3:変身、バニーブラック
漆黒の球体に触れたとき、スポンジが水を吸い込むようにして、黒い球体は千景の中に吸い込まれてしまった。
「ああう、ううー!クロ様、クロ様……!」
「認めなさいレイディ。彼が後継者なのです」
千景には何をすべきかわかっていた。手を天にかざす。そして叫ぶ。プリンセスが先ほど、千景の前でやって見せたように。
『バニー・ブラック!メタモルフォーゼ!』
すぐさま黒い帯のような光が千景を包み込んでいく。脚は網タイツに、胴はバニーガールのスーツに、襟元には黒い石をあしらったつけ襟がつき、にゅっと生えてきたうさ耳は真っ白。尻尾も白い。
手首のカフスに、何か仕掛けがあるのを感じる。力だ。
『バニー戦士、バニー・ブラック、参上!』
千景はそう叫んでから、ようやく「目覚め」た。
──羞恥に。
「わあああああああああああああなんじゃこりゃああああああああ」
「バニー戦士。あなたを歓迎します」
歓迎のかの字もなさそうな起伏のない声でハニーは言う。
「ちょっと待ってちょっとだけ待ってあのそのちょっと待ってって。ハイレグ、男子高校生がハイレグって」
「待たなくともお似合いですよ。さあ、盛大にやっておしまいなさい」
巨大蜂はなんてことなさそうに言った。
「貴方の役割は、プリンセスの魔法が使えるようになるまでの時間稼ぎです。どちらかのカフスボタンを押してご覧なさい」
状況が飲み込めないなりに右側のボタンを押すと、どこからともかく巨大なピコピコハンマーが降ってきた。10トンと書かれている。千景は大きいだけのピコハンを持ち上げてぐるぐる回した。
「10トンもねえだろこれ!」
「貴方以外には持ち上げられません。貴方の
「うそだろ」
バズーカで気絶していた劇物色のスライムがまた動き始めた。なぜかシクシクしているピンクを狙って、ヌメヌメと迫ってくる。
「ブラック!」
ハニーに呼ばれて千景はピンクの前に躍り出た。
「わーってるよ、ここまできたならっ」
うさ耳がひゅん、と風に揺れるのが伝わってきた。……神経がつながっているらしい。なんてことだ。
10トンピコハンを、バットでも振り回すように横殴りに。ブンッ!と一閃。
ぴぎゅうううううう!
スライムは頭らしきものを遥か彼方まで吹っ飛ばされてのたくった。千景はあまりの光景に、ピコハンを担いだまま呟いた。
「マジでこれ10トンかもしんねーな」
「それは10トンくらいあって欲しいという前任者の思いがあって書かれたものです」
書いたんかい。……って、突っ込んでいる場合ではない。
「いい、飛距離が出るならどこまでもぶっ飛ばしてやる」
頭を再度形成したスライムを殴り飛ばし、潰し、細切れになるまで薄く引き伸ばす。ピコハンはその度、ぴこっ、ぴっ、ぴっという可愛らしい音を出し続けたが、鳴り響く地響きは10トンのそれであった。
「プリンセス、必殺技を。泣いている場合ではございません」
ハニーが促す。鼻水まで垂らしてみっともなく泣いている幼女は、なぜかきっと千景を睨んでから、襟にあしらったピンクの宝石を煌びやかなステッキに変じさせた。
そして、ポーズを決める。
『プリンセス・ハニー・バニー・ハレイションッ!!』
ハート型のステッキの頭から、とんでもない光量のビームが放たれる。それはスライムの端から端まで高速で焼きつくす浄化の炎だった。どんな兵器かと思いきや、魔法少女のステッキみたいだ。いや……彼女は魔法少女なのかもしれない。
アニメとか漫画の中の。
いやでも、千景はいままさにバニーガー……ボーイの格好をしている。
ハニーはすっと空を見上げると、極めて機械的に告げた。
「結界範囲内の捕食者の消滅を確認。結界を解除します」
どうやら、終わったらしい。千景はピコハンに寄りかかってため息をついた。
「やべー……」
ピンクバニーは……プリンセスだったか。ともあれ彼女は人目も憚らず泣き通しだった。
「ひっく。ひくっ。ぐすっ」
「おい、そんなに泣くなよ……」
「うるさい!わらわの気持ちがおまえなぞにわかってたまるか!ちんちくりん!」
「ちんちくりん!?」
言われるほどだろうか、と考えているところへ、ハニーが告げる。
「ブラック殿。人払いが解けたので、人に見られます。変身を解く事をお勧めします」
俺は今の格好を改めて見つめた。
「早く言ってくれよ!!」
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