終章

 目を覚ますとそこはいつも通りの不死川家だった。布団が引かれており、そこにナナは寝かされていた。寝起きが悪いナナでもあの戦いは強く印象に残っており、すぐさま体を起こした。


「――! ここは――家? 戦いは! 香花さんは!」


「起きて早々やかましいわよ、ナナ」


 ナナの頭越しから声がした。エプロン姿で配膳していた香花がそこには立っていた。その様子にナナはひとまず胸をなでおろした。訊きたいことが山ほどあり何から尋ねるべきか、ナナは頭を悩ませた。


「まずは落ち着きなさい。また体調を悪化させたりしたらもう看病してやんないわよ」


「えっ……具合は特に悪くはないのですが……」


「あんた、寝ながら熱出してたのよ。戦争が終わって今日までの3日間ね。その間、私がずっと面倒見てたの」


「え! 私そんなに寝てたんですか……?」


「服はボロボロだったし、体の至るところまで傷だらけだったし、顔中血まみれだったし、全くどうすればああなったのやら……」


「はは……ありがとうございます……」

 

 久しくした会話がやけに新鮮だった。こうしてまた香花と談話できることにナナははにかんだ。


「それで香花さん、上半師との戦いは? ……やったんですか?」


 ナナの問いに香花は不思議そうな顔をした。


「あんた何も覚えてないの?」


「えっ?」


 香花の反応にナナも不思議そうにする。「確かにあの時起きていたわよね……」とブツブツ呟きだす香花。どうやらナナは自分が時間を巻き戻した記憶がないらしい。ナナはきょとんとしながらただひたすら香花の答えを待った。


「結論から言うと、地人は人間を食べなくなったわ」


「え! じゃあ上半師を――んぐっ!」


「最後まで聞きなさい」


 ナナの頬を手で挟み、香花は注意する。


「ほひ、とぅみまてん(はい、すみません)」


 挟まれたまま、涙目でナナはうなずく。その返答に香花は手を離した。頬を撫でるナナに対して、香花は続きを言う。


「上半師は死んでないわ。私と奴では圧倒的な力量の差があった。今の私じゃあ到底、倒せる敵じゃなかった。……でもね、私たちの実力を見込んで上半師はある提案を持ち掛けたの」


「ある提案?」


「そう。『おぬしたちを生かす代わりにわっちが任せる仕事をすべてこなせ。そうすれば、地人が人間を食わないと約束しよう』ってね。まあ、罠の可能性や言葉だけの条約かもしれなかったけれど……あの絶体絶命の状況下ではこの条件を吞むしかなかった」


「その仕事って?」


「さあ、分からないわ。週に1回は城に顔を出して訪ねなくちゃいけないらしいし、急用の頼みごとがあればすぐ早馬を遣わせるっていうし、面倒事でも押し付けられるんでしょうね」


「……でも話を聞く限り、それで命が助かるなら安いものっぽく感じるのですが……」


「分からないわよ。今回のような大規模な戦争があれば最前線はもちろん私達だし、その仕事だって命にかかわることもあるでしょうね」


「……なるほど」


 固唾を吞むナナ。香花は一通り配膳を終え、ナナの前に正座した。


「次は私から訊かせて」


「えっ」


「なんであの場所に来たの」


 ナナの瞳を見つめる香花。そこには先ほどの談話にはなかった真剣さを眼光が物語っていた。冗談が一切ない表情にナナは圧倒される。


「答えて、ナナ。なんであの場所に来たの」


 口篭もるナナに対する優しさはなく、ぐいぐいと詰め寄る香花。三日三晩眠っていたのだから言葉に詰まるのは致し方ない。だが、思い出した。香花が傷だらけで上半師に立ち向かっている情景を。脳裏にそれがよみがえった時、ナナは自然と口が動いた。


「私と銭湯に入った時、『好きだ』って言ったこと覚えてます?」


「ええ、覚えてるわ。嬉しかったもの」


「あはは……」


 真剣な顔で答える香花に少し照れ、頭を掻きながらもナナは言い続けた。


「実はあれ、先走っちゃって自分の意思で言ったことじゃないんです。――いや! だから香花さんが嫌いとかじゃないんですけど! ……ないんですけど……自分がどういう想いで言ったのか、分からなくなっちゃって……。思考が錯乱している中、香花さんが……『私も好き』っていうから……その自分の感情が入り混じっちゃって……どう返答したらいいか迷ってた時期があったんです」


「そう……迷惑なことさせて悪かったわね。私に好かれるのが嫌だったってこと?」


「だからそうじゃなくて! ――もう! ……香花さんが……性的に……好きって言ったのか。それとも、人として好きって言ったのかが分からなかったんです……」


「そうなの。別に私は近くにいて苦じゃないって思ったから好きと言ってまでで、そこに深い理由はないわ」


「そ、そうだったんですね……でも私、気づいちゃったんです。二人で生活していて私、本当に香花さんのことが好きなんだって! だから! 好きな人が傷つくのは嫌だったから! 私、香花さんを助けるために! あの場所へ行ったんです!」


 やっと伝えることができた想い。悩みに悩みぬいた末、告白のようになったが想いを吐き出せてナナは満足だった。頬を赤く染めながら、顔を下に向け表情を隠した。


「……自分が行って手助けできるほどの実力があると思ったの?」


「いえ。で、でも――!」


「私はナナを戦争に巻き込みたくなかったから、置手紙もしたし、四八目に頼んで門前払いもさせたのに。それでもやってくるとは思わなかったわ。まあ、おかげで助かりはしたけど……」


「えっ?」


「とにかく、あんたは私の気遣いを全て台無しにしたの。それなのに私のために戦場へ来たですって? 自惚れないで。ったく誰が世話してきてあげたと思ってんのよ」


「す、すみません……」


 香花のお叱りにショックを受けるナナ。俯くナナの顔を上げて香花は優しく言った。


「だから、これからもあんたの本名や居場所が分かるまで面倒見てあげるわ。よろしくね」


「えっ」


 そう溢すとナナは瞳から涙を浮かべた。


「これからも……ここにいていいんですか? 一緒に……居ていいんですか?」


「断ったって居る気でしょ。あんたが一人で生きていけるとは思えないものね」


「――香花さん!」


 ナナは香花に抱き着いた。そうしてわんわんと泣いた。香花は「まったく……ご飯が冷めちゃうじゃない」と呟きながらも優しく微笑んだ。3日ぶりに起きたためか、息はすぐにあがるし体も重かったが気にせず、過呼吸になりながらもナナは泣いた。


 ――今の私に本名なんて必要ない。私の名前は”ナナ”なのだから。

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