第4話 賢者の召喚3
よく考えてみれば国をあげての一大事業に騎士団長が関わっていないわけがない。しかもその中心には大魔術師がいる。
ワゴンの上を片付けながら一心に魔法陣に向き合っているウィンザー公爵を見た。
フードを深く被った顔は見えないが恐らくもうニ時間以上同じ姿勢のままだ。周りにいる魔術部の人や騎士団の人などは部屋に出入りしつつ進行具合を確かめては何処かで休んでいるようなのに。
大丈夫なのかな?
用意したお茶は無くなり大会議室から出ると廊下で指示を出すハリエットに声をかけた。
「あの、ウィンザー公爵閣下には何も差し上げなくていいのですか?」
部屋の中は少し蒸し暑く、給仕をしていても汗ばんでくる。魔術ってかなり体力や気力を疲弊すると聞いたが、魔法陣を見る限りまだ先は長そうだ。
「あぁそれね。どうやら詠唱中は話せないし終わるまで中断出来ないらしいの」
「そうなんですね、後どれくらいかかるんでしょうか?」
「さぁ、私に聞かれてもね」
メイドは周りの方々を観察し先手を打って居心地よく過ごして頂くようにと教育されている。ウィンザー公爵はどう見ても大変そうだけど誰も何もしようとしていない。
「気になるならクルス伯爵にご相談してみれば?」
後ろにいたリゼットが話を聞いていたらしくそう言った。
「えぇ!クルス伯爵のお知り合いなの?」
ハリエットが急にぱぁっと顔を赤らめた。やっぱり優良物件のようだ。
「それほど親しいわけではないんです、でもお尋ねしてもいいでしょうか?」
一応今日の責任者はハリエットなので後でごちゃごちゃ言われないために許可を取っておくほうが良いだろう。
「クルス伯爵はお優しい方だから大丈夫でしょう。メイドの仕事でもあるし、お尋ねしてきて」
本当なら自分が尋ねに行きたかったようだが、立場上持ち場を離れられない為、仕事を優先し私にむかわせた。いい上司になりそうだ。
「私も一緒に行く」
ワゴンを廊下の端に寄せ大会議室へ引き返そうとするとリゼットがついてきて、一緒に中へ入っていった。ひとりじゃ心細かったので実は助かった。
再び静かに足を踏み入れると、魔法陣の向こう側のウィンザー公爵の正面にいるオーガストの元へ向かった。
「失礼致します」
「どうした?」
オーガストの隣にはまだゴーサンス公爵もいて二人共こちらを見た。
「私ごときがこのようなことをお伺いして良いのか迷いましたが、召喚魔術はまだ時間がかかるのでしょうか?もしそうならウィンザー公爵閣下はその間何もお召し上がりにならないのでしょうか?」
チラリと目線を魔法陣の方へ向けてその向こうに立つウィンザー公爵を見た。天井がガラス張りでまだ午前中の曇り空の下、少しずつ室温も上がってきている。
「確かに気がかりだな。どれ程の時間がかかるか我々にも正確にはわからんのだ、なにせ文献で知っただけの魔術だからな。グウェイン様は大丈夫だと仰っていたが不快な事は間違い無いだろう」
オーガスト様が天井を見上げて少し目を細める。
「今日はこの部屋の空調魔術は解かれいるのだろう?」
ゴーサンス公爵も天井を見上げてそう言った。
「えぇ、普段なら室温を調整する魔術が施されていますが今回の召喚魔術には純粋に統一された魔力が必要だったので」
数百年ぶりに行われるという召喚魔術にはまだ不確実な要素が含まれるため些細な問題点も取り除くよう細心の注意をしているようだ。
「だから我々魔術師は今はグウェイン様に近づくことは出来ない」
魔術を行使していなくても魔術師は僅かながらも常に魔力を自身から発しているらしい。魔術部に所属している人の殆どが魔力を持っている為、召喚魔術を行使している今は誰もそこに近づけない。
「それで皆様遠巻きに……ですけど私には魔力はありませんから」
そもそも何かお世話をするなら私達メイドの役目だし、もちろん魔力の心配はない。
「だが、グウェイン様は少し……神経質な方でな」
オーガスト様は顔を歪ませると困ったように私を見下ろした。
「いやアレはただの変人だろう」
