第2章 ミラーシア湖観光と新しい街
50. シャムネ伯爵夫人の疑惑
エドアルドさんを新たな屋敷の住人に迎え入れて1週間後、あたしはマナストリアの王城を訪れていた。
表向きの目的はミラーシア湖の状況報告と新たに栽培された野菜の献上。
実際の内容は先日シャムネ伯爵領で起きた違法奴隷の問題である。
さすがに女王陛下もエリスも違法奴隷の問題には頭を抱えていたよ。
「違法奴隷。まだそのようなものがおりましたか」
「お母様。取り締まりを強化してはいかがでしょう?」
「ええ、もちろんです。ですが、シャムネ伯爵領はそこまで落ちぶれていましたか」
女王陛下の話しぶりがちょっと気になる。
なんだかシャムネ伯爵領も昔は栄えていたような口ぶりなんだけど。
「あら? アウラ、なにか聞きたいことでも?」
「ええと、シャムネ伯爵領ってそんなに貧乏なんですか? アグリーノではあまり質がいいとは言えない野菜を、どこかの貴族の使いが大金をだして買っていきましたが」
「貴族ってね、名前だけで品物を選ぶものも多いのよ」
「はあ」
「アウラ様、アグリーノはかつて一大農業都市として栄えていたのです。その栄光がいまでも残り続けており、見る影もなくなったいまでさえ名前だけ残り続けております。力のない貴族はその名前にすがって買い付けるのです。それで、いまでもあの都市は生き延び続けているのですよ」
「そうなんだ。農家のおじさんたちに話を聞いたときは悪い人たちじゃなかったんだけどね」
「農家が悪人ではなくとも行政がしっかりしていなければどうにもなりません。アウラ様がこの部屋に来る前に読ませていただいたフェデラーからの書簡。あれに書いてありましたが、たかが街の代官が貴族の家紋を地に投げ捨てるなど言語道断です。それに、農業研究所の所長という男の態度も許せません。アグリーノの街に対しては私、エリクシールの名前で監察部隊を派遣し、不正が行われていないかすべての機関をチェックいたします」
うわ、あたしが行っただけで大事になっちゃったよ。
でも、ほぼ肩書きだけの貴族であるあたしに対してもあの始末なんだから仕方がないよね。
じっくりと調べてもらおう。
「はあ、それにしてもシャムネ伯爵領か。面倒くさいところよねぇ」
「お母様?」
「女王陛下?」
あたしたちの話が途切れたタイミングで女王陛下が割り込んできた。
タイミングも完璧だったし、さすがはお貴族様かな。
「シャムネ伯爵領が貧しいとはさっきも言ったけど、毎年税収が落ち込んでいるようなのよ。それに対する施策も考えさせてはいるのだけれど、なかなか効果が上がらないらしくって。本当にそろそろ首のすげ替え時かしら」
「あの、あたしのいるタイミングでそれを言います?」
「アウラだから聞いていってほしいのよ。あの領地の調子がおかしくなったのは現在の当主に代わったあと、正確に言えば、現在の当主に代わり夫人を持ったあとね。シャムネ伯爵領は先ほどから言っているように税収が落ち込んで行っている落ち目の領地なんだけど、シャムネ伯爵夫人はそんなことお構いなしにきらびやかなドレスで社交界を渡り歩いているわ」
うっわー、嫌な奴。
あたし、そんなのとは絶対関わり合いになりたくない。
「彼女が言うには娘たちも誘っているらしいけれど、拒まれているそうでね。情報の真偽はわからないけれど、伯爵夫人だけは領地の財政などお構いなく自分の欲求を満たすようなタイプよ」
「関わり合いになりたくないタイプです」
「でしょうね。でも、お隣の領地だし、関わり合いになることは多分あるわよ。言いくるめられて取り込まれないように気を付けてね」
「はい。ご心配ありがとうございます」
「いえいえ。……ところで、いただいたお野菜の調理はまだ終わらないのかしら?」
「お母様、みっともないですよ」
「そうは言ってもアウラの土地で作っているお野菜よ? 私たちが普段食べているお野菜なんかよりも格別においしいに決まっているわ」
「それは……そうですけど」
「あなただって食べたいんでしょう? アウラも昼食くらいは一緒にとっていけるわよね?」
「はい。喜んで」
「じゃあ、決まり。誰か、厨房の様子を確認してきて」
女王陛下の言葉で壁際に備えていたメイドのひとりが礼をして立ち去って行き、それと入れ替わるように別の騎士が入ってきた。
城での用事なら執事かメイドだと想うんだけど、軍事的な話かな?
