女遊びに夢中な王子は空飛ぶ鳥を使役 する?
寄賀あける
1 襲われた令嬢と攫われた少女
酒や食べ物の匂いが入り混じる店で、見るからにガラの悪い男たちが耳打ちしあってニヤニヤといやらしい笑いを浮かべている。たいていそんな時、視線の先には若い女がいるもんだ。ご多聞に漏れず男たちが見ているのは、この店にはちょっと不釣り合いな、多分、貴族の娘。着る物は場を考えたのか、そんなに豪華なものではない。が、街人の娘が着るには仕立てが良すぎる。貴族でなくても金持ちの娘には違いない。やはり庶民に化けたと判る貴族の若者を相手に、ニコニコと機嫌よく食事している。娘は十七、八、若者も同じくらい、行って十九と言ったところ。
「どう見たって
ニヤニヤが止められない男が仲間に耳打ちする。
「そうさなぁ、でなきゃあんな二人がこんなところにいるはずもない」
「まぁ、あの若造の気持ちも判らないでもない。あんな
「よく言うよ、貴族のご令嬢なんか、見たこともないくせに」
「でも、ここで見た。これも何かの縁だ――俺たち下々の者を甘く見るとどんな目に合うか教えてやるのが親切ってモンだ」
悪巧みの笑みを浮かべ、男たちが顔を見かわした。
「そうそう、そのお礼にちょいといい思いをさせて貰ったって
「なぁに、なにも自分だけいい思いをしようってんじゃない。お嬢ちゃんにもたっぷりいい思いをさせてやるさ」
「ついでに毎日いい思いができるところにご案内したっていい」
「高値が付くだろうなぁ」
食事を終えた娘と若者が席を立つ。娘は随分と背が高い。若者も背が高いがそれよりわずかに低いだけに見える。だが、そんなことに構う男たちではない。娘たちに少し遅れて店を出る。
「修道院の方向だ。向こうに連れ込みなんかあったか?」
「いいやないねぇ。宿屋なんか使って顔を覚えられたくないんだろうよ。修道院の裏手、行き止まりで誰も来ないあの場所でシッポリ行こうってとこじゃないかぃ?」
「おやおや、なにが始まるか見ていたいところだが、見てるより自分でするほうが俺は好きさね」
ゲラゲラと下卑た笑い声が夕暮れの薄明かりにこだまする。
そんな笑い声が前を行く二人に聞こえないはずもなく、
「なんか、嫌な予感がする」
と若者が呟いた。
「気付いた? どうやらさっきの店にいたおバカさんたちに追われてるようだよ」
ニコニコと、楽しそうに娘が答える。
「ウルマさま、笑い事ではありません。このままでは王城に忍び込むところを見られてしまいます――修道院のあたりでやり過ごしましょう」
「ふぅん、ロンバスは、ヤツらがわたしたちを追い越して行ってくれると思ってるんだ?」
「えっ?」
「逃げるよ、修道院の裏手に行こう」
「えええ? ダメです、修道院の裏は行き止まり――」
止めるロンバスの言葉も聞かず走り出したウルマ、慌ててロンバスが後を追う。様子を見ていた男たちの笑い声が大きくなる。
「ひゃっほぅ! あの娘、早くおっ
「待ちきれなくて走り出したか」
「あぁあ、可哀そうに、濡れちまって堪らないんだろうよ」
「俺たちがすぐに慰めてやるさぁ」
「早くいかないと、服を剥ぎ取る楽しみを若造に盗られるぞ」
それ行け! と、ばかりに男たちも駆け出した。
修道院の裏手では、ウルマに追いついたロンバスが苦情を口にする。道は行きどまり、修道院の塀と林に囲まれている。
「言わんこっちゃない、どうするつもりですか、ウルマさま? 林の中に逃げ込みますか?」
するとウルマがこちらに向かってくる男たちを見てクスリと笑う。
「相手はたかが六人――いや、五人か、おかしいな? ま、ロンバス、おまえなら軽く
「任せたって――追っ払えばいいってことですよね?」
「うん、大怪我させないようにな。多少の痛い思いは自業自得だ」
そう言いながらウルマが修道院の建物を見上げた。窓を開く音が聞こえたのだ。二階から見降ろしているのは白っぽい服を着た一人の少女、男たちの笑い声を不審に思って覗いたか……屋根にいた猫が少女を見ると窓から部屋に入っていった。少しそれに気を取られただけで少女はこちらの様子を見ているようだ。薄暗さで顔はよく見えないが、細い身体がどことなく儚げな風情を感じさせる。
