小学生だって恋がしたいっ!
九龍城砦
同棲
「男子ってケダモノなんだよ!」
「急にどうしたの」
お昼休み、教室にて。
目の前に座った私の親友は、ドンっと机を叩いた。
「昨日お姉ちゃんが言ってたの! 男はみ~んなケダモノなのよ~って!」
「そうなんだ」
なんだ、またいつものお姉さん情報か。
そんなの、全然あてにならないのに。
「ところでケダモノってなに?」
「……はぁ」
知らないんかい。
「ケダモノっていうのはただの比喩。男の人が女の人を襲う姿が獣に見えたから、皮肉を込めてそう呼んでるの」
「???」
分かってないな、これは。難しい言葉を使い過ぎたか。
「まぁ、わたしたちには関係のない話だよ」
だって。
「わたしたち、まだ小学生だし」
◆◇◆◇
周りの子たちより大人びてるな、という自覚はある。
男子たちがスカート捲りしてくるのもなんか微笑ましく思えるし、恋バナをする女子グループはマセてるなと思うだけ。
自分で言うのも何だが、なんか精神性がお婆ちゃんみたいだなと思うわけで。
「んー」
そんなお婆ちゃんなわたしは、今スーパーで食材を選んでいる最中だったりする。今日はチラシでキャベツがお買い得だと書いてあったので、学校帰りに立ち寄った次第である。
周りの大人たちが物珍しい視線で見てくるが、そんなのはもう気にならなくなった。一年もそんな奇異の視線にさらされてたら、そりゃ耐性も付くってもんよ。
「こっちかな」
両手にキャベツを持ち、重さと鮮度を確かめる。そしてお眼鏡にかなった方を、買い物カゴに入れる。
この身長だと、買い物カートを押すのも一苦労なんだよなぁ。子供用の買い物カートとか作ってくれないかしら。
「あとは豚バラ、もやし……あ、醤油も切らしてたっけ」
液体類は重いから、持って帰るのも一苦労なんだよなぁ……真面目にわたし専用の買い物カートでも自作するか。DIYだ、DIY。
「743円です」
「あ、ポイントカードあります」
財布から小銭を出して、レジに乗せる。
なんか、店員さんが微笑ましいものでも見るように、めっちゃニコニコしてるんですけど。こいつ、ロリコンか?
「ふんっぐ……やっぱおもっ……!!」
会計も済ませて、エコバッグに入れてもらった商品を持ってスーパーを出る。
いや、マジヤバい。キャベツと醤油の組み合わせはヤバい。この小さな腕には殺人級の重さだ。腕がめっちゃプルプルする。
「ふぉぉぉぉっ……! 根性ぉぉぉぉ……!!」
いや、真面目にヤバいなこれ。こっから家まで十分くらい歩くんだけど、無事に辿り着ける気がしない。
こういう時に限って周囲の大人たちは見てるだけだし。日本ってのは薄情な国やでぇ、ホンマ。
「大丈夫ですか」
「お?」
気合と根性で帰り道を歩いていたら、唐突に荷物を持ち上げられた。誰だろうと思い見上げてみれば、そこには見慣れた優男の顔があった。
黒いスーツに黒いネクタイ。どこにでも居るような、普通のサラリーマンといった風体。
「ずいぶん無茶をしますね」
「……今日は遅くなるって言ってなかったっけ?」
「気合で仕事を終わらせて、爆速で帰ってきました。雫さんが心配だったので」
「……はぁ」
へにゃりと、覇気のかけらもないような顔で、目の前の優男は笑った。
わたしが大好きな、人の心を落ち着かせる笑顔だった。気の抜ける笑顔……と言い換えてもいいかもしれない。
「キャベツともやしと豚バラ……今日は野菜炒めですか。ご飯が進みそうですね」
「ごめんなさいね。どこかの誰かさんが安月給だから、こんなシンプルな料理しか作れなくて」
「いえいえ。僕は雫さんの作る料理なら、どんなものだって美味しく食べますよ」
「泥団子でも?」
「それは料理じゃないのでノーカンです」
上手く躱すじゃないか。この一年で、だいぶ口が達者になったね。
「生意気、康太のくせに」
「いやぁ、ははは」
褒めとらんわ。
「さぁ、早く帰りましょう。お腹が空きました」
左手で荷物を持ち、空いた右手を差し出してくる優男。
その姿が、初めて出会ったあの時と重なって。
『うちで、一緒に暮らしましょう』
そうして柄にもなく、ほっぺたが熱くなって。
「……ん」
わたしは、差し出された手をギュッと握った。
◆◇◆◇
わたしこと
義理の父親であり、義理の娘。だからこそ、康太はわたしに対していつも敬語で話かけてくる。
「お風呂いただきました」
「はい、麦茶」
「ありがとうございます」
特に広くも狭くもない、ワンルームのマンション。二人になったのだから引っ越そうと康太は言うのだが、そんな予算がウチにあるはずもない。
縁を切るとき、あのクソみたいな父親と母親から可能な限りむしり取っては来たが、それでもウチの経済状況は厳しい。余計な出費をしている暇は無いのだ。