「女王陛下、至急お耳に入れたいことが」
「なんだ、申せ」
「はい。つい今し方、シャムネ伯爵領からアウラ名誉伯爵に対する処罰を求めるとして書状が届きました。書状を届けにきた者もまだ帰してはおりません。連れてきますか?」
「ふむ、面白そうだ。連れてこい」
「はっ!」
女王様モードに入った女王陛下と騎士が、あたしに対する苦情の件で話をしていた。
アグリーノの街ではそんなに悪いことはしていないんだけどね?
「アウラ、済まないけどもう少しここにいてね。その苦情とやらを聞いてみるから」
「あ、はい」
どうやら、その苦情はあたしも聞かなくちゃいけないらしい。
少し待っていると文官の装束に身を包んだ人が騎士に連れられて入ってきた。
あの人がシャムネ伯爵領から来たのかな?
「お前か? シャムネ伯爵領からの使いは」
「はい。私めは亜が主から親愛なる女王陛下に対し、あの傍若無人な小娘を止めていただきたく願いに参りました」
入ってきたのは老年の男性エルフ。
シャムネ伯爵領から華都までって結構あるのにピンピンしている。
「ふむ。なにが傍若無人だったのか申してみよ」
「はい。まずは冒険者ギルドと結託し、ひとりの商人を奴隷商人に仕立て上げたことでござます。彼は無実の罪で捕らえられておりましたが、我が主がそれに気付いたことにより無事釈放され次なる商品の買い付けへと旅立っていきました」
な!?
あの商人を逃がしたって言うの!?
あいつの言う『主』って相当バカなんじゃない!?
「ふむ。それで終いか?」
「いえ、もう一点。農業研究所に難癖を付け、その研究資料ごと優秀な研究員を連れ去りました。領地間での移住は民の自由と国法で定められておりますが、貴族が強制的に連れ去ることは違法とも明記されております。しかるべき処罰を」
「なるほど。……だそうだぞ、アウラ」
「な……アウラ?」
「そ。あたしがアウラ名誉伯爵よ。好き勝手言ってくれるわね、お爺ちゃん」
「そんな……どうやってここまで」
「お前はそんなことも知らぬのか。アウラはマナトレーシングフレーム持ちだ。飛行能力もある。ミラーシア湖と華都を往復しても一日かからんよ」
「そんな、バカな……」
「あ。どこかで見たことがあると思ったら、アグリーノの街の農業研究所の所長じゃない。エドアルドさんに給金を支払っていなかったくせに研究成果を奪おうとしていた!」
「ほう。研究成果を奪おうとしていたのはお前の方か」
「い、いえ、違います! 私は奴めに対して正統な報酬を支払っておりました!」
「毎月大銅貨5枚を支払ったことにしておいて使ってもいない施設利用料に大銅貨5枚かけていたらしいけどね」
「そ、そんなことはない!」
「ふむ。違うのだな」
「も、もちろんです。女王陛下」
「ならば、お前が先ほど証言していた研究員の連れ去りというのはどうなる? 話があわなくなってくるが?」
「いや、それは……」
「エドアルドさんはあたしが声をかけて自分の意思で来てくれたのよ。それにあの商人だって物証は出なかったけど連れていた女の子たち3人の話によれば人買いの違法奴隷商だって話じゃない。それをわざわざ逃がしたあなたの主って誰?」
「それは……」
「ここでは話せぬか。仕方があるまい。騎士たちよ、この者を牢へと連れて行け! そこでじっくりと今回の件について問いただすのだ!」
「はっ!」
「それから。シャムネ伯爵領から来ている人間はひとりたりとも領地に戻すな。いいな」
「かしこまりました」
意外な騒ぎもあったけど、これで女王陛下との話し合いも終了。
あとはあたしが持ってきたお野菜で作った料理を味見して帰ったよ。
女王陛下とエリスからはもっと頻繁に野菜を持って来てほしいと頼まれたけど、どうしたものか。
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