第8話 不穏な動き

 それからも定期的に王城、あるいはモントワール家で打ち合わせを重ねた。会場のレイアウト、花やガラス細工といった装飾品、当日のお召し物、料理にお酒などなど、順調に手配は進んでいる。


 エドワード様はお仕事の合間を縫って、必ずご自身で私と打ち合わせをする時間を作ってくれる。私とは比べ物にならないほどお忙しいだろうに…マリウス兄様に聞いたところ、慈善事業にも休まず取り組まれているらしい。


 準備の日々は本当に楽しい。準備の全てを任せてもらっており、必ず素敵なパーティを演出してみせると息巻く私をお父様も兄様も陰でしっかりと支えてくれている。


 私とエドワード様の関係も相変わらずだ。エドワード様は会う度に、もはや挨拶のように口説き文句を口にする。


 エドワード様は知れば知るほど素敵な殿方だ。

 いつの間にか、エドワード様と会える日を心待ちにしている自分がいることには…気付かないふりをした。一方で、誕生パーティの当日が近付いているということは、この素晴らしい日々の終わりが近付いているということ。そのことも考えないようにして、私は日々の仕事に没頭した。



 そして、誕生パーティを二週間後に控えたある日、私は侯爵家主催のパーティに出席していた。

 エドワード様の誕生パーティの準備期間中であるが、本業の社交会でのリサーチも怠ってはいけない。いつどこに商売の種が転がっているか分からないからだ。

 いつものように壁際にひっそりと佇んで周囲を観察する。


「エドワード様もいらしているのかしら…」


 ぼんやりしながら辺りを見回す。そしてハッとして慌てて頭を左右に振った。何を考えているの!リサーチリサーチ!


 雑念を祓い、静かにご令嬢方の輪に近づく。輪の中心はカリーナ・リュクス伯爵令嬢らしい。金遣いが豪快でとっても良いお客様だ。いつもご贔屓にしてくださり、ありがとうございます。


「まあ!カリーナ様、そのアクセサリー素敵ですわ!淡いブルーから深みのあるブルーまで、コントラストが美しいわぁ」

「おほほ、そうでしょう?宝石商に特別に作らせたのよ。もうすぐエドワード殿下の誕生パーティがあるでしょう?」


 ゴフッ


 私は思わず口にしていたシャンパンを吹き出しかけた。エドワード様の瞳の色のアクセサリーを付ける、その意味が分からないわけではない。

 確かカリーナ伯爵令嬢は、エドワード様に熱を上げるご令嬢の一人だったはず。エドワード様のこととなると周りが見えなくなり、少々傲慢で暴走気味なところがあるようだ。


「まあっ、確かにエドワード殿下の瞳の色にそっくりですわね~まさか、カリーナ様…」

「うふふ、今青いドレスも作らせているところよ。エドワード殿下の隣に立つのは私よ!」


 おーっほっほと腰と口元に手を当てて高笑いをするカリーナ様に、まあ!と取り巻きのご令嬢達はうっとり頬を染めている。


「どうやってお隣に立つつもりか分からないけど、一応気を付けておいた方がよさそうね」


 私はカリーナ伯爵令嬢の名前を心の中の要注意人物リストにしっかりと書き留めた。


 警戒しつつ、そっとその場を離れて他の集団に近付く。先日手配したリーナ様のお茶会の話題だ。東の国の工芸茶と茶菓子はずいぶんと評判らしく、商会を通じて注文が殺到していた。私はニマニマと緩む口元を扇で隠しながら、その後もいくつかの集団に近付いて行った。






「そういえば、最近エドワード殿下がお忍びでよくどなたかのお屋敷に足を運んでいるようですわね。ご存じですか?」

「なっ、なんですって!?どこのどいつよ!」

「わ、分かりませんが…兄が王城でお勤めをしているのですが、お城にも度々どなたかがメイドに扮してエドワード殿下を訪ねていらっしゃるようで…」


 カリーナ伯爵令嬢は爪を噛みながら顔を真っ赤にした。


「~~~っ!どこの馬の骨かは知りませんが、エドワード殿下に色目を使う女がいるのなら…ふふ、排除しなくてはなりませんね。わたくしの情報網をフル活用して必ず阻止してみせますわ…!おーっほっほっほ!!」


 私が離れた後、カリーナ伯爵令嬢と取り巻きが物騒な話をしている頃にはすっかり会場の反対側まで来てしまっており、唯一その高笑いだけが耳に届いたのだった。






◇◇◇


「おかしい」


 パーティから三日後、私は手配状況の確認のため、自室で書類の山と向き合っていた。既に必要な品は全て注文が済んでおり、誕生パーティの一週間前までには揃い、一気に会場の飾り付けを行う予定だったのだが…


「予定より随分と到着が遅れているわね」


 モンテ小国のガラス細工の到着がまだなのだ。当日の装飾のメインであるため真っ先に手配をし、先日全て完成し出荷したと連絡が入っていた。間もなく王都に届くはずなのだが…


「何かあったのかしら?」


 うーんと顎に手を当てて思案をしていると、コンコンっとドアをノックする音がした。


「マリリンお嬢様」

「あら、セバスチャン。どうかした?」

「お嬢様にお客様です」

「分かったわ、通して」


 セバスチャンに案内されて私の部屋に入って来た人達を見て、私の目は鋭く眇められた。

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