第7話 なんで私をクビにしないんですか?
私の報告を聞いたアリエスが、眠そうに目を擦りながらキックボードから下りてきた。当初のような驚きはなくなっていた。
落ち込む私の隣を通り抜けると、こめかみ辺りをボリボリと掻きながら、反対の手を腰に当てて畑の前に立った。
「あー、やっぱり枯れたか」
「……すみません」
「気にすんな。元々、お前が何故植物を枯らしてしまうのか、その原因を解明するために水をやるよう指示したんだ」
この畑では、薬草を育てていない。
その辺に生えていた雑草を植え替えただけだ。
初めて薬草を枯らしてから約一ヶ月。
私は当初の宣言どおり、薬草畑を枯らし続けた。もちろん、枯らすようなことは何もしてない。それは、私の作業をずっと見ていたアリエスやエリーナさんからのお墨付きだ。
なのに枯れる。
ここまで来れば、嫌でも私のせいという結論に達してしまうわけで……
いや、せやかてやで?
いくら何でも枯らしすぎじゃないですか、私? ここまできたら、本当に何か悪いものが憑いているのかもしれない。ヴァレリアさまに相談し――
「もしかして……お前が直接水をやると、枯れるんじゃないか?」
枯れた雑草を引っこ抜いて観察していたアリエスの言葉が、私を思考の海から引き上げた。
確かに、今まで枯れてきた植物たちは皆、私が直接じょうろで水をまいた子たちだ。
土に栄養剤を混ぜたり、薬草の状態を観察したりなどは問題ない。
それにアリエスが言うには、以前私が魔法の練習で水を呼び出して畑に撒いたとき、薬草には何の変化もなかったことが、今回の仮説の決定打になったのだという。あのときは水のコントロールが上手くいかず、アリエスをびしょびしょにしてしまって怒られたっけ。
今まで私が接してきた畑で、枯れた畑と枯れなかった畑の違いを消去法で考えると、直接水をやったかしか残らないと、アリエスは自分自身に言い聞かせるように呟いた。
「一度、検証してみる必要があるな」
それを聞き、私は今までずっと疑問を抱いていた問いを口にする。
「あの……なんで私をクビにしないんですか?」
「え? お前をクビに?」
「はい。だって、これだけ大切な薬草を枯らしてきたんですよ? 役に立たないってクビになってもおかしくないと思うんですけど……」
普通の会社なら、色んな理由を付けて解雇になっていると思う。
しかし、
「確かに色々と薬草を枯らしやがって無駄な仕事が増えたけど、でも別に役に立ってないなんて思ってないぞ?」
「……え?」
意外すぎる言葉に、私は目を見開いた。
「他の仕事は、ちゃんとこなしてるだろ? 接客なんて、お前が対応してくれるようになってから、客が怒らずに帰ってくれるから、本当に楽になったんだぞ?」
「え? いつもお客さん、怒らせてたんですか?」
そういえば研究員の人も同じようなこと言ってたっけ。
「だってあいつら、無理難題ばっかり要求してくるからよ。ムカツクじゃん? 自分たちにはできないくせに、ああしろこうしろって」
「……アリエスさん、三十二歳ですよね?」
「年齢なんて関係ねえ。ムカツクもんはむかつくんだよ」
えー……子どもすぎん?
いや、まあ気持ちは分かる。
分かるけど、それをグッと堪えて妥協点を探るのが、社会人ってもんじゃないですか?
「それに、お前が悪意をもって薬草を枯らしてるわけじゃないってのは、仕事に取り組む姿勢で分かってる。もし薬草を枯らす原因を取り除くことができれば、お前はきっといい働きをしてくれるはずだ。そうなれば、俺ももっと楽ができるし」
「……結局、自分が楽することしか考えてないんですか?」
「最高のパフォーマンスを発揮するために必要なことだと言ってくれ。でもまあ正直、お陰で研究に充てる時間も増えてるからな、助かってる」
あ……少し嬉しいかも。
自分が楽するためって言いつつも、私の仕事ぶりを見ていて評価してくれたことが。
私の能力を評価し、未来に期待してくれている。
ならばもっと頑張らなければ。
期待に応えなければ。
そう反射的に思い浮かんだ気持ちを、慌てて振り払う。
期待されると、無理してでも応えなければならないと反射的に思ってしまうのは、私の悪い癖だ。
聖女召喚されたときだって、神官たちから期待の言葉をかけられ、反射的に引き受けてしまい、結局聖女じゃなかったと彼らに失望を与えてしまった。
さっきだって、上手く橋渡しができる自信なんてないのに、安請け合いしてしまって。
元の世界に居たときだって――
「ま、お前が辞めたいって思うんならヴァレリアに相談しろ。この国の生活に慣れてきた今のお前になら、紹介できる仕事も増えてるだろ」
「……考えて、みます」
「おう」
一瞬だけ、寂しそうな顔をしたのは、気のせい?
