第55話

 俺は食事会の中で左手の甲に意識を集中していた。

 錬金術で爆炎の紋章を刻む。


 爆炎の紋章は俺の切り札だ。

 MPが回復し、安全な今の内に両手に刻んでおく。

 これが俺の日課だ。


 紋章を刻むには多くのMPを必要とし、そして時間がかかる。

 安全な今の内に行っておく。




 両手の紋章が浮かび上がると、みんなが俺を見ていた。


 グラディウスが言った。


「クラフトと同じで狂っているよね。刻むのを失敗すれば手が爆発するのにさあ」


 確かにそうだが、錬金術をレベル5以上に上げておけば、紋章付与の成功率は100%になる。

 そこまで危険ではない。


「次の会議を行いたいのだ」


 王の言葉で皆の表情が変わる。

 俺は重鎮たちと一緒に会議室に移動した。

 今回はチョコもついてくる。


 皆が席に着くと王の表情が変わる。


「人が、たくさん死んだ」


 会議室の席は歯抜けのように人が抜けている。

 軍の規模も小さくなった。


「チョコ、座るがいい」


 チョコは無言で俺の隣に座った。


「早く始めちゃいましょう。アキ君は眠くなってくると思いますから」

「うむ。単刀直入に言う。次の戦場の件だ。陣を1つにまとめるか迷っているのだ。アキ、どう思う?」


 今までの戦いは本陣の横に右翼と左翼を配置して戦う方式だった。

 だが、兵の数が減り、部隊を分ける意味が薄れてきたのだ。


「その前に2つ確認したい。クラフトが進めている例の件と、ライダー率いるダッシュドラゴンの件だ」


「クラフトの件は明日まではかかる。ライダーの件は結果が出た。入れ!」


 ライダーと共に逃げ出したはずのダッシュドラゴン兵が入って来る。


「我らダッシュドラゴン部隊!これよりライダーではなく、祖国の為に尽くします!」


「うむ、アキの言う通り、根回しをしておいて良かった。皆に伝えろ!英雄アキが自らの褒美を投げ捨てて、それでもお前たちを助けようとした!その働きに免じてダッシュドラゴン部隊すべてに恩赦を与える!下がって皆に伝えろ!」


 兵士は泣きながら敬礼し、そして下がっていった。

 王は全部俺の手柄にしようしている。

 俺は大戦がはじまる前に王に言っただけだ。


 『ライダーは逃げるからそうなったら兵士の罪を許して戻ってくるよう根回しをしたい』と、そう言っただけなんだ。


 厳しい訓練を受けた兵士は通常領主を裏切らない。

 だが、ライダーが国を裏切る行動を取り続ければ話は別だ。

 根回しをしてライダーが逃げたタイミングでライダーに見切りをつけてこちらにつくように仕向けたわけだ。


 でも、ライダーを見限るまで時間がかかったな。

 いや、それだけ厳しい訓練を受けた裏返しでもある。

 今後ダッシュドラゴン部隊は絶対に裏切らない。

 信頼できる優秀な軍を手に入れたと考える事も出来る。

 



