第25話 バッカス「この状況を落ち着かせるの緊張した」



「いきます!」



 グラノラがそう叫ぶと拘束魔法が開放される。茨のような蔓がユニコーンに向かって放たれた。逃れるように走り回るユニコーンだが、バッカスのサポート魔法で足を滑らせて転倒してしまう。その隙に蔓がユニコーンを縛り付けるも、暴れてその拘束から逃れようと必死に抵抗していた。



「どうにか落ち着けさせなくては催眠が効かないっ」



 上空で待機しているハーピィは催眠魔法をかけようとするもユニコーンが暴れるために効果が出ない。ある程度、大人しくならなくては催眠は効果がないのだ。



「どうする、誘惑魔法を変異させるか?」

「誘惑魔法は許可がいる」



 許可を求めている時間はないけれど、このままでは拘束魔法にも限界がくる。グラノラにはまだ余裕があるが、拘束している茨の蔓がはち切れそうであった。事後報告になるが誘惑魔法を変異させるか、そうアデルバートが思った時だった。



「ぎゃう」



 ひょいっとスノー・ホワイトが顔を覗かせた、その目の前には暴れるユニコーンで。



「げ、白雪ちゃんっ!」



 バッカスは思わず声を上げる。アデルバートもそれに気づき、退けとスノー・ホワイトに命令した。しかし、ユニコーンの視界にスノー・ホワイトが入る。



「…………」



 退けと命令されてスノー・ホワイトがアデルバートのほうへと向いた時だ、ユニコーンは急に大人しくなった。ユニコーンは拘束されながらもスノー・ホワイトのほうへと向かおうとする。



「あー、なるほどっ!」



 真っ先に気づいたのはバッカスだった。バッカスはアデルバートに白雪をその場に留まるよう命令するように伝える。アデルバートもその意図を察してか、スノー・ホワイトに留まるよう指示を出す。



「ぎゃうう」



 スノー・ホワイトはその命令の通りに立ち止まるとちょこんと座った。くるりと後ろを振り返りユニコーンを見ると小首を傾げる。ユニコーンはそんなスノー・ホワイトを見て座り込んでしまった。



「今のうちに催眠を!」



 アデルバートは上空にいるハーピィに指示を出す。ハーピィは歌を奏で始めた、それは魔力もった音色、ユニコーンに向けた眠りの歌だ。ユニコーンはその歌を耳にするとがくんと首を擡げ倒れた。


 確保という掛け声とともにガルディアの隊員たちがユニコーンを取り押さえる。ユニコーンは拘束されると縄を取りつけられてハーピィたちに持ち上げられてしまう。


 被害状態を確認してアデルバートは息をつく。一部の建物の窓ガラスが割られているが、魔族や人間には被害もなく、一般人に怪我人が出ていないことに安堵した。徐々に騒ぎも静まっていき避難していた人間や魔物が建物から出てくる。



「いやー、白雪ちゃんが未婚でよかったわ」



 そう言ってバッカスはスノー・ホワイトを褒めながら撫でる。スノー・ホワイトは相手のオスがいないことから分かるとおり処女に値する。それに気づいたためユニコーンが急に大人しくなったのだ。



「これ、人間や魔族じゃできないからなぁ」

「訴えられかねない」

「そうね」



 魔物や動物でしかできない行為なので、この時ばかりはユニコーンが種族関係無しに反応する幻獣で助かったと思える。



「ぎゃうっ」



 ぴょんっとスノー・ホワイトは跳ねるとてとてとと走っていってしまう。流石にこれ以上の勝手は許されないのでアデルバートが戻ってこいと命令するが、スノー・ホワイトはちらりと振り返るだけだ。どこかへ行きたそうにアデルバートを交互に見遣るとそのまま走り出した。



「あれ、アデルの命令を無視するとかどういうこと?」



 バッカスは目を丸くしている。今までスノー・ホワイトが命令を無視している姿を見たことがないからだ。アデルバートも驚いているのか暫くその後姿を見つめていた。



「追いかけなくて大丈夫?」



 グラノラにそう言われてアデルバートは慌ててスノー・ホワイトの後を追う。


   *


「ちょっと待って、なんで戻ってきたの!」



 騒ぎが治まったのを見てテーブルの下から出てきたシオンは、足元でひょこひょこと跳ねているスノー・ホワイトを抱きかかえた。


 ぐるぐると喉を鳴らしながらシオンに甘えている姿にサンゴが「よく懐いているわね」と驚いている。カルビィンも珍しげに見ているが、ガロードは不満げだった。


 よしよしとスノー・ホワイトをあやしていれば、「スノー・ホワイト」と呼ぶ声がする。振り返れば、アデルバートが目を瞬かせていた。



「アデルさん、そのー……」

「……すまない。スノー・ホワイトが迷惑をかけた」



 言いたいことを察してか、アデルバートはシオンに謝罪するとスノー・ホワイトを彼女から受け取ろうとする。けれど、スノー・ホワイトは嫌だというようにシオンにくっついて離れなかった。



