5.崖下の町ルノワール
どこかの画家だか作家だか、そんな名の付いたこの町には美人が多い。
地理的に言えば樹海の真っ只中の癖に何故か芸術作品が盛んで、その道の研究家も多い町だ。町人は皆気高く子供達は笑い、くそ暑いのにもかかわらず賑わう市場の様子を見ていると何だかとてもソワソワする。流石は領主のお膝元。師匠もちゃんと仕事したんだなぁなんて感心する自分がいた。
平和なのは、モンスターからの防衛をちゃんと整備しているからだった。そうじゃなきゃこんな過ごしにくい場所が繁栄する筈もない。よく来るスコール対策はどうなってるんだと疑問に思っていれば、ジドさんが旅支度を整えたのか此方へ歩いてくるのが見えて頬を掻いた。
さてはてと、思考に入り浸るのもこのあたりまで。私だけならともかく彼も一緒ならここから先がとても長い道のりになる。海の領主が滞在する首都まで一番身体に負担がなく、かつ安全な最短距離の計算は余り得意では無いんだが。
「だから僕が呼ばれたと?」
「そのとおり。」
「の癖にノーギャラ」
「あ」
「山の領主速達分もノーギャラ」
「う、」
「全く、まだ蓄えを切り崩せるから良いものの。備蓄は強モンスターの出現に伴い年々少なくなって来ています。市場が厳しくなる前に手を打たねば飢え死にしますよ」
「ぐぇ」
「というか一応貴女もそろそろ筆頭だという自覚を持って頂かねば。事務処理全部丸投げされて!こちらも大変なんですからね!」
「う、うーん面目ない、。」
これでもかと言うほど大袈裟にため息をつき、メガネを拭いている目の前の毒舌美青年はなんと我がアクロスのナンバー2、テノール・フォルテッシモ。音楽音楽していて多少煩い名前だが、所謂私の信頼できる部下というやつの一人である。
いつの間にやら組織化してしまったアクロスにとって、この子は部下というよりほぼ実権を握っている真のリーダーというのに相応しいのだが。いかせん本人は何故かそこを譲ってくれず、私下っ端ですとか冗談でも言おうものならすぐ怒られるし金銭管理は手厳しいしおいしいご飯もくれるしオカンだな、ごめんオカンだったわ。
きっとどこかで私の事凄い勘違いして過大評価してるんだよなぁとか思いながらも彼を挨拶させる。ジドさんは少し目を見開きながらも此方を凝視してきた。あ、この流れまた言われるやつ〜。
「おまえ、本当にルネートだったのか、?」
「はいお決まりー!しかもまだ疑問形ー!!」
「、なんです?我らが筆頭に失礼ですね。流石あの鬼畜野郎の部下、礼儀もなって無いとみえる。」
「あ?なんだと?」
「なんですか」
「まったまった!そう言うのいいから!!喧嘩買うも煽るもなーし!」
「「だってこいつ!」」
ハモるほど二人は仲がいい、おっと相性が悪いらしい彼等は大人のプライドもあり、これ以上の大声は控えた様だ。
その代わり睨み合いという静かな争いを繰り広げているが、まぁうん。そんな二人は放っておき、バチバチと効果音がつきそうなその雰囲気に半眼になりながらも私はヒュルリと吹く風の向きを確認する。うーむ、まいった。これはどうやら一雨来そうである。
息を吸い込み、少しだけど空気に混じる特有の刺激臭には致し方あるまいと諦めて。ジドさん越しに空を見上げてはじとりと背中に伝う汗に気づかぬフリをした。
吹き飛ばすようにうんと明るい声を出してやる。大きな声ではっきりと、そう言う訳だから最短ルートの割り出しよろしく!出発は早朝だからね!なんて言葉は説明せずとも我が部下への命令だった。
勿論予想していた反発を被る前に急いで宿屋へ引き篭もる。あ、断じて往来で喧嘩する二人を恥ずかしく思った訳ではないからね。ないよ。ほんとだよ。
「待ってください!話はまだ途中です!!」
ジドさんを放って追いかけてきたテノールは、案の定早朝だなんて無茶ですよ!なんて言いながら大反対だという顔面を作り出していた。
それに目を細めたのは言うまでもない。そうだ、唯でさえ危険なモンスター蔓延る外界なのに明日の早朝。それだけで難易度が跳ね上がる事などテノールに言われずとも分かっている。
