継承者の物語
悠介
第1話 新たなる邂逅
「く……そ……!」
痛みで意識が薄れる。
意識を手放せば大切な人が殺されてしまう。
だが、これ以上何が出来るわけでもない。
絶望の中意識を閉ざそうとしている少年坂崎竜太は、意識を失う刹那1人の男が自分と敵対する者達の前に立つのを見た。
大柄で茶髪。
自分とはかけ離れた容姿の男に、竜太は何故か懐かしさを感じる。
そして、世界は闇に包まれた…。
「……。」
「……た!」
「りゅうた!」
「うわぁ!?」
いきなり聞こえた大声に驚き意識を取り戻す竜太。
どうやら、自分は寝かせられているようだった。
そして、誰かの膝の上にのせられているようだった。
後頭部に枕とは違う柔らかい感覚があるからだ。
「竜、やっと起きてくれた……!」
膝枕をしている人物が安堵の声をあげる、少し幼げな男の子の声だ。
「浩……。」
すぐにその名前が出てくる。
当然だ、自分の双子の兄なのだから。
「まったく無茶して!どれだけ心配したと思ってるの!」
安心したかと思えば今度は怒りだす浩輔。
竜太が運ばれてきた時の状況を考えれば、当然といえば当然か。
「ごめん……、そういえば僕……。」
色々と記憶が蘇る。
自分の目の前に現れた狂人とその仲間、、それに茶髪の男……。
「助けてくれたんだよ、あの人が。」
何が聞きたいかはわかっているという風な浩輔が、目の前を指さす。
竜太がその先を見ると、茶髪の男が源太と話している。
正確には、竜太と浩輔がいるソファの向かい側で源太が何かに聞き入っている、というのが正しいか。
「あの人……。」
目を細める竜太。
やはり初対面なのだが、しかしどこか懐かしい。
そんな不思議な感覚に襲われる。
「あの、竜起きたけど……。」
恐る恐る浩輔が男に話しかける。
竜太が感じた懐かしさを、浩輔が感じる事はない。
「お、そうだな!」
「……。」
浩輔の言葉で2人に向き直る男。
そんな男を竜太は無言で見つめる。
尖り目の茶髪にがっちりした体、翡翠と琥珀の丸みを帯びた瞳に東洋風な顔立ち、隻腕に額には大きな傷。
どこをとっても、懐かしさを感じさせる要素はない。
「なんだ?じろじろ見られると少し恥ずかしいぞ?」
「貴方が、僕を助けてくれたの?」
笑いながら竜太に話しかける男。
浩輔に言われ、意識を失う直前にも見たから間違いではないと思いつつ聞く。
竜太は、気になると直接聞かなければ気が済まない性格なのだろう。
「んー、助けたって言えるんかどうかはわかんねえけど一応はな。」
「一応って。ディンさん、自信もっていいじゃないか?」
源太が笑いながら横やりを入れてくる。
源太としては自分を守ってくれた竜太が目を覚ましたのだ、嬉しくないはずがない。
「いや、どうだろうな?」
逆にディンと呼ばれた男は少し複雑気な顔をする。
「ディン……。」
聞き覚えのある名前。
正確には、どこかで読んだ記憶のある名前だ。
「ディン……、あ!あの手紙の!」
少し考えた後、大声を上げ起き上がる竜太。
まるで電撃を流されたような速度で起き上がった竜太は、大きく目を開きディンを凝視する。
「おう、ちゃんと読んでくれたんだな。」
苦々しく笑うディン。
ということは、と過去を連想し何かを思い出している。
「読んだも何も!生みの親からあんな手紙が来てたらそりゃ読んで覚えるよ!」
と、驚きながらディンを指さす。
「そっか!あの手紙の人!」
と浩輔も驚く。
双子揃って大きく目を開き、ディンを見つめている。
「そっか、ちゃんと浩輔にも見せたんだな。」
そんな視線を意にも返さず、安堵の声をあげるディン。
どうしても1人で抱えてほしくなかった、だから手紙の最後に書いておいたのだ。
兄弟や友を信じろ、と。
「ほんとに、ほんとに父ちゃんなの……!?」
「……、ああ。」
信じがたいものを目にしているような竜太と、どこか複雑そうな顔のディン。
