3-5 リリシア、食事を堪能する
「さすがアニタの見立てだね。リリシアちゃん、ますます可愛くなって。見違えたよ」
緊張するリリシアを気遣ってか、ルーカスが笑顔で話しかけてきた。
どう答えようか迷うリリシアの代わりに答えたのはアニタ。振り返れば、腰に両手をあて胸を張っている。やけに誇らしげだ。
「元が可愛いですから、私が手を加えるところはほとんどありませんでした! みてください! この美少女っぷりを! アニタ、リリシア様に一生を捧げると誓いました!」
「お前に給料払ってるのは、シルフォード家だからな」
興奮気味のアニタにイクスの真っ当な突っ込みがとぶ。このやりとりもだいぶ慣れてきた。
常にこれをみているだろうルーカスは、いまさら触れる気にもならないのか、「似合ってるよ」とリリシアに笑いかける。
全員マイペースかと、リリシアは愛想笑いを浮かべながら思った。
そんなのどかな? やりとりをしていると、タイミングを見計らったように料理が運ばれてくる。
アニタはそれを見ると無言で後ろに下がった。先ほどまであれほど騒がしかったのに、いきなり気配が消えるので驚く。
アニタ以外の使用人たちも音を立てず、テキパキと料理を並べていくと、あっという間に部屋から出ていった。
アニタも黙っていればレベルが高いと思ったが、他の使用人も同様らしい。
貴族の質は使用人に現れるという。
多くの使用人は平民出身。地方貴族や商家からの出稼ぎもあるが、地方と中央では同じ貴族と言えど常識は異なる。そんな使用人たちを正しく教育できるかによって、使用人たちの質は変わる。
屋敷という小さな箱庭すら管理できないのであれば、領土という広い土地を管理できるはずもない。そう周囲に思われても仕方ないのだ。
その点、シルフォード家は完璧と言える。街の人間たちが、シルフォード家がいれば大丈夫だと信じ切っていたのも頷ける。
敵ではあるが、素直に感心した。長く生きているとさまざまな人間を目にする。生まれつき性根が腐っていたものもいれば、権力に溺れて堕落したものもいた。
シルフォードは歴史も権力もある。そんな一族が誠実さを保っていることは、人の汚さをよく知っているからこそ尊敬に値する。
これで敵対関係でなければなと、リリシアは心の中でため息をついた。
「苦手なものはあるかな? リリシアちゃんは起きたばかりだし、軽めにしてもらったんだけど」
ルーカスの言葉でリリシアは、目の前に並べられた料理に目を向けた。
今までは料理どころではなかったのだが、意識した途端に空腹が襲いかかってくる。
並べられているのはスープにパン、サラダと、ルーカスが言う通りお腹に優しいものだった。ルーカスとイクスの前には、肉料理も並べられている。
スパイスの香りが食欲をさそうが、病み上がりなのは事実。ルーカスの配慮をありがたく受け取って、リリシアは目の前の料理を堪能することにした。
スープにパンの香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。パンは食べ慣れた硬いパンではなく、ふっくらした白パンだ。
それだけでスープ何倍でもいける。
リリシアはそっとパンを手に取ると、手でちぎってスープに浸した。
テーブルマナー? そんなの知らん。わしは今、平民の子! と心の中で言い訳し、浸したパンを口に運ぶ。
パンのしっとりした食感と、スープの濃厚な味わいが調和して、最高に美味しい。ここにシェフを呼べ! と叫びたい気持ちである。
思わず頬に手を当て、満面の笑みで食べていると、イクスの顔が目に入った。ちょっと驚いているというか、あきれているというか。微妙な顔である。
そこでリリシアは思い出した。ここは敵陣、真っ只中。のんきに食事している場合ではなかったのである。毒が入っている危険性すらある。そんな基本がすっかり抜けた腑抜け具合に、リリシアは固まった。
「舌にあったみたいで良かった。そんなにおいしそうに食べてくれるなんて、うちの料理長も大喜びだよ」
正気に戻って冷や汗を流すリリシアと違い、ルーカスは穏やかな笑みを浮かべている。完全に小さな子供を見る目だ。
今だけは演技であってほしいと思った。千年生きてる、人間でいうところの老婆が、三十そこそこの人間に生暖かい目を向けられている状況。羞恥が一気に襲ってくる。
