君と紬ぐ言の葉
shiyu
第1話 父親
好きという感情は何処からやってきて何処に消えていくのだろう。
人に触れたいという感情はどういうことなのだろう。
昔、お前の歌は上手いが、歌い方には感情がないと小学生の頃から続けている投稿動画にコメントで書かれたことがある。
産まれた頃から父親の影響で音楽に触れて育った。だから俺の中では歌を教わること、ギターを弾くことは当たり前で歌うことも当たり前だった。
「にいちゃ、起きて」
イヤフォンをして月夜の光、陽介の例えばキミがと言う楽曲を聴いて眠っていたはずが頭の中に大きな声で
「にいちゃってば。起きて」
「重い、起きるからとりあえずおりて。お願い」
目を開けると美夢が俺の身体に馬乗りになっている。
「やっと起きた。ぱぱがご飯作ってるよ。先に食べてて良いって」
美夢が身体からおりてくれる。
「早く行こ」
ベッドから起き上がると腕を引かれる。
「待って。着替えたらちゃんと行くから美夢は先に行ってて?」
「いや。にいちゃと一緒に行くの」
仕方ないな。今年から小学生に上がった妹は甘えたがりで可愛い。
「わかった。じゃ、着替えるから部屋の外で待ってて」
「うん」
美夢が笑顔で返事をして部屋を出て行く。少し急いで高校の制服に着替えを済ませて部屋を出た。
「早く行こ」
手を引かれてリビングに行くと美味しそうな朝食の匂いがする。
「父ちゃん、おはよ」
「あ、
父ちゃんがそう言って寝室でまだ眠っている母ちゃんを起こしに行く。
「じゃ、美夢。先に食べよっか」
「うん」
二人でいただきますを言って並べられた朝食を食べていく。
「美影、ここ座って」
「うん、ありがとう。陽介くん」
母ちゃんが父ちゃんに連れられて起きてきた。
母ちゃんは失明していて何も見えない。だから、俺が産まれた時は父ちゃんが育児休暇を取って育ててくれたと聞いた。そして、気がつけば家事全般出来るようになっていて、生まれたばかりの美夢の世話も進んでやっていた。
「泰叶と美夢、おはよう」
「おはよ」
挨拶を交わしながら母ちゃんが椅子に座るのをみる。
「今日はライブハウスで動画撮影して、テレビ撮影とその後にライブハウスに戻ってミニライブだから、帰るの遅くなるかも。泰叶は今日も路上ライブ?」
「うん、織で勉強してから、路上でライブする予定」
父ちゃんは月夜の光というバンドで音楽活動をしていてソロデビューもしている有名人だ。そのことで昔は嫌がらせを受けてパニックに陥った俺は小学生の頃に教室の窓から飛び降りて足を骨折したことがある。
本当にあの頃は辛くてなんで自分の父ちゃんは有名人なのかと思ったこともあった。でも、自分にとっては父ちゃんが有名人なのは当たり前で、バンドマンだという事も当たり前で普通のことだった。
「そっか。泰叶も頑張るね。泰叶さえよければお父さんはいつでも協力するからね。月夜の光のチャンネルでコラボしても良いし、コラボライブしても良いし」
「そのうちね。父ちゃんの力を借りずに歌手として有名になるから。そしたらコラボして」
俺がそう返すと父ちゃんは少し残念そうに、仕方ないな、その時まで待つよと言った。
「陽介くんは泰叶と一緒に歌いたくて仕方ないみたいだね」
「そりゃそうだよ。俺にしたら可愛い息子だし、泰叶の夢を叶えてやりたいじゃん。泰叶がその気になったらいつでも有名にしてあげられる。事務所だって、翔さんに頼めば月光に入れて貰えると思うし。翔さんも、俺たち以外にグループとか歌手を入れたいって言ってたし」
父ちゃんはそう言って俺の事をみてくる。
父ちゃんには言っていなかったけど、少し前に個人的に月夜の光、リーダーの翔平兄ちゃんが経営する個人事務所の月光に入ってもっと本格的に音楽活動をしてみないかと誘われたことがある。その時は気持ちだけを受け取って遠慮した。
「父ちゃんと一緒の事務所はごめん、ない」
「ええ、寂しいこと言わないでよ」
親子で同じ事務所は考えられない。それに、今、月光に入って音楽活動をしたら親の七光りって叩かれるのが見えている。
「残念だったね、陽介くん。あ、そういえば時間、大丈夫?」
母ちゃんに言われた父ちゃんは時間を確認する。
「やば。そろそろ行かなきゃ。ごめん、食器、片付けてる時間ないから、泰叶、流しにおいといて貰っても良い?」
「うん」
父ちゃんは急いで出かける支度を済ませて、じゃ、行ってくるねと言って美夢を軽く抱きしめて俺の頭を撫でてから母ちゃんに口づけをして出かけていった。
ー続くー
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