そもそも、イカれたカルト宗教に傾倒していたあのクソ親共に、まともな資産なんて残っているはずもない。
家と土地を売って、ついでに刑務所にブチ込まれて、それでやっとこっちに小銭が流れてくるレベルだ。
もうね、心底ロクデナシだと思うよ。流石は捧げるものが何もなくなって、挙げ句にわたしを献上しようとしていた奴らだわ。
「いい匂いですね」
「あと少しでできるから、大人しく待ってなさい」
「はい。楽しみに待ちます」
部屋の真ん中にドンと置かれているダイニングテーブルに座り、康太は手にした麦茶を飲み干す。
このダイニングテーブル、部屋の半分くらい独占してるから、ぶっちゃけ撤去したいんだがな。
「はい、お待ちどうさま」
「美味しそうですね」
大盛にした野菜炒めと、ご飯を並べて康太の目の前に置く。
いつものことだが、こんな簡単な料理で目を輝かせるこいつの気が知れない。ローストビーフとか出したらどうなっちゃうんだろう。いつか試してみたいな。
「んじゃ、いただきます」
「いただきます」
小盛りにした自分のご飯を持って、席に着く。菜箸も忘れずに食卓において、これで完成だ。
味噌汁? 味噌汁はまぁ……朝限定ってことで。
「うん、美味しいですね」
「そう。それは良かった」
ニコニコした笑顔で、野菜炒めを頬張る康太。まったく、こいつはホント美味しそうに食べるよな。
「はむ……うん、うまいわね」
流石はわたし。と内心で自画自賛しながら、箸を進めるのだった。
◇◆◇◆
「あったかいですね」
「そうね」
部屋の片隅に置かれたベッドの上で、二人並んで眠りにつく。この家に来た時、わたしは床でいいって言ったのに、康太は自分が床で寝るとか言い出したのだ。
家主にそんなことさせられんと私が食い下がった結果、こうして折衷案で一緒に寝ることになったわけで。まぁ、こういう寒い日にはありがたい。夏は地獄だけど。
「ねぇ、今日が何の日か覚えてる?」
「雫さんが一緒に暮らし始めた日、ですよね」
「そうよ。つまり結婚記念日ね」
「そこはせめて同棲記念日って言いませんか?」
細かいこと気にするんじゃない、男のくせに。いや、まぁ、性別で人を判断するなかれって、死んだお婆ちゃんは言っていたが。
でもまぁ、私が女でこいつが男なのだから、細かいことはいいのだ。女の方が腕力も弱いんだからな。守られるべきはわたしの方なのだ。女性で、小学生なわけだし。
「それか親子記念日でもいいですよ」
「親子ね……じゃあ敬語やめなさいよ。娘に敬語で話してる父親なんて、見たことないわよ」
「世界中を探せば一人くらいは居るかもしれませんよ?」
「あんたがその一人だ、とか言うつもりじゃないでしょうね」
「…………」
図星かい。
はぁ、まったくこの人は。
「いやぁ、ははは……これは僕の口癖みたいなものなので、急に変えるのはちょっと」
「じゃあせめて『さん』付けやめて。これくらいならやれるでしょう」
今日で一年経つっていうのに、未だにそんな他人行儀な呼び方は嫌だ。親子だって言うんなら、せめて名前くらい普通に読んでほしい。
「……しず、く」
「なんですか、あなた」
「ぶほっ!?」
おい、なに吹き出してんだ。失礼だろうが。
「な、なんですか……その呼び方」
「何って。わたしはあなたの妻なんだから、当然の呼び方でしょう?」
もしかして、一年前のあの約束を忘れてしまったのだろうか。だとしたら、思い出させてあげなくちゃ。
掛け布団の中を移動し、康太の上に体を乗せる。こういう時だけは、自分の小さな体躯に感謝だ。
「一年前、約束したじゃない」
「な、何をでしょうか」
「ふーん……とぼけるんだ」
目を逸らしたってことは、何か後ろめたいことがあるってバラしてるようなもんだ。
つまり、こいつはあの日の約束をしっかりと覚えているというわけで。
「んっ」
「んむっ」
体を屈め、唇を奪う。
男はケダモノだって言ってたけど、全然そんなことない。むしろ草食動物だ。
「し、ずく……さん」
「ちゅっ……どう、思い出した?」
あの日。わたしが初めてこの家に訪れた時にした約束。
今日みたいに、一緒のベッドで寝ているときに交わした、秘密の約束。
「ちゃんと約束したわよね『わたしが大人になったら結婚する』って」
「雫さん、それは」
「わたし、もう大人だよ」
体はぜんぜん大人じゃないけど、精神は完全に大人だ。
18年も生きてないけど、そこらの大人にだって女子力は負けてない。
「だから」
だから。
「私と結婚してください、だんな様」
決して消えない、親子よりも強いつながりを――私にください。
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