本来であれば速達であろうがなかろうが、アクロス以外の人間がいる時点で迂回ルートを2、3日吟味し、それからやっとこさ出発というのが正規のルート。
天候気圧地域密着型モンスターの動向等、調べるべき事案は長距離になればなる程沢山ある。
だが、残念な事に。そんな正式という名の悠長にしている暇などは、私達には無かった。だって今回は観測されたばかりの獣相手。巣という単語を知らないアンズーが次に動き出すのは気まぐれであり、遅ければ遅いほど此方の不利が確約されるのだ。だからねぇ、分かるでしょう?その分抗い人が死ぬ。たくさん死ぬ。故に時間はかけられない。
「さぁて。腕の見せ所だねぇ、テノール」
「ダジャレ言ってんじゃねぇぞクソアマ」
ちょっとそれどう言う意味なのか議論したい。駄洒落じゃないもん。そのままだもん。というか口調昔に戻ってますよ!柄悪いんだからー。
「気づいてますよね?数時間後には酸の雨が降ります。風向きからして此方へ来ることは明白。」
「うん。」
「結界器具で街は避けられても街道は免れないし、穴だらけの道など数日は通れません。」
「うん、というかこの町のスコール云々は結界で弾いてたんだ、すげ~。」
「今更ですか、じゃなくて!つまりは馬車を使って駆け抜ける事はできない。この辺りの、力は強いが足が遅いモンスターの縄張りだからこその移動手段が使えないのに、貴女は最速を望み海の領土へ行こうとしている。」
「うん、そう。」
「、はっきりと言うぞ筆頭。腕の紋章をあいつにも与える気なのか。」
反対だと。そう態度に出しながら彼は私の真向かいに立つ。自然と身長差から首を上に向ける羽目になってしまったが致し方ない。その真剣な眼差しに免じて少し痛いが我慢しよう。
説き伏せる様にゆっくりと頷けば、それだけで充分だったのだろう。彼は納得いかなそうに、不満げな顔を隠そうともせず眉間へ皺を寄せていった。
そこまでするメリットはない。彼は剣聖の部下であって我らの傘下ではなく、裏切らない保証もないと。そう思っているに違いない。
あまりにも安請け合いですとしっかり物申す彼の本音を聞きいていれば、彼の腕下にある筈の、そう。過去にテノールへ授けた紋章が綺麗な銀色に輝いた気がした。
「ジドさんはいい人だよ。」
「人柄の問題ではない。貴女は貴女の価値を分かっていない。」
「特殊だと十分理解はしているけど?」
「していない!もし貴女の存在が公になればどれほど危険な目に遭うか!それを踏まえてアクロスは貴女のそばにいる!我々以外に腕章を与えるべきではない!!」
「おやまぁ照れるな熱愛じゃ~ん」
「ええい流すなしっかりききなさい!!」
キィー!っとハンカチでも噛み締める様な癇癪を起こしてテノールはぷんすこ怒っている。一見言葉尻は力に対する独占欲の塊に見えるが、そうでない事を私は知っていた。
だから、それをさらりと躱してドアの前で戸惑い、立ち竦んでいる気配に微笑む。ジドさん、入っていいんだよと。なるべく穏やかな口調と声音で語りかけた。案の定テノールはギョッとした顔で振り向き、遠慮がちに開いた扉をすぐさま睨みつける。
ジドさんは、困った顔で。複雑そうに部屋へと入ってきた。それに対して微笑む私、殺気を放つテノール。
ガリガリと後頭部を掻きながら気遣う彼は私に言う。聞いてもいいのかって、バカだなぁ。貴方は当事者であり、これから領主達や国民達によってこの世界の英雄として祭り上げられるのだ。
可哀想に。私達はほんの少しの生存率を上げてやる事位しか出来やしない。モンスターという化け物達と正面切って命のやり取りをするのも、全国民の期待や絶望を背負うのもジド・カルマという青年で。それはもう、作為的な道だった。
少しの罪悪感。取り敢えず立ったままでは何なので、適当に二人をソファへ誘導し紅茶を出す。テノールと海の女領主の側近が大好きな、レモン風味のサッパリとした飲み物。それに余っていた空の領土のお菓子を添えて。
