十六話 刺さる

 斬撃に次ぐ斬撃。一時の油断も許されない瞬間の中、香花は息を切らしながらも意識を保つ。攻撃に入るスキすらない。相手に呼吸を合わせ、太刀の軌道を避けることで精いっぱいだ。上半師もそれをわかっているのか、剣を振ってからはもう10分は経っている。


 ――何か打開策は!


 思いつかない。思いつくはずもない。頭を働かせる余裕すらない。戦闘技術の差が大きく、小手先の剣術は通用しない。香花が生半可な策に出れば返り討ちにあうことは目に見えていた。


 どうすれば。どうすればいい! いっそ上半師との距離を詰めるか? いや、間合いを詰めたところでこちらが有利になるとは思えない! どうすれば――くそっ!


 苦悩と葛藤の末、その時は来た。上半師が連撃を終えたのだ。何故? 疲れからか? 微かな香花の期待とは裏腹に上半師は汗1つ垂らしていなかった。表情も変わりなく余裕綽々と言ったところだ。疲労感とは関係なしに上半師は攻撃を中断したのだ。


「無様なものだな、不死川とやら。誰かを助けるために今、おぬしそのものが死の淵に立っておる。もう抵抗をやめよ。楽に殺してやろう」


「…………」


 言い返す気力もない。目つきだけは鋭い鷹のようであったが、その眼光はあくまで外見上でしか機能されていない。呼吸を荒くさせ、顎まで垂れた汗を払った。


「このわっちがおぬしに制裁をくらわそう。なに痛みはない、一瞬じゃ」


 上半師は腰を低く構え、目先に太刀を近づけ、左指の人差し指を中心に標準を定め、刃先を香花に向けた。


「言っておくがこの構えから放たれる突きを貴様の実力で止めることは不可能じゃ。いや止めるどころか、目で捉えることもできぬ」


「……そんなのやってみないと分からないでしょ」


「立っているのがやっとのおぬしに何ができる。何なら今おぬしの遺言でも聞いてやってもよいぞ」


 香花は無言を貫き、警戒態勢に入る。


「……そうか、残念じゃ」


 まだ死ねない。こいつを倒すまでは。


 香花は呼吸を整えて上半師を視界に入れる。上半師は万全の状態で香花の死角を狙う。その角度、距離、タイミング、風向きと風量、すべての条件が揃ったとき仕掛けてくるのだろう。1つの隙が命取りになる。こちらも構えに入り、機を伺う。一寸も離すことなく、上半師を視野に入れ続けた。


 いつ来る? もうすぐ? それとも時間を経たせ、集中の切れを待つつもりか? ダメ、気を保たないと。


 ――――さん。


 気の迷いからか、香花にはナナの声が聞こえた。幻聴だろう。


 ――――花さん!


 しかし、その声はどんどん近づいてきて大きくなって聞こえた。


 ……まさか!


「香花さん!」


 そのまさかだった、兵士の隙間を潜りぬけ見覚えのある少女が姿を現した。短髪に見慣れない服装、ひょろっとした細身、彼女以外にいなかった。


「香花さん! 助けに来ましたよ!」


「ナナ! どうしてこ――」


 香花の声はそこで途切れた。ふと腹部に視線を移すと血がポタポタと垂れており、銀色の何かが突き刺さっていた。太刀だ。視界を前に戻すと、上半師は意地悪な笑みを浮かべながらすぐそこにいた。


「言ったじゃろ? 捉えることすらできぬと。ましてや、自分から視線を逸らすとはのう……拍子抜けじゃ」


 すべてが闇に包まれた。周りの兵士たちが喚起を起こす最中、ナナだけがその光景を疑った。


「……え? こ、香花さん? 香花さん! ぎゃあああああああ!」


 暗闇と歓声の中、少女の叫びだけが香花の世界に響いた。


 ――ナナ、ごめんね。


 たったそれだけの出来事が嫌に長く感じた。

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