25話 陽気な犯罪者達はバギーで奔る。

 凱旋通りは群衆で埋め尽くされており、彼らはイリアム宮を目指し進んでいる。

 

 一方で、凱旋通り以外の場所では、手当たり次第に火を放ち、店舗と見れば野盗のように盗みを働いていた。


 今のところ、叛乱ではなく、単なる暴徒の群れである。


「が――規模が大きすぎるな」


 禁衛府きんえいふ長官のフィリップ・ノルドマン伯は、部下からの報告を受けて呟く。

 帝都にて叛乱の兆しあり――との情報は、以前から諜報機関から伝えられていた。


 だが、帝都でうごめく反政府系組織に、この規模の動乱を起こせる人員と資金など無かったはずである。


「おまけに、軍が出払った隙にだ」


 報告を上げた部下としては、相槌を打つほか無い独り言が続いた。


 彼が感じている懸念はそれだけではない。

 報告を総合すると、治安当局の動きが妙に鈍いのだ。


 イリアム宮に通ずる凱旋通りの封鎖こそ終えているが、暴徒を鎮圧するための特別警備隊に出動要請が出ていないのである。

 情報の真偽は不明ながら、特別警備隊の指示系統に乱れが生じているらしい。


 ならば、近衛師団旗下八千名で打って出て、さっさと始末をつけた方が良いとも考えた。

 万が一にもイリアム宮に暴徒が侵入すれば、叩き潰したとて不名誉極まりない事態である。


 だが――、


 ――軽々に動かれるな。

 ――治安当局には、私から厳しく伝えておこう。


 と、エヴァンから釘を刺されていた。


 フィリップは、自身が属する派閥の領袖りょうしゅうであり、何かと便宜を図ってくれた男に頭が上がらない。


 また、素行不良に悩まされたひとり娘は、プロヴァンス女子修道院で見事に更生し、天秤衆を目指すと言い張り切っている。

 天秤衆となると、父としては一抹の不安もあるが、信徒としては誇らしい。


 ただし、天秤衆を目指すならば、聖レオに近いエヴァンは、彼にとって益々重要な人物となる。


 ――しかし、この状況を座視して良いものか……。

 ――帝都に残っている師団規模の軍は、我らのみぞ。


 などと考えていた矢先の事である。


 フィリップ・ノルドマンの元に悪い知らせが二つ入り、意識が遠のきかけた。


 ◇


「トジバトルさんには助けられてばかりですね」


 帝都叛乱の日取りをトールに耳打ちし、なおかつ安全な場所を提供したトジバトルは、確かに礼を言われて然るべきであっただろう。


 ダウンタウンエリアの中心街にある宿泊ホテル、ハイエリアに位置する領事館――何れも安全な場所では無くなっている。


「先払いする性質たちでして」


 宇宙港にほど近い場所で、軌道都市としては珍しく農地が広がっていた。


 農業、漁業、畜産などの一次産業は、地上に住まう地表人類が担うため、こうした光景をオビタルが目にするのは稀である。

 そもそも、軌道都市上に農地を造成し、なおかつ維持するには莫大なコストを要した。


 ――ひょっとして、聖堂で食べた新鮮野菜って、ここのお陰なのかな?


 トールは、開放的な窓から見える、のどかな景色を楽しんでいた。 

 農地の中にポツと立つ一軒家にいると、イリアム宮周辺の騒ぎなど外宇宙の出来事にも思える。


「俺が口を挟む事じゃないのは百も承知ですけどね――」


 トジバトルが、コーヒーを淹れながら呟く。


「――いつ逃げるんです?」


 帝国公領各所で叛乱が起き、帝都では暴徒が大暴れしている。

 宇宙港から船で逃げられるうち、領地に戻った方が良いように思えたのだ。


 照射モニタに映る報道では、壊された店舗や民家の無残な映像が流れている。

 治安が回復したとしても、暴動からの反動は、帝国政府と治安当局による民草への強い締め付けとなって返ってくるだろう。


 黒髪では、住み辛くなるのは間違いない。


 トジバトル自身も、幾つかの身辺整理を片付け次第、遠い辺境の地を目指す予定でいる。

 だが、目指した先に、この妙な男が居なければ意味がないのではないか?