剣が討ち合わされる音がし始め、ウルマが地上に意識を戻す。思った以上にロンバスは苦戦している。男ども、ただの酔っ払いではなかったか? 盗賊かなにかだろうか……でも援軍を呼ぶほどのこともなさそうだ。そう思った時、ウルマが気配に身構えた。
林から急に飛び出してきた男、剣を手にしてはいるがそれを使う気はない、わたしを捕らえたいだけだ、やはり男は全部で六人、こいつ一人だけは林に紛れて忍び寄ったか――瞬時にそこまで考えを巡らせ、身を
「う、うううっ!」
「なにっ!?」
幾つもの影に急襲された男、影をよく見れば数匹の猫、それが一斉に男に飛び掛かり、頭に肩に腕に腹に背中に足にと、男を引っ掻き噛みつき大暴れ、嚙みついた上、前足で男の太ももを掴み、後ろ足で蹴りまくっているのもいる。振り払ってもすぐに飛び乗ってくるから、いつまでたっても男は猫を
「痛そう……ちょっと猫、やり過ぎじゃないか?」
(それにしてもこの猫……)
さっき、修道院の部屋に入っていった猫はどんなだったっけ? ウルマが見あげると、ずっと見ていたらしい少女は慌てて部屋に引っ込んで窓をパタリと閉めてしまった。
五人の男が
「痛いよね、でも猫はもう追っ払った。シスターに頼んで手当てして貰おうね」
泣き続ける男を慰めるのはウルマ、修道院の裏門を叩くロンバスはそんなウルマと男を呆れて見ている。猫にやられて泣く男も男だし、慰めるフリしてウルマは面白がっているに違いない。飯屋を出てからというもの、ウルマはずっと上機嫌だ。
「しかし、あの猫たちはなんだったんでしょうね?」
「さぁ……おまえ、猫に恨まれるようなことでもしたか?」
ロンバスが
裏門が開きシスターが顔を覗かせる。ロンバスが事情を説明し、役人に引き渡すから、その前に手当てをして欲しいと頼んだ。
「きっと他にも悪さをしているだろう――なに、しばらく動けないから危険はない。手当てと言っても止血程度でいい。それとコイツらを縛る縄はないだろうか?」
シスターが奥に引っ込み、しばらくすると出てきたのは白い服を着た、瘦せっぽちの少女だ。縄をロンバスに渡すと、包帯やら消毒液やらを持ってウルマの横を通り過ぎ、男たちに近付いた。窓辺で見ていた少女かどうかは判らない、薄暗い中の遠目で顔まで見えはしなかった。
「おまえ、窓から見ていただろう?」
男どもの手当てを始めた少女に、確信もないままウルマが尋ねる。少女は手を休めることなくウルマに答える。
「なんのことでしょう?」
「修道院に住んでいるのか?」
「はい、孤児なんです」
ロンバスは、手当てが終わった男から順に縛り上げている。男たちが痛みにあげる小さな叫び声、静かにしろと男たちを叱り付けるのに忙しいロンバスにウルマと少女の会話は聞こえていなさそうだ。
「孤児か、それなら将来はシスターに?」
「はい、そのつもりでおります」
最後に残ったのは猫に全身引っ掻かれた男だ。包帯を巻き終わったところで、ウルマが男を立たせ、ロンバスに引き渡す。
「ではこれで……」
裏門に向かおうとする少女の腕を引いてウルマが耳元で
「おまえ――
ハッとウルマの顔を見つめる少女、さっと顔が蒼褪める。ウルマを振り払い、逃げるように門の中へと消えていく。すると――
「キャーーーー!!!」
門の内から聞こえる悲鳴、同時にバッサバッサと羽ばたく音が聞こえ、修道院の中で騒ぎが起こる。
「何事でしょう?」
最後の一人を縛り終えたロンバスが腰を伸ばしてそう言ったところに、再び裏門が開かれてシスターが転がるように躍り出た。
「鳥が! 大きな鳥が突然現れて、リーシャを
「鳥っ!?」
ロンバスが小さく舌打ちし、ウルマをこっそり睨みつける。
ウルマはロンバスを少しも気にしていないようだ。静かにシスターに尋ねている。
「リーシャって?」
「リーシャ・ジュディモ、先ほどこの男たちを手当てした少女でございます」
「そうか、あの少女か――鳥め、血の匂いに誘われてきたようだね。可哀そうだけど飛び立った後では助けようもない。リーシャはきっと、餌にされてしまった」
泣き崩れるシスター、ウルマは空を見上げ、こっそり笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます