1-3 魔女、紙芝居に気分が悪くなる

 商人に教えてもらった広場の方に行ってみると多くの人で賑わっていた。

 地面に座りこんだ男が守護の魔法がかかっているというアクセサリーを売っている。噴水の近くでは色が変わる魔法がかけられた花やキャンディーを売っている青年の姿もある。

 アクセサリーを手に取って眺めてみたが魔力を少しも感じないので嘘っぱち。きれいに磨かれたガラス玉だ。花とキャンディーには簡易な魔法がかけられていた。店主の魔力量はそれほどでもないから、色が変わるのは一日くらい。それでも魔法を一切使えない人からすれば面白い商品には違いない。


 ずいぶん魔法が普及したものだと魔女は感心した。魔女が引きこもる前、魔法を使っていたのは貴族とそれに雇われたごく一部の人間のみで、平民が学ぶことすらできない技術であった。それで商売をしようなんて発想もなかったはずだ。

 嘘であれ、本物であれ、当たり前のように町で魔法がかかったものが売られるほど魔法は身近なものになったらしい。


 これがシルフォード家のお膝元かと魔女は手を握りしめた。運命の魔女がいっていた運勢最悪という言葉を思い出し、慌てて頭から追い払う。

 慎重なのはよいことだが怖気づきすぎるのもよくない。危険があるならば入念な調査も必要だ。このまま時代の流れに置いて行かれ、対策もできずに見つかった方が問題だ。


 もう少し町の様子を見て回ろう。そう思ったところで広場の隅の方に子供がたくさん集まっていることに気づいた。赤い布がかけられた机を囲むようにして子供たちが座りこんでいる。子供たちの後ろには保護者らしい大人たちが立っていた。なにかの芸でも始まるのかと魔女が近づくと木箱を持った男が現れた。


「集まりの皆さん、おまたせしました! お坊ちゃんにお嬢ちゃん、今日はどうぞ楽しんで帰っておくれ。そしてよぉーく覚えておくんだ。魔女はこわーいものだって」


 そういうと男は木箱を机の上に置き、子供たちのことは怖い顔で脅かした。子供たちはわざとらしくキャーキャーと騒いでみたり、くすくすと顔を見合わせて笑いあう。「魔女が怖いなんてみんな知ってる」と元気よく叫ぶ子供を見て、ほかの子供も大人もうなずいた。

 その光景を見て魔女はかすかに眉を寄せる。


「これからお見せするのは魔女の中でもとくに怖い、業火の魔女のお話。君たちは業火の魔女は知ってるかい?」

「知ってる。とっても怖い魔女」

「炎で全部焼いちゃうんだよね」

「すごく悪いやつ!」


 男の言葉に子供たちが口々に声を上げる。大人たちはそれを聞いて神妙にうなずいた。

 魔女は悪。そう誰もが思っている。それを疑いすらしない。その怖い魔女の一人がすぐ近くにいることに気づきもしないというのに。


「魔女は昔は人間だったんだ。これも知ってるか?」


 この問いに子供たちの反応は二つに割れた。知っているとうなずくものに、知らなかったと隣に座っている子供と顔を見合わせるもの。大人たちの表情が少し険しくなるが男が大人たちに意味深な視線を向けた。


「魔女っていうのは魔族っていう恐ろしい存在と契約した奴のことをいうんだ」


 そういうと男は木箱を開いた。中から出てきたのは耳が長く、頭には角が生え、肌は青色の恐ろしい魔族の絵。人間の間で信じられている魔族像をそのまま絵にしたものが木箱から飛び出す。それに子供たちは本物の悲鳴を上げた。


 飛び出す絵本というものがある。開くページごとに動物や建物、人間などが飛び出してくる立体的な絵本だ。魔女が昔見たものには魔法が一切かかっていなかった。けれどこの木箱には魔法がかかっている。


「むかーし、むかし、とある村に赤い髪の女の子がいた」


 そうして男は語りだす。飛び出した魔族は箱の中に引っ込み、次に現れたのは赤い髪の少女。意地の悪そうな顔を見て魔女は顔をしかめた。


「この女の子はとにかく悪戯好きで、村人が困る姿をみるのが三度の飯よりも好きというひん曲がった性格の持ち主だった」


 男が次に見せたのは村人に悪戯をする女の子の姿。羊飼いの羊の柵を壊して羊を逃がしてみたり、野菜を売る夫婦の店を壊してみたり、子供から玩具を取り上げたり。イタズラと言うには度が過ぎた描写が続く。普通の絵本と違って動くそれを見て、子供たちは口々にひどいと女の子をせめ、いじめられた村人たちに同情した。


