14話 聖剣?

 夢を見始めてから、すでに二週間近くが過ぎた。

 

 さすがのトールもおかしいと思い始めている。

 間違いなく寝坊をしているはずで、会社からも連絡が着ているだろう。

 

 ――スマホがマナーモードで気が付かないのかな?

 

 無断欠勤になってしまうのは困るが、艦隊戦まで目覚めないという希望は叶いそうだ。

 とはいえ、上司や同僚には、心から謝罪しようと決めている。

 

 注意処分くらいは受けるだろうが、悪いのは自分なので当然だろう。

 

「ぼ、坊ちゃま――なんと凛々しい!」

「え?」

「あ、申し訳御座いません。癖が抜けず――トール様」

 

 家令のセバスが恭しく頭を下げる。

 幼少時からトールの世話をしてきたせいか、幼い日々の記憶が未だ抜けないのだろう。

 

 天下のアホ領主とはいえ、きっと可愛らしい時代もあったのだ。

 

「そ、そうですか?」

 

 凛々しい、などと言われトールは照れている。

 姿見に映る自分を見てみた。

 

 着替えを手伝ってくれたマリが隣に立っている。

 

「ただの軍服ですけど」

 

 オビタル帝国の各領邦は、女帝より邦笏ほうしゃくという短いバトンを下賜かしされる。

 

 帝国の一員としてポータルを通行する権利を得た証しでもある。

 代償として、女帝の勅命ちょくめいが下れば、それぞれの領邦軍を率いて馳せ参じる必要があった。

 

 慣例で、領邦軍の最高指揮官は、邦笏ほうしゃくを指揮杖として持つ。

 多くの場合、領主が大元帥となり、総司令官を兼務する。

 

 トール・ベルニクはこれを嫌がり、邦笏ほうしゃくを持たなかった。

 邦笏ほうしゃくが重かったのか、それとも何者かに唆されたのか――。

 

 いずれにせよ、ベルニク軍の総司令官は空席となっていたのだ。

 

 その空席を埋めているのが、火星方面管区の司令長官オリヴァー・ボルツ大将である。

 総司令官代行として総軍を指揮する立場上、彼が邦笏ほうしゃくを持っていた。


 ただし、代行であるので統帥権とうすけんは持たない。

 軍の最高指揮官ではあるが、統帥権とうすけんを持つ領主の掣肘せいちゅうは受ける。

 

「身が引き締まる思いがしますね」

 

 実際に、軍服にはそのような精神的効果がある。

 人間は思った以上に、自身の装いで言動が左右されるのだ。

 

 勿論、気合を入れ直すために、軍服コスプレを始めたのではない。

 

 ――閣下の思い、応えない訳には参りません。

 

 月面基地にて、期せずしてトールの願いは通じてしまっている。

 ジャンヌ・バルバストルは、愚かかもしれないが勇気ある領主の望みに応える気になったのだ。

 

 ――ですが、乗船までに幾つかの訓練が必要ですわ。

 ――勿論、そこはホワイトローズにお任せ下さい。

 

 そう言って、ジャンヌは微笑んだ。

 

 ――ただ、まずは軍属になって頂きませんと、閣下。

 

 というような次第で、ロベニカが全ての手続きを急ぎ進めた結果が今である。

 

 何の訓練も教育も受けておらず、当然ながら武勲も無いが大元帥となっていた。

 由来の分からない勲章も多数あったが、それを着ける事だけは頑として断っている。

 

 自身の性格にも合わないし、単純に悪趣味な気がしたのだ。

 

「あと、これ」

 

 マリから渡されたのは、一振りの剣だった。

 オビタル帝国貴族の特権として、彼らは常に帯剣を許されている。

 

 女帝陛下と謁見する場合であってもだ。

 女帝という立場の絶対性を示すものか、諸侯が力を持ち過ぎたせいなのか――。

 

「それは、当家に伝わる聖剣――」

 

 と、セバスは言いかけ、聖剣云々は自分が読んでいる小説の事だったと思い至る。

 

「――では御座いませんが、なかなか良い普通の剣でございます」

「ありがとう、マリ。うわぁ、結構軽いんですね」

 

 鞘付きのままで、その軽さに気付き驚く。

 

 ――竹刀と同じくらいだなぁ。

 

 トールの知識によれば、真剣は、竹刀の二倍程度の重量であった。

 こうなると、久しぶりに本気で振ってみたくなってくる。

 

「ちょっと離れてもらって良いですか?」

「は、はあ」

 

 訝し気な様子で、セバスは後ろに下がる。

 

「マリも――危ないよ」

 

 無言で頷き、セバスの隣へと歩いていく。

 

 距離を確認した後、トールは鞘から剣を抜いた。

 真っすぐに伸びた両刃の剣だ。

 

 日本刀と異なり、斬るのではなく叩き斬るのだろう。

 

 ――西洋刀か。軽いけど握りが竹刀と違うから――どうかな?

 

 何やら呟きながらも、トールは剣のグリップを両手で握り頭上に構えた。

 少しばかり刀身を右に傾ける。

 

 剣道で言えば、上段の構えだ。

 

 姿見で姿勢を確認した後、丹田に力を入れ振った。

 刀身が空気を切り裂く音が、心地よく響く。

 

「これはいいですね。振りやすいな――ホントに聖剣だったりして。アハハ」

 

 呑気に笑いながら、鞘に刀身を戻し腰に吊るした。

 

「じゃ、ボクは行きますね」

「うん」

 

 マリに見送られ、トールは自室を出て行った。

 部屋の前で、すでにロベニカが待っていたようだ。

 

「何かスゴイ音がしましたけど?」

「そうですかね。気のせいですよ。それより人を待たせ――」

 

 バタン。

 

 二人を見送ってマリが扉を閉めた。

 部屋の掃除をしておこうと考えたのだ。

 

 そこで、まだセバスがいた事をようやく思い出す。

 

「セバ――」

 

 何をしているのか問い掛けようとした所で、セバスが震えている事に気が付いた。

 食い入るような瞳で、先ほどまでトールが映っていた姿見を見詰めている。

 

「?」

 

 マリが姿見に顏を向け、少しばかりの違和感を感じた直後――。

 

 あまりに美しい切断面を残し、姿見は二つに割れた。

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