第2話
夫が部屋着に着替えてあたしの前に座り、お鍋の中のドロドロに溶けた白菜を嫌な目でじっと見ている。
夫があたしの目を見ずに呟いた。
「何だ、これ」
あたしの中のヘビがむくっと首を擡げる。夫が一か月ぶりに口を開いた言葉が、「何だ、これ」とはどういう事なのか。
「あんたが遅かったからじゃない、あんたが女のとこに行ってたからじゃない。知ってるのよ、あたしは。女がいるんでしょ、女がいるんでしょ」
その言葉を、あたしはあたしの中のヘビに無理やり呑み込ませた。口の奥でガリっという音がした。あぁ、また奥歯が欠けてしまった。
言いたい言葉を飲み込む度に歯を食いしばるから、どんどん奥歯が欠けていく。最近は全く固いものが噛めない。大好物の唐揚げも痛くて噛めないから、味を楽しむ事が出来ない。丸呑みするからだ。
まるでヘビだ。
そのうちあたしの中のヘビが、あたしを丸呑みしてしまうのかもしれない。そうなったら楽になれるのかもしれないと、たまに思う時がある。ヒトでいる事が辛くなってきている。
あたしはヘビになりたいのかもしれない。
目の前でドロドロの白菜を口に入れている夫を見ながら考える。いつからあたしたちはこんな風になったのだろう。どうして愛は永遠に続かないのだろう。
たぶんあたしたちの間に大きなきっかけはなかったような気がする。結婚して生活を共にするうちに、少しずつ失われていってしまったのかもしれない。
年月が愛を奪うのか。
年月を重ねる事で愛が深まるのではないのか。もし愛が減っていったとしても情というものが残るはずではないのか。
「水、足したら」
地の底から聞こえてくるような夫の冷え切った声が聞こえてきて、あたしは暗い現実に引き戻されていく。
(つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます