3-8 イクス、憶測を胸に秘める

 どこか気まずい空気のまま夕食は終わった。一瞬表情をゆがめたルーカスは、すぐにいつもと変わらない胡散臭い笑みを浮かべて、アニタに一声かけると部屋を出て行く。何かを考えているらしいリリシアを、アニタはわざとらしいほど明るい口調で部屋へと連れて行った。

 

 普段の言動はアレだが、優秀なメイドには違いないのである。日頃からそうしろと思いながら、イクスはどうしたものかと思う。

 考えをまとめたかったが、いつまでも部屋に残っていると片付けが出来ず、他の使用人が困る。それが分かっているのに居座ることは出来ず、イクスはとりあえず自室に向かって歩きだした。


 昨日、今日といろいろなことが起こった。

 全て白銀の魔女のせいだと言いたいところだが、ルーカスの話を信じるのであれば、白銀の魔女はたまたま通りかかっただけ。新兵器なんて得体の知れないものを、子どもに向かって使おうとしたゴロツキが悪い。

 魔女とバレる危険を冒してまで子どもを助けた白銀の魔女の方が、よほど善良な存在だ。


 教会が繰り返し訴える魔女は悪という主張。幼い頃から懐疑的ではあったが、実物の魔女を目にした今はますます疑わしい。

 なんて思ったところで口にも態度にも出さない。異端だ、魔女に籠絡されたのだなんて、難癖つけられてはたまらない。


 そこまで考えたところで、ルーカスの現状は教会のいう、魔女に籠絡された人間に当てはまるのではないかと気がついた。

 頭が痛くなってくる。


 騎士団長まで上り詰めたルーカスが、それに気づいていないはずがない。記憶喪失の少女を保護しただけという形をとっているのはそのためだ。

 魔女と人間の魔力の違いに気づける魔法使いは少ない。優秀な魔法使いはルーカスのような例外を除いて、王都の騎士団か、魔女被害の激しい地域に配属される。魔女被害が少ないシルフォード領に来ることはないだろう。

 だから誤魔化せるとルーカスはふんで、堂々と屋敷に囲い入れたのだ。


 ルーカスはイクスの目のことを知っている。それでも無理のある設定を貫き通しているのは、イクスなら言わないと思っているか、言っても周囲が信じないと思っているためだろう。

 まだ魔法学園を卒業していないルーカスの意見は信憑性にかける。目を理由にすれば話は聞いてもらえるだろうが、目のことを公にはしたくない。

 そもそもイクスはシルフォード家に恩がある。最悪な環境から救い出してくれた家の人間が、異端だと排除される光景をみたくはない。


「だが、腹は立つんだよなあ……」


 イクスは自室に向かっていた足を止めて、苦々しく呟いた。

 最終的にはそれにつきる。ルーカスのいいように踊らされているようで腹ただしい。形だけとはいえ弟なのだから、説明くらいあってもいいんじゃないかと文句の一つも言いたくなる。

 

 こういうとき自覚する。どんなに魔力量をもてはやされようと、名字を得ようと、イクスは平民の子。シルフォードの人間とは無関係な、赤の他人だ。たまたま発見され、ルーカスに保護されたにすぎない。

 シルフォード家に引き取られたのも、生まれ持った魔力が膨大すぎて、そこら辺の魔法使い家系では手に余ると思われたからだ。イクスが気に入られたとか、見込みがあったからではない。


 魔法学園に入学を許されたのも、いつまでたっても魔力を制御できないからだろう。忙しい兄たちの手を煩わせるなということだと、イクスは理解している。

 今回のことも解決の有無にかかわらず、長期休みが終われば学園に戻されるのだろう。こちらで何とかしておくから、イクスは何も心配しなくていいと、いつも通りの感情の読めない笑顔で見送られるのだ。

 なんのために自分は養子になったのだろうと、イクスは手を握りしめる。


 感情の高ぶりでチリチリと周囲が燃える。日が沈むと火の粉が昼間よりもよく見えた。それは魔力制御が出来てないと、嫌でもイクスに突きつける。

 来年は最終学年だというのにこれだ。とっくに見放されているのかもしれないと、イクスはさらに手を強く握りしめた。


「あんまり握りしめると、怪我しちゃいますよ。ただでさえイクス坊っちゃんは炎属性。自分の魔法で火傷することもあるんですからね」


 呆れと心配が含まれた声に、イクスは驚いて顔をあげた。

 街を一望できるようにと作られたベランダの手すりに、男が立っている。長い水色の髪が月明かりで照らされ、女性であったら見とれてしまいそうな存在感を放っていた。続いて目をひく眼帯と義足が、整った外見の印象を塗りつぶす。