「スノー・ホワイト。シオンから離れなさい」

「ギャァウアア!」

「凄く嫌がってる……」

「かなり懐いているのね」



 シオンはスノー・ホワイトをあやしながら「アデルさんのところに戻ろうなー」と声をかけるも、スノー・ホワイトは首を振って嫌がった。


 これには困ったなとシオンが思っていれば、「しつけもなっていないのですか」とガロードが棘のある言葉を吐いた。



「アナタの使い魔でしょう。ちゃんとしつけておくべきではないですか?」

「その通りだが、スノー・ホワイトは危害を加えたりはしない。シオンに懐いてしまっているだけだ」


「懐いているねぇ。どうでしょうか、ただ我儘を言っているだけかもしれないでしょう」



 ガロードの指摘にアデルバートが眉を寄せる。彼から見ればスノー・ホワイトはただ我儘をいっているように感じたようだ。それを否定することはできないけれど、アデルバートは何を言うでもなくスノー・ホワイトのほうを見た。


 スノー・ホワイトはシオンの腕の中でぐるぐる鳴いている。それは懐いているからこその態度だった。



「だいたい、ちゃんと管理できていないのはどうなのでしょうかね。やはりアナタはシオンさんに相応しくない」


「それを決めるのはシオンだろう」



 不穏な空気が流れる、それはシオンだけでなくサンゴやカルビィンも感じ取った。顔を見合わせて「どうしよう」とシオンは目で訴える。


 サンゴは無言で首を左右に振り、カルビィンは黙って胸の前で手を左右に合わせてバツ印を作っていた。二人には対処ができないということらしい。シオンでもこれをどうすればいいのかと頭を悩ませる。


 二人は言い合っていた、相応しい相応しくないなど、近寄るななどそれはもう睨み合いながら。



「アデル、どうした……って、何、この空気」



 なかなか戻ってこないアデルバートにバッカスが駆け寄ってきた。彼はこの場に流れる空気に驚いたのか、一歩引いている。シオンはバッカスならどうにかできるのではと、先ほどあったことを話すと、彼は「あー」と何かを察したようだ。



「シオンちゃんはモテるねぇ……」

「それ、関係ある?」

「まぁ、うん。これ、止めるの私には荷が重い気がするなぁ」

「頑張って、バッカスさん!」



 サンゴの応援にバッカスは何とも言えない表情を見せながらも、アデルバートに「そこ落ち着け」と声をかけた。ぎろりと二人に睨まれた彼だが、押されることなく「シオンちゃんたちが困ってるだろ」と返す。


 そこで二人も気づいてかシオンのほうを見た。彼女はスノー・ホワイトを抱えながら苦笑している。



「すまない、シオン」

「あぁ、シオンさん申し訳ございません」

「いや、まぁ、大丈夫なんだけどね」



 大丈夫ではあるけれどこの空気は嫌なのでシオンは「二人ともあたしは問題ないから」と言っておく。



「ガロードさんもアデルさんは悪い人じゃないんでそう言うのやめてください。アデルさんは落ち着いてください」


「……すまない」

「シオンさんがそうおっしゃるなら……」



 二人はじとりと睨み合いながらも引いていく。一先ずは落ち着いたのでシオンは小さく息を吐いて、スノー・ホワイトには申し訳ないけれど引き剥がした。ぎゅいぎゅいと抗議の声を上げているが、アデルバートにも仕事があるので我慢してもらう。


 シオンからスノー・ホワイトを受け取ってアデルは暴れる彼女をなんとか抑える。



「スノー・ホワイトに悪気はないんだ、すまない」

「分かってる。アデルさんも仕事頑張って」



 シオンはスノー・ホワイトの頭を撫でて「またね」と声をかける。スノー・ホワイトはなんとも寂しげにしていたけれど、大人しくアデルバートに連れられていった。


   *


「いやさ、お前……」

「言うな、俺自身も分かっている」



 戻る最中、バッカスに言われてアデルバートは返す、分かっていると。自身でも驚くほどにあの男に対して警戒していたことを。



「ライバルかー大変だな」

「それもそうなのだが……」

「何?」

「ガロードという男に妙な違和感があるんだ」



 エルフの男、そう思うのだが何処か違和感がある。それが何なのか分からなず、警戒してしまうのだとアデルバートは話す。バッカスはガロードのことを思い出してみた、エルフだろうと頭では理解しているけれど納得ができない、そんな感覚があるのに気づく。



「なんだ、この違和感」

「わからん……」



 分からない感覚を二人は覚えながらも答えは見つからず。アデルバートは気にせいであればいいがとシオンを想うように目を細めた。


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