「リリシア様、おかわりご用意いたしましょうか? 食べられそうでしたら、イクス様とルーカス様にお出しした、肉料理もご用意しますよ」
ひょっこり背後から顔を出したアニタの善意が突き刺さる。アニタは悪くない。状況を忘れて、食事に熱中してしまったのはリリシアだ。
ここはどうすべきだろう。断るべきかと考えたところで、先に体が反応した。広い部屋の中に、ぐぅ~という間抜けな音が響き渡る。
「アニタ、すぐに御用いたします!」
アニタはリリシアの返事も聞かずに駆け出し、リリシアは顔が赤くなるのを感じた。せめてもの抵抗と下を向いたが、もともと色白の肌は赤くなるとよく目立つ。運命にもよくからかわれていたので、自分の性質はよく分かっていた。
「食欲は問題ないみたいだね。よかったら私の分も食べてくれないかな。あまりお腹が空いていないんだ」
あからさまな嘘をつきながら、ルーカスがリリシアの方へ肉料理の皿を移動した。
目の前に置かれた肉料理は見ただけで美味しいとわかるものだ。ゴクリとリリシアの喉が鳴る。
そんなリリシアをルーカスは優しい目で、イクスは呆れきった顔で見つめていた。ルーカスは食べるまで目を離さないとばかりにこちらをみているが、イクスは早々に興味が失せたのか、自分の分を食べ始めている。
アニタが思春期と評していたように、イクスは育ち盛りなのだろう。イクスの皿に盛られた肉は、ルーカスのものより多い。
魔力が多いものは食事量も多い傾向がある。魔力持ちは魔力をため込む器官を持っており、そこに魔力をためることで魔法を使うと言われている。
魔力器官に魔力がないと不調になりやすく、魔力器官が大きければ大きいほど、たくさんの魔力を必要とする。
魔力の吸収は食べものからが一般的だ。魔力量が豊富に含まれた植物、野菜、モンスターなどが効率的と言われている。
魔力が微量な食べ物を分解して、魔力変えられることも分かっているが、なんにせよ魔力を持たない人間の倍は食べなければいけない。
平民では魔力持ちを育てられないというのは、こういった問題もある。魔力持ちが健康を維持できるだけの食料を、平民は確保できないのだ。
目の前で黙々と食べ進めるイクスをみていると、イクスも相当な量を必要とするのだろうと察せられた。複数に分けてこまめに食べるものもいるし、魔力が豊富に含まれた保存食を携帯しているものもいる。
魔女は人間より燃費が少ないと言われており、一度溜め込んでしまえば人間のように、ひたすら食べ続ける必要はない。
といってもいま、リリシアの魔力機関は空っぽに近い。人間よりは回復が早いといっても、魔力不足による空腹を感じるし、なにより心もとない。
魔法を使うものにとって魔力は鎧だ。いまのリリシアは肌着一枚で、フルアーマーの戦士を前にしているようなもの。剣も魔法も使わず、拳一発で負けてしまう貧弱さだ。
そう思ったら、敵陣だなんて考えていられない。毒も入っていないようだし、もらえるならもらっておこうという気持ちになった。
ルーカスがなにを考えているかは全くわからないが、対等に渡り合えるくらいに回復しなければ話にならない。
リリシアはルーカスが寄せてくれた皿を目の前に移動させると、フォークをつかむ。
「いただきます!」
テーブルマナーなんて知らん! と開き直って、適当にナイフで切る。日頃食べていた硬い肉とは違い、面白いほどやわらかい。そのうえ分厚い。
切ったところからあふれ出る肉汁。温度保存の魔道具を使っているのか、あげたばかりのように熱々だ。
先ほどまでの怒りは吹っ飛んで、リリシアはゴクリと唾を飲み込んだ。
一口大に切った肉を口に運ぶ。とたんにうまみが口いっぱいに広がって、振りかけられたスパイスが肉本来の味を際立たせる。
思わず言葉にならない声がもれた。
「それだけ食べれるなら、大丈夫そうだね」
ルーカスが笑いながらそう言った。たしかに、寝起きで肉料理が食べられるのだから、体は順調に回復しているのだろう。
リリシアは返事の代わりに大きく頷く。そんなリリシアの様子を見て、イクスが呆れきった顔をしていた。何か言いたげな視線は気になったが、それよりリリシアは食べることを優先した。
面倒くさいことは食べてから考えればいいのである。
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