青年紳士サン=ジェルマンの追想

ミタヨウ

これは友人の話だが。

 これは友人の話だが、30歳になった彼の元に一通の手紙が届いたそうだ。封を開けると大きな見出しで、『無駄な時間をすごしてませんか?計画的な人生設計で、効率的な一生を』と書かれていた。

 仕事が忙しく、家には寝に帰るだけの生活を送っていた彼は、些かの興味を持って内容を読んだ。「無駄な労働、していませんか?人生にどれだけお金が必要かわかれば、あなたがしなければいけない労働量がわかります。労働量がわかれば、自由な時間が手に入る!人生設計し、必要資産を計算してみませんか?私たちがお手伝いします!コースは下記の通りです。──70歳コース、80歳コース、90歳コース──寿命を定めてあなたに必要な資産を算出しましょう!」

 彼はすぐ、手紙を送ってきた会社に連絡した。彼のもとへやってきた担当者は、彼にたくさんの質問をし、どのような人生にしたいかを設計していった。

「結婚されますか?」「いや、気楽なのが良いのでこのまま独り身で」

「家や車、ペットなど、飼われる予定はありますか?」「いや、今の環境で満足しているので、駅近だし車も不要です」

「何か持病や、健康診断での指摘は?」「特にないです」

「わかりました。では最後に、何歳まで生きたいですか?」「妻も子どももいないから、老後の世話を頼む人もいないし、老人ホームにも入りたくないので、あと50年──80歳で充分です」

 それからの彼の人生は最高だった。無駄な労働は一切やめ、80歳まで生きるのに必要な資産だけ稼ぎ、他の時間は好きなことだけをして過ごした。資産のやりくりも、彼の担当者が常に設計した人生から逸脱していないか、チェックしてくれている。なんの心配もない人生だった。それなのに、もうすぐ80歳の誕生日を迎える時分になって、僕に助けを求めてきた。

「あいつらに殺される、助けてくれ」

「助けるって何をどうやってさ?」

「俺を守ってくれ、俺はまだ死にたくない。80歳で充分なんて、30歳の俺が言った出鱈目だ。30歳に80歳の気持ちがわかるわけがない。大切な人がいるんだ。優しくて、老いて死ぬまでずっと一緒に暮らしていきたいと、初めてそう思えた人なんだ。今から俺は、彼女と残りの人生を過ごすんだ!」

 僕は少し考えて、ことの顛末を見届けたくなったから、彼にこう言った。

「じゃあ、助けてあげよう。ただし依頼料として、僕に1000万円払ってくれたらね」

「そ、そんな金あるわけないだろう!80歳までの資産しか用意してないんだ!次の誕生日までの数日間分、数万円しか俺の手元にはないに決まってるだろう!」

「なるほどなるほど、なら、80歳から死ぬまでに、1000万円稼いで返してくれたらいいよ」

「馬鹿か!80歳の人間を、いったいどこの誰が1000万円の給料を出して雇うというのかね!?」

「それならそもそも、どうやって80歳を過ぎて生きていこうと思ったんだい?」

「生活費なら、彼女が工面してくれる!」

「それなら、1000万円も彼女にお願いすればいいんじゃないかな?」

 彼はそれだと言わんばかりに顔を輝かせて、一目散に彼女の元へ駆け出していったよ。彼の最期の顔は、なんとも愚かで可愛かったことか。

 ことの顛末?ああ、翌々日ぐらいの新聞で、こんな記事が片隅に載っていたよ。「──80歳男性が鈍器で殴られ死亡。容疑者は同じく80歳の老婦人、金銭トラブルが原因か──。」


 彼の寿命は、間違いなかったみたいだね。

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