私は集めた枯れた雑草を、アリエスに手渡した。
彼は礼をいうことなく、さも当然といった感じで雑草を受け取ると様子を確認し始めた。
それを横目で見つつ、私は畑ステータスを表示させると、畑の状況を確認した。
文字はまだ全部理解できていないけれど、何が書いているかは分かる。
グリーン。
そして植物の状態の部分だけは、グレー表示になっている。現在、この畑に植えている植物がないからだ。
とりあえずこの畑の環境に、問題は一つも無い。
だけど今回も枯れてしまった。
仕事は楽しい。
だけど、役に立たないのなら、やっぱりこのまま別の仕事に行ったほうが……
その時、
「……え? なんだこれ……い、いや、まさかそんな……」
アリエスの驚きの声が聞こえた。枯れた薬草を確認する手が止まっている。いや、固まっているといったほうが正しいかもしれない。
しかし薬草を凝視していた彼の視線が、食い入るように私に向けられた。
いつものヘラヘラした感じではなく、突き刺すような鋭さを纏っている。
私の知っている、無気力系上司じゃない。
突然、私の手首が強い力で掴まれた。
「ホノカ、ちょっとついていこい。確認したいことがある」
「な、何ですか? どうかしたんですか?」
「いいから、早く! そこのじょうろに水をくんでもって早く来い!」
「そんな強い力で掴まなくても、付いていきますから!」
痛くて半分叫ぶように答えると、アリエスはあっと小さく声をあげて手を離し、バツが悪そうに顔を背けた。
素直に謝れない大人、カッコワルイ。
腑に落ちない気持ちを抱えながら、私は言われた通りにじょうろに水をくんだ。
だけど、私に背を向け、大股で先を進む彼の背中を見ていると、そんな突っ込みも引っ込んでしまう。
尋常ではない逼迫した雰囲気が、嫌というほど伝わってくる。
一体なにが彼を豹変させたのだろう。
薬草園を出た私たちは、神殿内を進んでいった。アリエスの姿を見た神官たちが会釈をしているが、彼はそれに応えず、ずんずんと歩みを進めていく。さすが背の高い大人の大股。小柄な私は、小走りしなければ付いていけないスピードだ。
そうして辿り着いたのは、入り口を神官兵によって守られた、大きな広場だった。
とても広い。
その真ん中にあるものを見た私は、目を瞠った。
広場の真ん中に、真っ黒な半球体が地面から突き出ていた。
その近くには三人の神官がいて、手を広げて球体を見つめている。半球体は丁度、神官たちの腰辺りまでの高さまであった。意外と大きい。
異様な光景に、思わず質問が唇から洩れる。
「アリエスさん、あれは何ですか?」
「ああ、お前は初めてだったな。あの中には、魔樹化した植物が閉じ込められている。球体の結界に封じ込め、吐き出す瘴気が外に出るのを神官たちの魔法で封じているんだ」
「じゃああそこにいる神官たちは、ずっとここで……」
「勿論交代制だけどな。でもかなりの負担なはずだ。しかし魔樹となった植物を完全に処分するには、時間と労力がかかる。だから一定量が集まるまでは、ああして結界で封じ込めているんだ」
魔樹化した植物を処分する方法は、以前イリーナから聞いた。
浄化の炎で三日三晩、神官達総出で焼き続けるのだと。
でも、何故こんな場所に私を連れてきたの?
不思議に思っていると、アリエスが神官たちと何か言い争っている。
「だ、駄目です! いくらアリエスさまのご指示でも……」
「ヴァレリアには、俺から説明する! だから頼む!」
「しっ、しかし、もしホノカさまに何かしらの影響が出れば、我々が責任を問われる立場となります!」
「大丈夫だ。結界内に入れるのは、手だけだから問題ない」
……え?
結界内に手を入れる?
あの真っ黒な、絵に描いたようなヤバさをまとったあそこに、手を、いれ、るってこ……と?
サーっと全身から血の気が引いた。
いや、あかんあかんあかんあかんっ‼ 絶対やったらあかんやつ――――っ‼
何させようとしてんの、あの馬鹿上司は‼
そうしている間に、アリエスと神官たちの言い争いに決着が付いたみたい。神官達のガックリした様子を見る限り……やば、アリエスが近付いてくる!
逃げ出す準備を――
「ホノカ」
って、早すぎ――――っ‼
「ひやぁっ‼ む、無理ですっ! あんないかにもやばげな中に手を突っ込ませるとか、何考えてるんですか‼ アタオカですか⁉ 人でなしっ‼」
「ちょっ……暴れるな! ちゃんと話を聞けっ! これは……この国、いや、魔樹に生活を脅かされ続けてきた人々の希望になるかもしれないんだ‼」
彼の真剣な言葉に、私は暴れるのを止めた。アリエスが、先ほどの枯れた雑草を突き出した。
「この草は、魔樹化しかけていたんだ」
「えっ? そ、それってやばいんじゃ……」
「ああ、もの凄くな。きっと枯れていなければ、数日で完全に魔樹となって薬草園内は瘴気で一杯になっていただろう。植物は魔樹の種に寄生された瞬間から、浄化の炎で焼くしか駆除方法がなくなる……俺の言っている意味が分かるか?」
「えっとつまり……それって……」
私の言葉に、アリエスは大きく力強く頷いた。
「神官たちがよってたかって三日三晩焼き続けなければならないものを、お前は水をやっただけで枯らしたんだ」
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