「それでも村人は女の子の悪戯に耐えた。女の子は身寄りがなく、たった一人で村はずれに住んでいた。だから寂しくて村人に悪戯するのだろうと同情していたのさ。けれど女の子の悪戯はだんだんひどくなっていき、最終的には……」


 そういって男は次の絵を出した。そこには自分と同じくらいの女の子を刺し殺す赤髪の女の子の姿があった。

 恐ろしい光景を見て子供たちから悲鳴が上がる。後ろにいる保護者に飛びつき泣き出す子までいた。先ほどまでの和やかな空気が嘘のように子供の顔は恐怖で染まっていく。


「村の子供を赤髪の女の子は殺してしまった。それを知った村人はもう我慢はできないと女の子を村はずれの小屋に閉じ込めた。そうして女の子をどうするか話し合った。その話し合いの最中、女の子はずっと村人に対して怒鳴り散らした」


 小屋に閉じ込められた赤髪の女の子が恐ろしい形相で喚き散らしている絵が飛び出した。子供たちは固唾をのんで絵本を見つめている。大人ですら表情が険しい。

 その姿を魔女は冷めた目で見つめた。


「ここから出せ。お前らが悪い。私は悪くない。出さないと呪い殺してやる。そう女の子は叫び続けた。女の子が閉じ込められた小屋は話し合いが行われていた場所から遠かったから、いくら叫ぼうとも聞こえない。それでも女の子は狂ったように叫び続けた。誰にも女の子の声は届かないはずだった……」


 そこで男は言葉を区切ると次の絵を出した。それは最初に子供たちに見せた青い肌をした魔族が、閉じ込められた赤髪の女の子に手を差し伸べる絵だった。


「女の子の声は魔族に届いた。魔族は女の子を気に入って、こう聞いた。君をこんな理不尽な目にあわせた人間に復讐したくないかと。女の子は迷わず、したいと答えた」


 真っ赤な髪に真っ赤なドレスを着た女の子の絵が飛び出した。女の子を囲むように赤い炎がゆらめき、足元には炎から逃げまどう村人の姿が描かれている。絵本とは思えない迫力に子供だけでなく大人の顔もこわばった。


「女の子は魔族と契約し魔女になった。そして村を焼き払ったのさ。一人だけ逃げ延びた男が魔女狩りを連れて戻ったとき、村があった場所は焼け野原になっていたらしい」


 男はそういうと木箱をパタンと閉じた。子どもたちはその音だけでビクリと肩を震わせて、顔を見合わせる。

 特に女の子の震えがひどかった。魔女になるのは大人になる前の女の子だけだ。


「このお話でわかるとおり、魔女はとても恐ろしくて怖いものなんだ。だから皆は魔女と出会ったらすぐ逃げて、騎士団に報告するんだよ」


 男の言葉に子どもたちは涙目で頷いた。どの子も魔女の怖さをよく理解したらしい。その姿を見て男は満足そうに微笑むと再び木箱を開く。そこから飛び出したのは怖い魔族の絵ではなく金髪に青い瞳をし、剣を掲げた美男子。


「みんなは幸運なことにたくさんの魔女を狩ってきた魔法使いであり、騎士でもある、シルフォード家の領地に住んでいる。彼らはとても強い。だから魔女なんかに負けたりしない」

「そ、そうだ! シルフォード様は強いから、魔女なんかやっつける!」


 先程まで恐怖で怯えていた子どもたちの目が輝く。口から飛び出すのはシルフォード家への讃美。そして魔女への恐怖と怒り。

 そんな子どもたちを見てうなずく大人を見渡して魔女は小さく呟いた。


「ずいぶん都合よく捻じ曲げたものじゃの……」


 魔女一人のつぶやきは大勢の子供の声にかき消される。それを悲しいと嘆くほど魔女は子供でもなかった。


 この世界で魔女は変わらぬ悪だった。

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