第17話 月明かりの下の戦い

「分かった――アレクシス」

「何だ……?」

「そういうことで準備してくれ」

「ソフィア……いいのか?」

「この状況で、いいも悪いもないさ。さあ、決めたんだからさっさと準備して行こう」

 アレクシスはため息をつくと「分かった」と言って、借家場の者に三頭出すことを伝えに行く。ソフィアはその背を見送った後、ある気配に気づいた。


(……来たか)


「ユーイン、アルフィー」

 ソフィアは二人を厩の陰になるところに移動させ、しゃがんで背を低くすると指示をした。

「二人とも、ここで屈んで大人しくしているんだよ」

「え?」

 戸惑う彼らに、ソフィアは極力小さい声で「追手が来た」と告げ、二人が声を上げる前に、唇の前に立てた人差し指を持っていき、静かにするように合図をする。

「とにかく声を出さないように。誰かに見つかって捕まったときだけ、大声を出すこと。そのときはすぐに飛んで来るから」

 そう言って前に進もうとしたソフィアに、アルフィーが尋ねた。

「どこへ行くの?」

 ソフィアは振り向くと、彼らに心配させないよう「すぐそこだよ」と優しい声で言う。そして鉄棍を手に、低い姿勢のまま音もたてずに駆けて行った。


 暗闇とはいえ、今日は半月。しかも雲もそれほど多くない。そのため、案外周囲が見えるものである。ソフィア一人であれば真っ暗な方が分はあるが、子供を連れて移動することに関しては、少しでも明るい方が動きやすいのは否めない。

 ソフィアは借家場の物陰から、外の石畳の道に繋がる方を見る。するとそこからは馬車が一台入って来た。


(スイフィアの方か? それとも別の奴らか?)


 ソフィアは革の手袋をはめた左手で鉄棍を軽く握り、いつでも素早く動けるように準備しておくと、気配を消し相手の様子を探る。

 すると入り口手前に停まった馬車から、四人の男たちが降りて来る。オウルス・クロウから直接来た貴人だからか、スーツを身にまとっているようだが、手には拳銃が握られている。


(相変わらず、物騒なものを持っているな)


 ソフィアは顔を引っ込めると、物陰に隠れた。相手の僅かに立てる足音を聞きながら、こちらのとの距離を測る。


(……――今!)


 男たちがソフィアの傍を横切ろうとした瞬間、彼女は音もなく物陰から飛び出ると、鉄棍棒を突きさすような鋭さで投げつけた。一番近くにいた男の下腹にそれが直撃し、呻くような声が聞こえる。ソフィアはその隙をついて男の右手に蹴りを入れると、持っていた拳銃を遠くへ蹴飛ばした。


「うっ」


 男が腹を抱えるようにして倒れ込んだとき、他の三人がようやく何かがいることに気が付く。だが時すでに遅く、ソフィアは次に近くにいた男との距離を瞬時に縮めると、拳で二の腕の下を右腕、左腕と順序良く強打していた。


「ぐあっ!」


 痛みに悶え拳銃を取りこぼすか否かの間に、ソフィアはその男の背後に回り、首元に一撃お見舞いする。すると男は意識を失いその場に倒れた。


「何者だ!」


 一人の男がそう声を上げ、月明かりを頼りにソフィアが銃口を向ける。だが、気づかぬうちに二人がやられたせいか気が動転しているのか、拳銃を持った手が震えていた。


(それで、私が撃てるか?)


 ソフィアは男の精神的状況を冷静に見極めた後に、さっと体を屈めると、相手の命中がさらに下がるように、右へ左へと蛇行しながら距離を縮める。真っ直ぐ走って来るよりも時間はかかるはずだが、リョダリに備えられた足の筋力のお陰で、あっという間に男の懐に入ってしまった。


「なっ!」


 余りの素早さに唖然とする男の胸の中で、ソフィアはくるりと男に背を向けると、彼の右腕を右脇に挟んで一気に捻じった。


「ぐわあ!」


 脱臼し、神経と筋肉が切れる痛みのために声を上げる男。その隙にソフィアは男の拳銃を奪うと自身の左手に掴む。その流れで、今度は男の左腕に肘打ちをして一時的に腕が使えないようにすると、最後に下腹に強烈な拳の一撃を放った。

 男が痛みによって気絶するのを確かめると、彼女は背を低くして駆け出す。借家場の方へ自分の背を向けると、最後の男の一人と対峙した。

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