すかさずゴーサンス公爵がふっと鼻で笑う。オーガスト様もゴニョゴニョと口ごもる所を見るとけっこうなお方らしい。私の隣でリゼットが微かに頷いているのはその事を知っているのだろう。
「とにかくあまり見知らぬ人を寄せ付けないのだ」
そう言うオーガストの言葉を受け取りながらも私はニッコリと微笑んだ。
「大丈夫です、仕事がら慣れておりますから」
最初の職場の伯爵家でも主は偏屈な気難しい方だったが最後には領地に連れて行こうとするほど信頼してくださった。私は可愛い弟を置いて行けず丁寧に辞退させて頂いたが、屋敷にいらっしゃる方々も類が友を呼ぶのか中々な方が多く本当に大変だった。
「ふむ、確かに。それにエルビンの娘だ、上手くやるのではないか?」
ゴーサンス公爵が面白そうな物が見れそうだと悪い顔をしている気がするが、まさか騎士団長が魔術部長をネタにするわけはないだろう。
「だが、かなりの注意が必要だ」
オーガスト様は私をじっと見下ろし言い聞かせるように慎重に話す。
「グウェイン様は今、難しい魔術を使ってらっしゃるため大変気を張っていらっしゃる。話す事も動くこともせず集中されているから邪魔にならないことが大前提だ」
私は黙って頷いた。
オーガスト様によると、第一に魔法陣には髪の毛一本ほども触れてはいけない。魔法陣を消すことになってはいけないのも然ることながら、触れることによる影響が計り知れないからだ。
第二にグウェイン・ウィンザー公爵にも触れてはいけない。彼は神経質なため許可していない人に触られる事を極度に嫌がるからだ。
「そうですか、ではお茶を差し上げても自ら飲むことは出来ないのですね」
カップを手に取り口へ運ぶ事は無理なのか。
「そうだな、手を使わず飲ませる事が出来ればいいが。せめて水だけでも……」
オーガスト様はため息をついてウィンザー公爵を見ている。
「あの、病人にするようにスプーンで差し上げるのはどうでしょう?」
リゼットが私の横でそう提案する。
「ふむ、一匙ずつか……だが満足するほど飲ませるまでにはかなり時間がかかりそうだ。きっとグウェイン様の機嫌をそこねる」
オーガスト様が嫌そうに顔を歪ませる。三人でう〜んと頭を悩ませていたがふと閃いた
「少しお待ち下さい」
私は大会議室を出ると急いで二番階段へ向かった。
「どこ行くの?」
リゼットも一緒に並んで階段を下りる。
「別邸よ、そこならあるはず」
一階まで下りるとそのまま渡り廊下を進み別邸の厨房へ向かう。中に入るとまさにそこは昼食の準備をしている最中で、料理人や下働きが右往左往していた。厨房端で鍋をかき混ぜるコック長に声をかける。
「ニック、忙しいとこごめんなさい」
ニックは混ぜる手を休めず顔をあげてこちらを見た。
「あぁん?エレオノーラか!なんだよその格好。上級になったのか?」
私が上級メイド用のお仕着せを着ているため一瞬誰かわからなかったようだ。
「違うの今日だけ。それより
品の良い上級貴族達は普段ストローなど使ったりしない。いわば草だしなんとなく風味がして飲み物の味が変わる感じもするからだ。ここでは平民が主に病人に寝たまま水を飲ませる時に使うのが一般的だ。
「ストロー!?なんだ病人か?ジルに聞いてくれ」
ニックはすぐに鍋に視線を落とし仕事に戻った。私は厨房の中をぐるりと見回していると、裏口のドアを背中で押しながら皮を剥いたじゃがいもをカゴいっぱいに抱えて入ってくるジルを見つけた。
「ジル!ストローどこ?」
ジルは私より三つ年下の野菜の下処理を任されるようになったばかりのコック見習いだ。
「あぁ!エレオノーラ、なんだその格好!?」
「いいから、急いでるのよ。ストローはどこにあるの?」
厨房内はメイドの行動範囲と違うため私には何がどこにあるかはわからない。
「そこの棚の一番上、右端だよ……」
ジルは隣でニッコリ笑いかけているリゼットをボーッとした目で見つめながら教えてくれた。
惚れたか?生意気な。
棚の扉を開けて見つけたストローを幾つか持つとハンカチに包みまた本邸の二番階段を駆け上がった。
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