第五章:意識して、感じて、気づくこと

第16話 恋が良いのか分からない



「やっぱり、恋っていいわよねぇ!」



 中央街の二番地には劇場がある。毎日のようにさまざまな演目が公演されていて観客は多く、人気のスポットだ。レンガ調のシックで大きな建物が劇場で、演目を見終えた人々がぞろぞろと出てきているそんな中にシオンたちはいた。


 今日の演目は人間界でいうところのロミオとジュリエットのような作品だ。結ばれることのない二人が恋に落ちていく姿を物語にして演じられていた。悲恋ものではあったものの、面白くてシオンでも楽しめる作品だ。



「燃えるような恋ってしてみたいなぁ」

「サンゴ、ほんっと感化されやすいね」

「それな」

「何よ、二人とも! 恋愛は老若男女問わず、するべきなのよ!」



 恋愛に年齢も性別も関係ないとサンゴが力説する。いつ恋に落ちて、愛し合うかなんてわからないのだからと。そうは言われてもシオンは恋に落ちるという感覚を味わったことがないので反応に困るだけだった。


 サンゴは「ワタシも恋がしたい!」と夢見ている。そんな様子にカルビィンが「あれは暫く言ってるなぁ」と察してなんとも言い難い表情を見せていた。こうなるとサンゴは面倒くさいことを彼は知っているのだ。



「シオンちゃんも、カルビィンも恋しましょうよ!」

「いや、あたしに言われても……」

「僕もなぁ」

「カルビィンはしょうがないにしても、シオンちゃんは出会いがあったでしょ!」



 ずびしとサンゴはシオンを指さす。シオンはエルフのガロードに好意を寄せられているし、ヴァンパイアのアデルバートとは契約しているじゃないかと主張した。


 出会いというのは確かにあったのだ、シオンにも。ただ、如何せんシオン自身が鈍いのか好きなのかよく分かっていない。ガロードは教会の信者だと思っているし、アデルバートはガルディアのヴァンパイアという感覚が抜けなかった。


 アデルバートに関しては自分がやってしまったことで巻き込んだと思っているので、恋愛感情を抱いてはいけない気がした。シオンがうーんと悩んでいるのを見てサンゴは「恋は! 落ちるもの!」と肩を掴む。



「シオンちゃんもきっと落ちるわよ!」

「って、そんな強く言う?」

「ワタシはシオンちゃんが羨ましい!」



 誰かに好意を向けられて、優しく接してもらって、想われて、羨ましくない要素が一つもないとサンゴはバシバシとシオンの肩を叩く。シオンからしたら恋愛感情を抱けるか分からないのに好意を寄せられても困るだけだ。そう返すけれどサンゴはむーっと頬を膨らませて羨ましいと呟いている。


 サンゴはずっと「恋って良いものなのよ」ときらきらした瞳で語っている。シオンがそれを黙って聞いているとカルヴィンから「これ暫く続くから面倒だよ」と耳打ちされた。これは確かに面倒と言われても仕方ないなと思う。



「ワタシにだってきっと素敵な人が現れるわ!」

「ほら、夢の世界に入っちゃったよ」

「あー、うん……」



 カルビィンは慣れているのか、サンゴの背を押しながら「カフェに寄るんだろー」と話をさりげなく変える。彼女は「劇の感想会しましょうね!」と思い出したように返していた。また夢の中に入りそうではあるけれど、彼女に付き合うしかない。


(恋なぁ)


 シオンは二人の隣を歩きながら思う、自分に恋などできるのかと。


   ***


「劇のチケット?」



 ガルディアの魔物対策課では今日も魔物に関する事件・事故を片付けていた。外に出払っているのか、人気が殆どない中にアデルバートは居た。待機組になっていた彼は自分が請け負っていた仕事の書類を整理していたのだが、同じく残っているバッカスに「お前、劇のチケットいらない?」と問われてその手を止めた。



「いや、予定がキャンセルになっちまってさー」



 バッカスはチケットの入った封筒をひらつかせながら話す。誘っていた女性に用事ができてしまい、その日に会えなくなってしまった。それは別に良いのだが、チケットは公演日のみ有効なため、このままだと紙くずになってしまう。それは勿体無いので誰かに譲ろうと思ったらしい。



「グラノラに渡したらどうだ」

「グラノラちゃんその日、休みじゃないんだってよー」



 すでに確認済みだったらしく、「この日、お前は休みじゃん?」とバッカスに言われて、アデルバートはそういえばそうだったなと思い出す。ただ、アデルバート自身は劇に興味があるわけではなかった。わざわざ観に行くかと問われると、行かないというのが正直な感想だ。



「ほらさー、シオンちゃん誘って行ってみたら?」

「何故、シオンなんだ?」

「いつも血液貰ってるわけだし」



 相手側にも問題があったかもしれないが、血液をもらっていることには変わりないのだからお礼とは言わないけれど労ってもいいのではとバッカスが提案する。それにアデルバートは悪いことではないなと思った。


 血液の対価を払ってはいるけれど、身を削っていると言われればそうなるので労うことは悪くはない。アデルバートのそんな考えを察してか、「チケット二枚あるからやるよ」とバッカスは封筒を差し出した。



「チケット代は要らねぇから、それでデートしてこい」

「どうしてそうなる」

「えー、女の子と二人で行くんだからデートでしょー」



 それは違う気がするとアデルバートは思ったけれど、バッカスには通用しないのは長い付き合いでよく知っているので口には出さなかった。



「シオンが行くかどうかによるが……」

「まー、行かなかったら行かなかったでそれはしょうがないってことでいいんじゃね?」


「紙くずにしたくないと言ったのはお前だろうが」

「いーんだよ、私の手から離れたら」



 バッカスがほらと封筒を押しつけてきたので、アデルバートは仕方ないなとそれを受け取った。



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