第26話 すみません、ホントすみません。

 噴き出す血を浴びる女たちのその姿はあまりにも狂気じみていた。

 最初こそ抵抗していた女たちも、ベルイノのように笑ってこそいないものの、どこかホッとした表情をしているようにも見えた。


 これで狂ったように笑っていてくれれば、見ている側としても割り切れるというものだが、誰もそうはならなかった。


 一方で、ベルイノに頭を掴まれたまま血を流して泣き喚いていた男は、いつの間にか静かになっていたが、気を失っているのか死んでいるのかの判断は付かない。

 

 ひとしきりするとベルイノは、腰を抜かしている兵士たちに向かって「止血してやれ」と、事切れてしまったかのような男を投げ捨てた。

 もっとも、今更止血をする事に意味があるのかどうか。

 上官の体を受け取った兵士たちは、ただオロオロとするばかりだった。


「出てきていいぞ、トウマ」


 唐突にベルイノはそう声を上げたが、あの惨状の中へと行くには腰が引けてしまった。


 今まではただ、目の前で起こっていた惨劇を茫然と眺めていたが、それは映画を鑑賞しているような感覚に近かったのかもしれない——いや、そういう心持ちでなければとても見ていられるものではなかった。


 傍観者だったからこそ、こうしてこの場に立ち会っていられた。

 しかし、あの場へ出て行ってしまったら当事者になってしまう。

 

「おい、ベルイノが呼んでるぞ。どうしたんだよ」


 そうタトレラに腕を掴まれて、引っ張られるようにして出て行くと、やはり間違いなく地獄だった。


 岸に転がっているのは人間の死体だけだが、見渡してもどれ1つとして綺麗な死体は無い。

 

 藪から見ている時は、1つまた1つと人間の死体が転がり、岸が赤く染まっていくだけという認識でいた。


 しかし間近でそれを見てみれば、ただ赤く染まっているだけではなく、肉片や臓物が飛び散っている。

 それだけならまだいいものの、引き千切られた四肢も転がっているし、そのなかには丸い球体もチラホラ見えた。


「……っう」


 込み上げてくる吐き気を飲み下し、腹の中へと押し戻すと、自然と目には涙が溜まる。


 なんとかベルイノの前へ出て来れても、とても平静ではいられず、自分でも訳の分からない震えは治らず、服の下は汗でずぶ濡れになっている。


「大丈夫かの?」


 ベルイノが感慨も無さそうに聞いてくるが、赤く染まったその姿が余計に僕の心中を掻き乱してくる。

 そして、ベルイノのは吐き捨てるように言った。


「これで分かったじゃろ? 人間様がこの調子じゃからの、わしらの方からは如何ともし難い——奴らの言うように大人しく奴隷になるなら別じゃがの」


 何をどう言ったらいいのかも分からず、返す言葉を探しても見つからない。


「オ……オマ、オマエ」


 消えてしまいそうなか細い声に振り向くと、生き残った兵士達がまるでバケモノを見るような目を僕に向けていた。


「なんで……なんでこんなこと……」

「……酷すぎるだろ」

「なんの恨みがあるんだよ……」


 兵士たちは口々に何かを言っているが、何を訴えているのかが全く理解することができなかった。


 あまりにもショッキングな出来事に、彼らの頭がおかしくなってしまったのか、それとも僕の頭がどうにかなってしまったのか。


 いっそのこと、どうにかなってくれていた方が気が楽だったかもしれない。

 何も考えられなくなって、何も感じなくなってしまえば、それはそれできっと楽なんだろうから。


 それなのに——


「なんとか言えよっ!」

「オマエがコイツらの飼い主なんだろ!」

「奴隷にこんなことをさせてタダで済むと思ってるのか!」


 兵士たちの顔は本気だった。


 自分たちの言っていることが間違っているなんて、微塵も疑っていない。それどころか、自分たちの主張は至極真っ当であり、間違っているのは僕だとでもいうかのよう。


 僕を見る目は犯罪者へ向けるそれだった。


「すまんの、トウマ。気を悪くさせてしまったの」


 そう言ってベルイノが僕の背を叩き、その隣をアイノエが抜けて行った。


「トウマが気に止むことはないよ、間違ってるのはコイツらなんだからね」


 いつもと変わらない調子で言うアイノエだが、すれ違いざまに見えたその表情は、まるで僕の知らない彼女だった。


「……やめてください、アイノエさん」

「なんで?」


 アイノエの言葉はとても冷たかった。

 しかしそれは無視して、兵士たちへ向けて言う。


「彼らは奴隷じゃありません!」


 返ってきたのは罵声の嵐だっただった。

 それでも僕は言う。


「彼らがあなたたちと何が違うって言うんですか! どうして彼らのことを人間だと認めないんですか! 言葉すら通じ合ってるんですよ⁉︎ 人間と何がそこまで違うって言うんですか!」


 捲し立てるように言ったが、彼らもまた変わらず自分たちの主張を捲し立てている。


 僕の言葉が彼らの耳に届いたのかは分からないが、


「仕舞いじゃ」


 ベルイノが言った。


「もう日が沈む。これ以上人間どもに関わる必要もないからの」


 そしていまだ喚いている兵士たちを睨め付けて、ただ一言「殺すぞ」と。


「生きるも死ぬも好きにしろ」




 村へと向かう帰っていると日は沈んでしまい、月には雲がかかってしまっているために、僕たちはすっかり闇夜に包まれしまった。


 本来であれば猛獣たちを警戒して野宿で日の出を待つところだが、シャラマンがいてくれるから問題は無かった。


 気温の低下はかなり身に堪えるが——それ以上に、この暗闇が僕には辛い。


 夜目の利かない僕にはほとんど何も見えず、足下に何があるのかだって分からない。


「あなたって……人間なんですよね?」


 不意にそんな声を投げかけられて振り向くが、見えるのは暗闇だけで、その声が誰のものなのかは分からない。


「そうですけど……」


 あんなことがあった後だ。

 その質問の真意を図りかねて、無意識に身構えてしまう。


「どうして、奴隷でもないのに一緒にいるんですか?」

「僕は……僕たちは何も違わない同じ人間だと思ってます——僕は友人だと思ってました」


 しかし返事がなく不思議に思った矢先、啜り泣きが聞こえてきた。


「どうして彼女たちだけ……」


 言っている意味が分からず聞き返そうとしたその時、タトレラの叫び声が聞こえた気がしたが——


「どうして私たちのことは助けてくれないのぉ」


 暗闇の中、上官たちの側にいた角の生えていた女性の泣き顔が目の前に現れ、腹の中には異物感があった。


「トウマっ!!」


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