4-3


 大男に担がれてヴィーネの神殿に到着する。

 それは街の北に建てられた大きな純白の城だった。


 門を潜り、扉を開くと大きなロビーが広がっていた。大男と縄使いは目の前に広がる大きな階段を上り、大きな扉を開けて中に入った。


 中は静まり返っていた。美を象徴とするその存在を除いて誰も存在していなかったからだろう。

 私を担ぐ男の足音だけが部屋の中に響いていく。

 広い部屋の床には真っ赤な絨毯が敷かれており、青と白のタイルに色鮮やかな宝石が所々に装飾されていた。天井には大きな金色のシャングリラ。そして、部屋の一番奥に置かれた豪華な椅子にその存在は座っていた。



 この世で最も美しいとされる存在。

 そのヴァーテクスの前ではどんな金銀、宝石も劣ってしまうと言われる究極の美。


 肌が透けて見えるほどの薄い生地のドレスに身を包んだその女は白い綺麗な脚を組んで自慢げな表情でこちらを見下ろしていた。


 ヴィーネの前で身体を下ろされ、私は地面に脚をつける。


「どう? 私にかかれば貴女なんか簡単に捕まえれるのよ。すごいでしょ?」


 私が顔を上げるのと同時に彼女はそう口を開いた。


「…………この縄、解いてくれないかしら?」


「ちょっと! 私の言葉に反応しなさいよ!」


 ヴィーネの言葉を無視した私に対して、ヴィーネは勢いで椅子から立ち上がった。


「…………だって、ヴィーネって私の事嫌いでしょ? いつもちょっかい出してくるし」


「…………そうね。嫌いよ! だから縄は解いてあげないわ」


 ヴィーネは椅子に座り直すと、再び脚を組んだ。


「やっぱり、そうなのね。…………私の仲間たちはどこなの?」


「あの3人なら捕えているわ」


 質問に対して大きなため息を吐いてからヴィーネは答える。

 その息と言葉に含まれる苛立ちに少しだけ胸が痛くなった。


「そう。人間を操るのが貴女の能力なの?」


「……………………言うわけないでしょ」


 ヴァーテクスは特殊な能力を使用することができる。

 炎のヴァーテクスである、フローガは炎を操る能力。

 怪物のヴァーテクスである、テラシアは怪物を産み出す能力。

 全能のヴァーテクスである、バジレウスはおおよそ全能と呼べる数多くの能力。


 私は自分の能力意外に、その3柱のヴァーテクスの能力しか把握できていない。


 先日戦った秩序のヴァーテクスである、ユースティアの能力は最期まで分からなかったし、その他のヴァーテクスがどんな能力を持っているかもわからない。


「本来、人間はヴァーテクスに危害を加えることは出来ない」


 …………何故かタクミだけは例外だが。


「そもそも、ヴァーテクスに攻撃しようと思う事すらないわ」



「…………ええ、そうね」


「でも、この2人は私に攻撃することができた。それは貴女の能力で操られていたから。違うかしら?」


 核心を突いた私の言葉に、ヴィーネは一瞬だけ表情が硬くなった。


「……………………」

 無言を貫くヴィーネ。


 やっぱり、ヴィーネの能力は人間を操る、だろう。

 だとすると、問題はその効果時間は何時まで続くかということだ。


 タクミやドミニクたちと違ってヴァーテクスは能力の使用に体力は必要ない。

 つまり、やろうと思えば永遠に使用できるのだ。


 そう仮定した場合、操られたタクミたちを解放するにはヴィーネ自身に能力を解除させるしかない。




「…………貴女、この状況を理解しているの?」


 話題を変える為かヴィーネが切り出してくる。


「私は貴女を殺そうと思えば殺せるのよ?」


「…………でも、それはバジレウスに禁じられている」


「いえ、貴女に対してその誓約は意味をなさないわ。だって、あなたが先に破ったのでしょう?」


 その返しに私は思わず息を呑んでしまった。

 面食らう私を見て、ヴィーネは不思議そうな表情を向けてきた。


「その口上が使えないとなると、ちょっと痛いわね」


 こうなる前にテラシアに会いたかった。

 だが、今更悔やんでも仕方ないと考えを改める。


「今更何を言っているのかしら。バジレウスに逆らった貴女が悪いんでしょ」



「まあ、そうね。でも、状況を理解していないというのならヴィーネの方こそ出来ていないわ」


「はい?」


「私はヴィーネを標的にしていない。けど、ここで邪魔をするというのなら、貴女と戦わなければならないわ」


「……………………仮にそうなったとして、この状況を覆せるわけないでしょ?」


 余裕の態度と笑みを崩さないヴィーネに対し、私は一言、


「まだドミニクが残っているわ」


 と胸を張って告げた。


 縄で縛られているので、ちょっとした動きでも動きにくさを感じるし、痛い。

 けど、それは強がりなんかではない。


 私は心の底からドミニクの事を信頼しているのだから。



「さっきの男の事ね。でも、たった1人じゃない。この街には3000を超える人間が住んでいるわ。その全員が私の味方よ」


「…………手駒の間違いじゃなくて?」