「どうぞ」

「あ、どうも――アチチ」


 トジバトルは、舌が火傷しそうに熱いコーヒーを好む。


「まあ、いつもそうなんですけど、今回も待ってるんです」


 確かに、常に傍にいた連中が見当たらんな、とトジバトルは思った。

 トールをホテルに迎えに行った時から居なかったのだ。


「お傍衆の方々ですか?」

「はい。彼女達と――もうひとつありまして、ボウとニュースを見ているんですけど……お?」


 ここ数日、四六時中耳にするようになった、緊急ニュースを通知するアラームが響く。


「またかよ――」


 トジバトルも、いや多くの人々は、この音に些か辟易とさせられている。


「今度は何だよ――え――」


 思わず声が漏れ、手に持ったコーヒーカップを落としそうになる。


 ――所属不明の艦隊が、ユディトポータル防衛陣を抜け、帝都に向かっているとの情報があります。ご覧の映像は、防衛陣から――。


 多数の艦艇が、円筒陣を組んで奔る様が映し出される。

 所属不明の艦隊とは、つまるところ叛乱軍の艦隊なのだろう。


「クソッ、叛乱軍――どっから湧いてやがるんだ」


 トールに質問した訳ではなく、驚愕から来る独り言である。


「ユディトポータルの向こうは、ええと――フォルツ選帝侯領ですね」


 帝都が存するカナン星系のポータルは、公領か選帝侯が支配する星系に繋がっていた。本来ならば、それは帝都の安全性を保障するはずなのだ。


 だが――、


 フォルツ選帝侯はエヴァン公のお仲間ですよ、という言葉は飲み込んで、映像の艦影をトールは確認する。

 その特徴的な構造から、軌道揚陸艦が存在する事は分かった。


「これで、ひとつ目の待ち人は来ました」

「――え?」


 トジバトルは胡乱うろんな目付きとなる。


 ――叛乱軍が待ち人だなんて話になると、さすがに笑えなくなるが……。

 ――聞き間違い――だよな?


「ようやく、叛乱軍の艦隊が来てくれました」

「は、はあ?」


 期待した男は、叛乱軍の首謀者なのだろうか、とトジバトルは不安に感じ始めていた。


 ◇


 長閑のどかな農道を、一台のレトロバギーが土煙を巻き上げて疾走していた。


 車輪駆動、なおかつ自動運転では無いという、歴史博物館から抜け出してきたかのような車両である。


 そのレトロバギーに、四人の美女――いや、三人の美女と、一人の美幼女が乗っていた。


「いでッ!――て、てめぇ、運転なんてしたこと――いてっ――あんのかよっ!?」


 テルミナは、天蓋で打った頭頂部を抑えながら怒鳴った。


 舗装されていないためか、あるいは運転が荒々しいためか、乗客たちは揺れと振動で身体中をしたたかに痛めつけられている。


 エゼキエル宇宙港に迎えに来た時から、テルミナは嫌な予感がしていたのだ。

 だが、重罪を犯した人間と、その物的証拠を運ぶのに、一般的な自動運転車両ではリスクが高いと言われれば黙るほか無かった。


「勿論、ある――わよっ。話しかけないで、気が散るんだから!集中ッ!!」


 ロベニカとて必死なのである。


「――ああ、大学時代ですわね。懐かしいわ」


 ジャンヌは仲間達と遊びに行った、太古生物パークを思い起こした。

 激しい揺れのなか、優雅に青春のひとコマを脳裏に描く。


「キャリーケースの中身が心配ね。――死ん――いえ、壊れてないと良いけど」


 というマリの懸念に、テルミナが鼻を鳴らす。


「大枚はたいてイミグレ通したんだぜ」


 素通しとなっている車両背面から、むき出しのトランクに積まれた巨大なキャリーケースを手の平で何度か叩く。


「死んだら許さねぇぞッ!!」


 キャリーケースが抗議を示すかのように、音を鳴らして何度か揺れた。


 ◇


「何という呪われた日なのだ――」


 叛乱軍の艦艇が、ユディトポータルの防衛陣を抜き、一路、帝都に迫っているとの報を受けたフィリップは力なく呟いた。

 

 近衛師団が有する銀獅子艦隊には、既に出撃命令を出している。

 他艦隊とは異なり、新鋭艦で構成される銀獅子であれば、叛乱軍如きにおくれを取る事は無いだろう。


 フィリップの精神を弱らせているのは、プロヴァンス女子修道院から届いた、もう一つの報せであった。


 彼の大事なひとり娘クリスティーナが、不審者二名により攫われてしまったのである。

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