19◆エルソン男爵の依頼◆


「さてリュード、少し頼みごとがあるのだけど、聞いてくれるかい?」


「はい、お申し付けください」


 この段階で肯定する返事を返したくはないが、相手は父親の仕える貴族だ。やむを得ない。


「私には騎士が全部で3人、パスガン以外にも2人いる」


「はい、騎士トッド様と騎士メルビン様ですね」


「彼らのカードも作ってあげてくれないか。それぞれ2枚でいい。私は自分の騎士、全員の分のカードを持ちたいし、彼らにもカードを渡してあげたい。きっと喜んでくれると思うのだ。フフッ」


「そういうことでしたら、喜んでお作りさせていただきます。トッド様とメルビン様の家族の分も追加しておきます」


「そうか、よかった。頼んだよ。そして」


「はい」


 今日の本題にようやく入る。


「このカードを私に献上してくれた商人だがね。彼は、その際に『このカードはエルソン領の名を広める良い商品になります!特に、この白さが際立ったカードが素晴らしいのです』と言っていてね。そして、『カードの製法をエルソン領の財産として買い上げて、それを作って広めるのを自分の商会にまかせてもらえないか?』と言ってきたのだ」


「は?」


 俺は怒りに思わず声を上げてしまう。製法を教えろとしつこかった商人が確かにいた。…いくら何でも、このやり口は汚すぎないか。俺の無礼な態度も気にせずに、エルソン男爵は話を続ける。


「相手が商人ギルドに登録をしているような商人であれば、商会の規模の大小に関わらず、許されることではない。だが祭りの露店として素人が出したものであれば、ギルドの取り決めの対象外だ。しかも貴族である私から、その技術を買い上げられたという名誉もつき、褒美も与えられる」


「…はい」


 俺は知らず拳を握りこんでいた。


「一応確認するが、リュードは商人ギルドには登録はしていないね?」


「…はい。しておりません」


「フッ。安心しなさい。パスガンの息子であることもそうだが、私自身が君を見た今、そのようにする気はないよ。そもそも、そういうやり方はあまり好かないのだ」


 俺は内心ホッとするが、貴族によってはこのやり方は成功している可能性も高い。そう思うと頭がくらくらする。


「だがね、このエルソン領のためになることであれば何であってもしたい、これも私の偽らざる本音だ。この部屋を見て、君はどう思う?これらは我がエルソン領で作られた調度品や芸術品だ。私は、正直に言うと、これぞ!といった特徴はないと思っている。君はどう感じた?」


「そ、それは…」


 まさに俺もそう思ったが、口には出せなかった。だがその反応だけで男爵には充分だったようだ。


「貴族の来賓室は、基本的に自領で作られたものを中心に飾り、そこを訪れた貴族に見てもらうものなのだ。有名な芸術家の作品であれば別だけれどね」


 そこでエルソン男爵は立ち上がり、俺が贈ったカードを展示台の1つに並べていった。斜めになっている台は、少し暗めの赤い布で覆われており、並べられたカードは、最初からそこに飾られていたかのように格好よく輝いて見えた。


「今日、新しい風が吹き込んだ。これだ。君のカードだ。この部屋の中で、ここだけ光っているかのように見えないかい?」


「はい…」


 今回のカードは手を抜くことなく、いいものを作り上げたと思っている。そして、そのカードは来賓室の中で、確かに輝いて見えた。


「だから、カードの製法を、いや、違うな。売る内容も売り方も考えてもらえないかい?もちろん、その時にこの話を持ち込んだ商人は使わない」


 俺は、目の前にエルソン男爵が座り直したのにも気づかないほど、黙り込んで考えた。目の奥がチカチカするほど高速で思考する。これから俺のやりたいこと、俺が進む異世界おもちゃ道。必要なこと、残すべきこと、俺が渡せるもの。


 そんな俺の様子を興味深げに見ていたエルソン男爵が駄目押しとばかりに続ける。


「当然、報酬はもちろん払うし、その後仕えてくれてもいい。その場合の給金も水準以上を支払おう。今後のことを考えるなら…そうだね、君が望むなら、1度だけ、君は私の後ろ盾があると宣言していいとしよう。男爵は、爵位からすれば低いが、私の名はそれなりに使えるはずだ。余計な面倒も負わずに済むだろう」


「…!」


 来賓室という場所、軽い依頼からの本題、腹の立つ商人のやり口とそれをさせないという安心感、今日のために作られた展示台、そして最後の口上…これは俺が落とされるプレゼンだった。企画屋の俺が、それは見事に型にはめられた。悔しいが完敗だ。エルソン男爵はやり手だ。


 こうなれば、判断するのは向こうだ、後で父親に怒られるかもしれないが、俺なりに誠実に話をしていこう。


「エルソン男爵閣下、お話、誠にありがとうございます。ぜひ、そのお役目やらせていただきたいと思います。…が、幾つか私が思うことをお話ししてもよろしいでしょうか?」


「うむ、聞かせてくれ」


「幼き頃より、私が行うべきことは決まっております。私は、この世の中に、楽しいコト、面白いモノを作って広めていきたいのです。今回カードを作ったのもその1つでした」


 一瞬困惑したエルソン男爵は後ろを向いて父親を見る。


「…息子は啓示を受けているようです」


「啓示?…ふむ、それで?」


「私は来年、成人しましたら、家を出て、冒険者になる予定でおります。旅をしながら、私のなすべきことを、そのために必要なことを探していこうと思っています」


「なんと。むぅ…おしいな。考え直して…とは言えぬか」


「ですので、今回のお話、ぜひお受けし、そして必ず作り上げて見せますが、期限があることをお許しください」


「うむ、わかった」


「そしてカードの製法です。私が昔から密かに研究していたものですが、その製法は、聞けば誰でも作れてしまうほど、簡単なものです。ですので、カードの一部の材料と製法はラーモット家の秘伝、門外不出とさせていただきたいと存じます。私が家を出た後でも、ラーモットの家が行いますので、安心してお任せください」


「ふむ、成人してリュード君がいなくなっても作れるように、それとラーモット家に富をということだな。それもまた道理だね。わかった」


「では最後に…。絵の入った今のカードは、既に庶民に販売しております。いかに特別なカードにしたと言え、来賓室に置くには、さすがに役不足かと存じます」


「これでまだ足りないというのか?…ではどうするというのだ?」


「作りましょう。貴族の方々に向けた、新しい…熱いカードを!」


 笑顔で答える俺の頭の中では、熱いカードという単語に『TCG=トレーディングカードゲーム』とルビを打っていた。



 …作るぞ!TCG!



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