「黙りなさい!」


「よく考えた方がいいと思うわ。私のおすすめはバジレウスに従いつつ私とは争わない事よ」


 私の言葉に、息を荒げながら突っかかてくるヴィーネを無視して説得を試みる。


「私は貴女と戦うわ。だって貴女の事が嫌いだもの。これ以上の理由ってないでしょ?」


 落ち着いた様子に戻ってヴィーネはそう口を開いた。


「いいの? 勝てないと思うけど」


 私がそう首を傾げると、ヴィーネは苛立ちを含ませた口調で返してきた。


「私をバカにしてるの? 勝ち目がないのはアンジーナの方よ。さっきも言った通り私には3000を超える手駒がいるのだから」



「…………手駒って言ったわ」


 こちらを見下してくるヴィーネに対し、私はボソッと呟く。


「…………んん、とにかく! アンジーナは私には勝てない。潔く負けを認めなさい。哀れな人間のように頭を下げて私を敬えば、今までの事は水に流すわ」


 喉を鳴らして紛らわすヴィーネ。


「勝つわ。ヴァーテクスが敵じゃない限り、ドミニクが負けることはないわ」


 私は声のトーンを若干落として、脅迫じみた言葉を口にする。



「…………随分とその男を信用しているのね」


「ええ。だってドミニクは私を最初に認めてくれた人間だもの」


 私がそう告げると怪訝そうな視線を向けてきた。



「そう。ならあの男を捕まえるまでよ。それで貴女の負けは確定するのだから」


「試してみるといいわ。ドミニクは私より手強いわよ」


 ヴィーネの挑戦を軽く笑って受ける。

 ドミニクならきっと大丈夫だ。


「シエナ、ブルース、命令よ。さっきの男を捕まえてきなさい」


 ヴィーネの命令に私の後ろに控えていた縄使いの女と大男が膝を地面に着けてそれを承諾した。


「はい」

「分かりました」


 ヴィーネは優越感にひたるような表情をこちらに向けてくる。

 私は顔をプイッと背けてそれを見ないようにした。


「チっ!」というような小さな音が部屋の中に響いた。


 縄使いの女はそれを気に留めることなく、口を開いた。


「アンジーナ様はどう致しますか?」


 その問いかけに、少しだけ迷うように表情を歪めたヴィーネはじっくりと何かを考えた後、


「…………1番豪華な客室に閉じ込めておきなさい」


 と答えた。


 ヴァーテクスであることが幸いしたのか、とりあえず衛生面に関しては問題なさそうだ。


 縄使いと大男に促されて私はヴィーネに背中を向ける。


「…………貴女と私では手駒の数も質も違うのよ。せいぜい後悔することね。まあ、心の底から謝罪をするのなら許してあげるけど」


 最期にヴィーネは声を荒げてそう言った。

 後ろを振り返ることはなかったが、その表情を簡単に想像できる。


 私はそのまま扉を通過してその部屋を後にした。






 長い廊下を歩かされ、たどり着いたのは1番端っこの部屋だった。

 ヴィーネがいた大広間から出て歩くこと10分。疲れは感じないが、縛られたままなので圧迫感と痛みを感じて少ししんどかった。


 途中で武装した2人の男と合流して歩いた。

 恐らく、私を部屋に閉じ込めた後の監視役だろう。


 この10分間、廊下の両脇に並んでいたどの扉よりも大きい扉の前で私は長い息を吐いた。

 木でつくられた扉にはいくつもの宝石が装飾として使われている。

 縄使いの手でその扉がゆっくりと開かれる。


 私は黙ったままその部屋の中に入った。



「では、ここで暫くお待ちください」


 丁寧に頭を下げた縄使いはそのまま扉を閉めた。


 私はそれを見届けた後、ぐるりと部屋の中を見渡した。

 電機はついていないので部屋の中は暗いが、かなり大きさのある部屋だった。


 ヴィーネの大広間の半分くらいの大きさといったところか。


 それでも、部屋の端から端まで歩くのに60秒以上はかかりそうだ。

 部屋に設けられた窓の外は既に暗かった。

 空に浮かぶ夜の大岩の弱弱しい光が窓から差し込んでくる。


 人が3人は横になれる大きさのベッドと、タンスに椅子が3つ置いてある。

 だが、豪華な客室という事もあり、どれもきらきらと輝いていて高価そうだ。


 というか、この街は宝石とか金や銀できらきらとしていて、若干、落ち着かない。

 私はもっと落ち着いた雰囲気のある自然に囲まれた場所の方が好みである。


「さて!」

 と息をつく。


 固く閉ざされた扉の向こうには人の気配がある。


「やっぱり、ヴィーネは状況がわかってないわ」

 先程のやり取りを思い返しつつ、私は能力を使用して縄を解いた。

 ただ念じるだけで縄が勝手に動いて緩んでいく。


 まるで命を吹き込まれた蛇のように、独立した縄は私の身体から離れていく。


「こんなもので私を縛っておけるわけないでしょ」


 独り言を呟いて深呼吸をする。


「それじゃ、反撃を始めましょう」


 そう言って、私は頬を持ち上げ掌を扉に向けた。

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