痛い沈黙は少しだけ和らいだ様だった。私も一口飲んで、ふぅっと一息。では、と。分かりやすいように結論から、そう切り出せば彼等の肩が小さく揺れた様な気がした。
「今からジドさんにはアクロスだけが持つ特殊な腕の紋章を授与します。効果は様々。」
「っ筆頭。」
「モンスター除けであったり私達だけの裏道が使えたり。他にはそうだな、なんちゃって魔法が使えたりします。」
「、は?」
「筆頭っ!」
「因みに本人の拒否もその他抗議も認めません。ヒルダさんには内緒。もちろん他の人にも内緒。他言は厳禁。全てはアンズー討伐の為に必要な事。」
あ、紋章について何でいれたんとか外野から突っ込まれたら共闘の証だとか適当に言っといてね。戦いが終われば消えるし、ジドさんも山の民に戻れる。それが制約。そう続けて言えばさらに困惑するジドさんの真向かいで私の胸倉を掴み上げたテノールが居た。
すんごい顔。煽ってやると感情を歪めて、これまた酷く傷ついた様にその手を離す。子供が拗ねたような、そんな表情に慈愛の目を向けておいた。
心配しなくても大丈夫だよ。分かってるんだ。紋章を入れれば一時的にでも魔法が使える事の危うさ。それを付与出来る事の価値。公になればこの世界の基準がひっくり返ってしまう事。
そうなれば私はきっと狙われるだろうね。死ぬ?いやいやとんでもない。死すら安息に思える様な事など世の中には沢山存在する。良くて幽閉、宗教への利用。悪ければ拷問、解剖、実験。その他にも沢山。
恐らく今回の件で魔法に勘づきつつある師匠にも確信もたらせてしまうだろうし、海や空の領主達からでさえも命を狙われるかもしれない。けれども。
賢い貴方なら分かる筈だと、そう言いながら紅茶をもう一度口へ含ませる。
考えなさい。勝利して貰わねば人類滅亡など簡単に起きてしまう事。何より此方側に魔法が無ければこの世界。いくら防衛を固める女領主が居ようとも、人の力だけでは倒す事の出来ないアンズーが確認された時点で積んでいる。
「なるほどな。つまり俺は、アンタ等の身代わりか」
呟かれた言葉に決して否定はしなかった。だけれど上等だと、そう続けた彼にテノールは目を見開く。彼が色んな意味に動揺している事を見透かした上で、私は小さくわらってみせた。
ああその通り。実はこのアンズー討伐戦。別にジド・アルマが出なくてもアクロスの人間、もしくは紋章の大元を使いこなす私自身が表へ出れば解決する話であった。
だって武具等だけでなく、そんな魔法という奇跡が実際に手慣れた状態で扱えるのだ。それだけで勝率は格段に上がるし、全ての戦闘による被害が最も少なく片がつく。
けれども、それをしないのは自分達が狙われる危険性を十分熟知し、その命と他人の命を天秤に掛けているからだった。私は私の命が大切だ。そして巻き込んでしまった、こんな私に信頼を置き尽くしてくれる団員達の事も。
だからこそ私は彼らを表へ出さず、リスク分散の為に目の前の青年へ紋章という力を渡す。魔法で勝率を上げ、バレても出来るだけ単独で被害を喰わぬように。私はひとでなしだから、貴方の事を囮にするんです。
(、なのに)
「っお人好しにも程があるぞ、ジド・アルマ!」
彼は、それを踏まえた上で上等だと言うのだった。
勿論そう言ってくれると此方も計算済みではあるのだが。
テノールはそんな彼の人柄に当てられて視線を逸らす。私と違い根っこが真面目な彼にはジドさんの決断など到底理解できなし、直視する度胸も無かったのだ。
ぽそりと呟かれた言葉は相手には届かない。何故、利用されると分かっていてそんな表情が出来るのだと。そうだよなぁ、それは私も知りたい。
でもだからこそ、テノールはテノールなりに彼の事を認めた様だった。
「引き受けて、くれますか。」
真っ直ぐな主人公気質の瞳が私を射貫く。
拒否権は無いと言った癖に。そんな馬鹿げた呟きに、この世界の身代わり英雄は力強く頷いた。
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