 とくに一目で義足だと分かるむき出しの金属は、いくら見慣れようとも不意にイクスの胸をざわつかせた。


 ケニーは義足の不自由さをうかがわせない身軽さで、ベランダの手すりの上から飛び降りた。着地する一瞬、風魔法の気配がする。

 意識しなければわからないほどの精度で、ケニーは魔法を操る。それにより片足が義足であっても、五体満足者と同等、それ以上の動きを見せる。


 風属性が物を操る魔法と相性が良いといっても、ここまで見事に扱えるのは一握り。

 こんな魔法使いでも副団長だったのだから、ルーカスがいかに強く、王都の騎士団の実力が高いかがうかがえる。


「報告に来たんですが、ルーカスさんは部屋ですか?」

「……執務室かも」


 いつも通りの顔を取り繕って出ていったルーカスの姿を思い出す。あの様子ではすぐに眠れないだろう。ケニーが報告に来ることを予想して、仕事をしながら待っている可能性もある。


「報告って白銀の魔女のことか?」

 

 イクスの問いにケニーは困った顔をした。「うーん」となんともいえない声を出しながら、頬を手でかく。

 答えたくないというのは態度で分かったが、イクスはじっとケニーを見つめ続ける。そうするとケニーが弱り始めたのがわかった。


 ルーカスを問い詰めようにもあしらわれるのは目に見えている。それに比べケニーはイクスに甘いので、時間をかければイクスの要望に応えてくれることが多い。


 ケニーは魔力の多さを見込まれ、下級貴族の養子となった身だ。

 同じ境遇のイクスに思うところがあったらしく、シルフォード領に異動になる前から、ルーカスの里帰りに同行してはイクスと遊んでくれた。


 イクスとしても、生粋の貴族であるルーカスを含めた義兄や義両親より、ケニーと話す方が気楽だ。

 それとなく相談に乗ってくれるし、教えてもらった貴族社会で平民出身者が生きていく術は、学園生活において大いに役立った。

 イクスからすればケニーは兄の部下というよりは、頼れる兄に近い。だからこそ、本音も漏れる。


「森で拾ったガキ、魔女だよな」

 思わず出た言葉にケニーはギョッとし、慌てて周囲を見渡した。


「坊っちゃん、どこで誰が聞いてるかわからないから」


 しぃーっと唇に人差し指を立て、ケニーは小さな声でささやく。

 うちの使用人がよそに漏らすとは思えないが、盗聴に適した魔法もある。それらの魔法が効かぬよう、魔法使いの家は対策をしているのだが、破る側だって常に研磨を続けている。

 油断は命取り。名門の名におごってはいけないと、イクスはルーカスや長男のルドガー、義両親にも言われてきた。


 そう考えると屋敷内だから、相手がケニーだからと口を滑らせたのは問題だった気がしてくる。ルーカスですら、分かっていながら芝居を続けているのだ。

 白銀の魔女だって、こちらが気づいていることに勘づいているだろう。それでも記憶喪失の少女という強引な設定を貫いているのは、そうしなければ自分の命が危ういと悟っているからだ。


 魔女が必死になるのは当然。誰だって死にたくはない。では、ルーカスが滑稽な演技を続けているのはなぜなのか。いくら考えても、その疑問にたどり着く。


「ケニーには、ルーカスさんが考えている事がわかるか?」

 イクスの問いにケニーは困った顔をし、肩をすくめた。


「あの方の考えていることは、今も昔もわかりませんよ。いや、今の方がわからない。昔はもっと分かりやすかった。魔女を殺す。そのために突き進んでいた」


 ケニーはそこまでいうと目線を下げた。

 昔、それはルーカスが騎士団に所属していた頃の話だ。当時のルーカスはもっと冷ややかだった。昔から笑ってはいたが、今のように温度のある笑い方はしなかった。

 氷結の魔法使いという通り名は、ルーカスが氷魔法を得意としているという理由だけでつけられたものではない。いつも氷のように冷たく美しい笑みを浮かべ、魔女を狩る。心まで凍っているようだと、ルーカスの才能と地位に嫉妬した輩が流した蔑称でもある。


「なあ……ケニー……」


 ルーカスが魔女に救われたというのは本当なのか。そう問おうとしたが言葉が出ない。それが本当なのであれば、ルーカスとケニーが重傷を負って帰ってきた、あの事件しか思い至らない。

 ルーカスが今のように変わったのは療養のため、この屋敷に帰ってきてからだ。回復したら復帰するものだと思っていたルーカスは、周囲に何の相談もせず騎士団を辞めた。

 

 それからルーカスは変わった。冷たい笑みが温かいものになった。今の方がいいという者は多いが、イクスはルーカスの本質が変わったとは思えない。

 むしろ笑顔は、本音を隠すための鎧なのではないかと思っている。未だ心は昔のように、もしかしたら昔以上に、凍りついているのではないか。


 そんな憶測が頭に浮かぶが、イクスは口に出すことが出来なかった。どこで誰が聞いているかわからない。そんな言い訳を口にすることは出来るが、本音は別だ。

 隠されたルーカスの本心を、知るのがただ怖かった。


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