6 ぬいぐるみ、ストーカー

「エルくん!この子、なおしてほしい!」


 エミリが俺のもとへぬいぐるみを連れてやってきた。


「ぬいぐるみ?」

「うん。あたしのお友だち」


 渡されたのは、ボロボロになったうさぎのぬいぐるみだ。


「年季が入ったうさぎだね。

 ああ、生地が擦り切れて綿が出てるのか」


 ぬいぐるみをくるくる回しながら調べると、お尻と足のつけ根が破れていた。


「こじいんにいる時からいっしょなの。……なおせない?」


 エミリが不安そうだ。

 へにゃりとしおれた顔は、何とかしてご機嫌を取ってあげたくなる。

 エミリにとっては、大切なぬいぐるみなのだろう。

 兄ちゃんが直してやるぞ!と妹に言うようなセリフを我慢しつつ、俺は安心させるように微笑んだ。


「いや、ぬいぐるみ用の生地を買って、縫いなおせば大丈夫だよ。

 綿も詰め直したらフカフカになるかも」

「フカフカ!うさちゃんフカフカになっちゃうの!?」

「うん。マダムにアドバイスをもらったら、もっと良くなるかも」

「ありがとう!エルくん大好きー!」


 エミリは、俺に飛びかかるようなハグをして帰っていった。


「ひゅーっ!エルったらモテモテじゃん!」


 年上のお針子仲間が、ここぞとばかりにはやし立てる。


「この間もエルくん〜ってモニカがお菓子持ってきたしー?」

「あれはファンからのお菓子を、おすそ分けしてくれただけでしょう!

 というか一緒に食べましたよね!?」

「いや〜?トップ5が個人を訪ねるなんて無いよ〜?

 そういうのって、だいたいマダム経由だし」


 そうそう、と他のお針子も同意している。


「エルくんったら、どんな方法を使ったのかな〜?」

「あんた達!口じゃなくて、手を動かしな!」


 マダムの一喝で、俺は事なきを得た。




「エル。あんた手芸店の場所分かるかい?」

「分かりますけど」

「この糸と布が発注漏れしたみたいなのさ。

 よく使うから、多めに持っておきたいんだ。

 おつかいを頼んでもいいかい?」

「もちろんです」

「それとエミリからぬいぐるみ修理を頼まれたんだろう?

 その材料も買ってきなさい」

「分かりました」


 そうしてマダムのおつかいで、お針子仲間と手芸店へ買い出しに行くことになった。


「最近、警備が増えたな」


 作業場のテントの奥に居住用テントがある。

 そこをいつもより多くの警備員が見回りをしているのに気がついた。


「なんか、踊り子にストーカーしてるやつがいるって話だ!」


 待ってましたとばかりにお針子仲間が教えてくれる。


「うえぇっ、そんなやつがいるのか!?」


 衝撃の事実。

 あんなに可愛い子たちが、変なやつにまとわりつかれるとか最悪だ。

 一緒に生活しているせいか、俺は気持ちの面ですっかり家族の一員として親しみを持っていた。


「結構多いよ。特にトップ5は狙われやすい」


 人気者はそれだけ苦労も多いのだという。


「うわぁ、大変なんだな」

「親衛隊が自警団として、広場を見回ったりしてくれてるんだけどな」

「どこの城だよ」

「ベーレンス城だな」


 そんな軽口を叩きながら広場を出ると一番会いたくないやつに出会ってしまった。


「ビョードル!?」

「エーベルハルド!?なんでここに?」


 ビョードルも予想外だったようで、俺を見てびっくりしている。


「お前がバカにしたギフトを使って働いてるんだよ」

「ハッ!ずいぶん貧乏くさい服を着てると思ったら、庶民に仲間入りか」

「お前……。ここでそんなこと言うと刺されるぞ?」


 このベーレンス歌劇団が孤児の施設なのは常識だろう。

 隣りにいるお針子仲間がビョードルに飛びかからないか、俺は内心ヒヤヒヤしていた。


「エーベルハルド、誰に向かって口聞いてるんだ?

 俺は騎士見習いだぞ?攻撃力増強のギフトも使えるんだぞ?」

「見習いが威張るなよ」

「あ?」

「あぁ?」


 まさに一触即発。

 俺とビョードルの火花が散りそうなにらみ合いが続く。

 それを終わらせたのは、場違いに明るい声だった。


「まもなく公演がはじまりまーす!」


 その声に最初に反応したのはビョードルだ。


「チッ、命拾いしたな。エーベルハルド」


 早足で公演用のテントへ歩いていった。

 気を取り直して、俺たちも手芸店へ向かう。


「何だあいつ。ムカつく野郎だな」


 お針子仲間がビョードルをめちゃくちゃにけなす。


「悪いな、俺の兄貴だ」

「うげっ!お前の兄さん最悪野郎じゃん」

「昔からケンカしかしたことないよ」

「お前……。育ちはいいのに苦労してんだな……」


 俺は慰められつつおつかいを完了した。





「エルはまだ残るの?」

「あと少しで終わるから先に帰ってて」

「夕飯食いっぱぐれないようにね」

「頑張るー」


 お針子仲間にそう言って、俺はエミリのぬいぐるみ修理を再開した。


「できた!さすがマダム。アドバイスが完璧だ」


 新品同様とまではいかない。

 だが、生地の弱っているところに新しい生地を縫い付けたり、潰れてしまった綿を新しいものに変えただけで、見違えるほどきれいになった。


「ぬいぐるみの顔は絶対に変えるな、ってアドバイスだけが全く意味分かんないけど」


 顔が変わるとエミリが泣くと言われたら、従うしかなかった。

 まず、ぬいぐるみの顔って変わるもんなのか?

 誰か教えてほしい。


「俺の妹もぬいぐるみがないと寝付けなかったからなぁ。

 早く渡したほうがエミリも嬉しいだろう」


 作業用テントからまっすぐにエミリのもとへ向かうことにした。

 喜ぶ顔が見たくてつい早足になる。

 エミリの住むテントの近くまで来たとき、俺は不審な影を見つけた。

 その影はうろうろと何かを探すようにあたりを見回していた。

 時にはテントに耳を当てて、中の様子を探っている。


「……あれは……。噂の不審者だな?」


 俺はエミリのぬいぐるみをそのへんの積み荷に置いてから、不審者へと忍び寄った。

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