「ほんとに、父ちゃん……。」
竜太は消え入りそうな声で呟く。
そして、目に涙をためながら思いを口にする。
「父ちゃん……、たった1人で戦ってきて……、それで……。」
涙があふれ、言葉が出なくなる。
ディンの過ごしてきた時間の事は手紙に書いてあったから、なんとなく知っている。
それは、1人で戦ってほしくないというディンの願いであり、同じ道をたどってしまわないようにという思いであり。
同じ過ちを繰り返さないようにと書いたものだった。
「たった1人で……、ずっと……!」
同じ言葉しか出てこない竜太。
胸が詰まる、これ以上の言葉が出てこない。
そして、それは必要なかった。
「竜太……。」
ディンは立ち上がり、竜太の目の前まで来て目線を合わせる。
そして、優しく竜太を抱きしめた。
「ありがとう……。」
ディンは内心怯えていた。
自分にまで命を懸けた戦いを強いた父親を恨んでいるんじゃないだろうか、憎まれているんじゃないだろうか、と。
しかし、その考えは消え去った。
自らの腕の中で、父を想い泣いている息子の存在を感じて。
とても暖かい想いを感じて。
「ディンさん、竜太は手紙を見てからずっとディンさんの言葉を信じて頑張って来たんだよ。だから、これからは一緒にいてあげて……?」
そんな2人を見て、、浩輔は小さい声で言う。
自分では埋められない隙間を、この人は埋めることが出来る。
嬉しさとともに、嫉妬心が芽生えてくる。
でも仕方がないのだ、自分にはないものをこの2人は持っているのだから。
「浩……。」
ディンは、そんな浩輔を見て微笑む。
嫉妬心が混じっているのに気づかなかったわけではない。
しかし、やはり浩輔は浩輔だった。
どこまでも優しく、兄弟想いな子だった。
それが、ディンにはうれしくてたまらなかった。
「ああ、約束する。これからは竜太を1人になんてしないよ。」
「うん、それと……。」
そこで浩輔は言葉を止める。
これは話してもいいものなのか、という感じだ。
「……。俺はみんなを知ってる、でもみんなは俺を知らない。だから、無理する必要はないよ。」
ディンは浩輔の言いたいことを察して答える。
このことは手紙には書いていない、しかし気づくだろう。
お前と同じ人生を、などと書いていれば。
「……。」
その言葉を聞き俯く浩輔、おそらく言いたいことはあっていたのだろう。
そして、おそらく予想通りの答えだったのだろう。
「だって、みんなにとって俺は知らない人間なんだから。無理されてもうれしくないよ。」
竜太を抱きしめている腕を離し、浩輔の頭を撫でながら言葉にする。
浩輔の気持ちは嬉しいが、しかし負担をかけてしまっては意味がない。
ディンはそう考えていた。
「そっか……、じゃあさ。」
浩輔は少し考えた後、口を開く。
「僕たちと一緒に暮らそうよ!そうすればきっと!」
と。
精いっぱいの提案だ。
ディンと親しくなり、少しでも穏やかな気持ちになってもらえればという。
「……、ありがとう。そうさせてもらえるとありがたいよ。」
ホッとしたような声を出すディン。
「父ちゃん!よろしくね!」
少し元気になった竜太がディンに抱き着き嬉しそうに話す。
やはり懐かしい、この懐かしさは何なんだろうか、そんなことを考えながら。
そんな親子の会話をきょとんとした顔で聞いている源太。
ディンから少しずつ説明をされていたがしかし理解しきれていないのだろう。
否、ディン以外誰も理解しきれてなどいない。
そこにいるはずのないディンという存在と。
そこにいて当たり前の父親という存在。
不可思議な力を持ち、不可思議な暖かさを持つ謎の男との邂逅。
そこにいる存在は、果たしてなんなのか。
全てを理解するには、まだまだ時間が足りないようだ。
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