「アキの言う通り、ライダーは逃げたが、ダッシュドラゴン部隊は戻って来てくれた」


「それなら、次の陣は……」


 俺は、次の案をみんなに伝えた。




【ダッシュドラゴン兵視点】


 話はライダーが戦地を逃亡するまで前にさかのぼる。


 俺は、祖国の為に軍に志願して栄光あるダッシュドラゴン部隊に選ばれた。

 だがライダーは初戦で逃げた。


 次は無いだろう、そう思っているとまた噂が流れた。


『もし、次にライダーが逃げた場合、兵士は戻ってさえくればすべての罪を許し、優秀な指揮官の元で戦える』


 俺は、最後の『優秀な指揮官』に惹かれていた。

 同じような噂は何度も流れたが皆ライダーを見捨てなかった。

 俺は、内心では、皆王についてくれればいいと、そう思っていた。

 俺はライダーを裏切るのが怖かった。


 何度も拷問のような訓練を受け、何人も目の前でライダーに殺された。

 殺されたのは俺より優秀で、国の為に意見を言える人間だった。




 大戦2日目、ライダーはまた逃げた。

 それにより左翼は崩壊し、俺達全員はライダーについていった。


 俺の隣にいる兵士がライダーから離れてから言った。


「俺はもう祖国を裏切らない!」


 そう言って方向転換して戻っていく。

 その兵士に多くの兵がついていった。

 遂に始まったか。

 みんなと話をしよう。


 ライダーにばれないようにみんなと話をしよう。


 更に水場で休憩を取るとライダーは全員を整列させて怒鳴った。


「貴様ら!もう戻れんぞ!私はフレイム王国に合流する!裏切者の貴様らはもうシルフィ王国には戻れない!戻れば殺される!分かったら休んでないで見回りを始めろ!」


 ライダーはもう駄目だ。

 祖国を裏切り、敵に寝返ると宣言したのだ。

 そして自分だけは休み他の者には休みを与えず斥候を命じた。


 護衛の兵もライダーの元を離れて見回りに出かけた。

 それを見て思った。

 そうか、皆、同じ気持ちなのか。


「おい!護衛は戻れ!話を聞け!」


 後ろで怒鳴るライダーの声を聴いて思った。

 ライダーは狂っている。


 俺は斥候に向かうフリをしつつ兵士に話をしようとした。

 だが向こうから話しかけてきた。


「お前も抜けるよな?」

「ああ、そう言おうと、思っていた。戻ろう」


 俺も相手も涙を流していた。

 それだけで分かった。

 ライダーを置いて祖国に合流すると。

 皆祖国を愛していると。


「全員で戻ろう。ライダー以外の全員でだ」

「ああ、そうだな。全員で戻ろう」 


 こうして、全員で話を進め、兵士すべてがライダーを置き去りにして帰った。




【ライダー視点】


 まったく無能どもが、私がいるから何とかなっていたようなものの、私がいなければこの軍は崩壊していた。

 いくら優秀な私でも無能な兵の管理は骨が折れる。


 ライダーは貴重なパンと肉を食べながら石に腰かけ、近くにあった小石を蹴飛ばす。

 遅い、斥候如きにどれだけ時間を掛けている!


 しかも私を護衛する役目を放棄して私の命令を無視しながら全員で斥候に出かけて行った。

 命令すら守れんとは、間抜け揃いが。



「グギギギギギギギ!」


 13体のゴブリンが現れた。


「は?ゴブリンだと?斥候ども!何をやっている!」


 ゴブリンはダッシュドラゴンに矢を放った。

 その事でダッシュドラゴンが逃げ出す。


「待て!どこに行く!戻れ!」


 ライダーが他の兵士から奪ったダッシュドラゴンは体だけは大きいが臆病であった。

 だが兵士は何も言わずライダーに差し出したのだ。


 ライダーはダッシュドラゴンさえも失い、完全に孤立した。

 そしてライダーの叫び声で周りにいたゴブリンが更に集まって来た。


 ライダーに矢が放たれる。

 ライダーに矢が刺さっていく。


「ダッシュドラゴン部隊!戻ってこい!」


 ゴブリン部隊が迫る瞬間に固有スキルが発動した。


『生存本能』


 素早い動きでゴブリンを槍で突き殺し、ダッシュドラゴンを遥かに超える速度で逃げ出した。


「舐めるなあああ!!!うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」




「はあ、はあ、はあ、何とか、逃げ切った。はあ、ふん、ゴブリンごときが私に追いつけると思うなよ!……なん、だと」


 逃げた先にもゴブリンがいた。


「ここは、ゴブリンの縄張りか!」


 ゴブリンが上に魔法を撃つと、轟音が響いた。

 

「仲間を、呼んだのか!殺すぞ!やめ、矢を撃つな!くう!うおおおおお!」


 こうしてゴブリンとライダーの戦いは泥沼化し、ライダーは遭難した。
















 






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