇気づけられ、一人で状況を打破した彼の後押しとともに人類は恐ろしき宇宙人を撤退させることに成功した。


 だがそれは始まりに過ぎなかった。

 一度目の襲来を皮切りに、幾多の宇宙人が代わる代わる地球へと押し寄せるようになった。最初の襲来が呼び水となったのか、彼らが他を唆したのか。真実はわからぬがとにかく人類はそれらと戰い続け、その先頭には常に「彼」がいた。

 製造番号九六六。誰だったか、いつからか人々は彼を「クロム」と呼ぶようになった。


 クロムは戰い続けた。それが生きる意味だったから、己にできる最大の貢献だったから。芯のない意義を掲げ戦う彼は、いつしか心の底から人のために戦う、真の英雄へと変わっていった。

 それはある人間との出会い、ある出来事。多くの出会いと別れが彼を「兵器」から「人」へと変えた。

 未知の成分を取り込む性質を持った彼の内にあるそれは「ゼゥオム」という呼称をされていたが、クロムはやがて「相棒」とまで思うようになった。それは意思を持たず話すこともなければ彼になにかを訴えかけることもない。だが彼の一部分として命を幾度も救ってきたそれをクロムは感謝し、もしくは愛していた。


 そんな彼がいれば人類はどんな危機も乗り越えられる。そう皆が思っていた。

 それも「あれ」が来るまでは。


 何の前触れもなしに現れたそれは遥か上空に不意に現れた。急に曇り空へと変わったと見上げたそれは、天を覆う巨大な黒雲は「宇宙船」だった。

 それはなにも話さず、接触をほのめかすこともなく地表を焼き払った。これまで多くの宇宙生物と戦ってきた人類をして、あるいはだからこそ絶望した。

 絶対にかなわない、今度こそすべての終わり。数千年の歴史はたった一日で消え去るのだ。そう確信した人類を再度、また奮い立たせたのはクロムだった。


 ただこれが彼に出来る、最後の、一つだけの行いだった。彼は己の内にある、相棒が取り込んだ「炉心」を活性化させた。それ一つで一都市のエネルギーを補えるほどの炉心を限界まで燃やし、その上で彼は敵の宇宙船へと特攻した。

 接近に気づいた彼らの迎撃を掻い潜り、全身が損傷しても彼は止まらなかった。

 ついにたどり着いた彼は勢いそのままに宇宙船と激突した。巨大なそれの装甲を貫き、内部へと侵入したクロムはそのまま己ごと暴走させた。

 人類はその日に彼の輝き、人類のために戦い抜き支えてきた男の最期は、地表を照らす巨大な爆炎とともに消えていった。


 けれども人々は知らない。彼は死んだのではない、ただこの世界から消え去っただけだった。宇宙船の動力炉、それとクロムの爆発。これが合わさった結果、彼は肉体の半分以上を失いながら別の次元へと飛び去ったのだ。

 だが彼は死んでいない。それは人のために戰いきった彼への褒美なのか、それとも呪いなのか。

 答えを導くのはクロム自身、そう彼は死なない、飛び去った向こうで彼がなにを想い、なにを成すのか。全ては彼の思うがままに。

 これは彼が紡ぐ、二度目の戦いの記録である。

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