66 わたしに用事があっても、今は忙しくてごめんなさい!


【リア視点】


 私は自身に誓い立てました。


 必ずやエメさんの心を射止めてみせます。


 幸いにして、彼女は恋人がいらっしゃらないとのこと。つまりライバルは皆無。

 

 状況はこの私に圧倒的に優位。


 このリア・バルシュミューデが本気になって勝ち取れないモノなどあるはずがありません。


 これは勝ち戦、勝利以外は有り得ないエメさんとの戦いが幕を開けましてよ!


「……と、思っていましたのに」


 洞窟ダンジョンでの一件から数日、私とエメさんにこれといった進展はありません。


 考えてみましたら、エメさんと関わるのは基本的に魔法実技が絡んだ時や、向こうから直接会いに来る時以外でのパターンがありません。


 ですが、学園内は冬休みを前にしてすっかりお休みモード。実技はほとんど行われません。


 それは良しとしても、エメさんが全然私にお声掛けしてくれないのはどういうことですのっ!


 用件がなければ私は興味の外ですの!?


 まっ、まさか、私をその程度の女だと軽んじていますの……!?


「ぐっ……何を弱気になっていますの、リア・バルシュミューデ……!!」


 来なければ、こちらから行けばいいだけのお話。


 欲しい物は自らの手で掴みとる、攻めてこその私ではありませんかっ!


 そうと決まれば話は早いのです。


 休み時間になりましたので、私はエメさんに会いに行きます。


「エメさん、今お時間よろしいかしら?」


 エメさんに声を掛けてみると、彼女は惚けた顔でこちらを見るや否や、弾かれるように顔を上げるのでした。


「り、リアさん!?どうかしました!?」


 ん……?


 随分と仰々しい態度ですわね。


「世間話をしに来ただけですの」


「リアさんが、わたしに……?」


 更に困惑した表情を覗かせるエメさん。


 そんな身構えるようなことは何も言ってないはずが……。


「いけませんの?」


「いっ、いえ!でも、どうしました?リアさんから尋ねに来るなんて珍しいですね?」


 貴女が来ないから、来たのではありませんかっ!


 ……と言うのは、さすがに直接的過ぎますわね。それに思わせぶりが過ぎます。


 私も、そこまで本音を曝け出せるほど無防備ではありません。


「そ、それでどうしました……?何か用がありましたか?」


 学園は間もなく冬休み、そうなればエメさんと会う機会はないでしょう。


 ですが、そんな膨大な時間を無為に過ごせるほど私の気は長くありません。


 学園という機会がないのであれば、私から機会を作り出せばいいだけのこと!


「エメさん、お休みの間は何か用事がありますの?」


 ないですわよね。


 この私でも、スケジュールが真っ黒ということはないのですから。


 エメさんにだって数日くらいは余白があるはずです。


「よろしければ、私と一緒に……」


「そうなんですよ。私用なんですけど色々ありまして。もしかしたらせっかくのお休みも丸々無くなっちゃうかもしれません」


 いきなり私の心が折れそうになりました。


「そ、そんなに……ですの……?」


「わたしもよく分かってないんですけどね、どうなるのか予想がつかないと言いますか」


 聞いてるこちらはもっと想像がつかないのですが……。


「どういうことですの、何かありますの?」


「……えっと、ごめんなさい。それはリアさんでも言えないんです」


 バツの悪そうに顔を曇らせるエメさん。


 私はエメさんを困らせたいわけではありません。


 そうですわよね、誰だって時に言えぬ事情があるもの。


 それを不用意に掘り下げようとする方が無作法なのですわ。


 私はそんな、はしたない女ではありませんの。


 ……では、作戦を変えましょう。


 冬休みが駄目なのであれば、せめて放課後の時間を頂けるかしら。


「分かりましたわ。では放課後は何かありまして?」


「あ、はい。放課後も忙しいんです」 


「放課後も、ですの?」


「はい」


 ま、まあ……放課後も忙しい時くらいありますわよね。


「ちなみに明日はいかがですの?」


「あ、忙しいです」


「……明後日は?」


「冬休みまでずっとなんです。貧乏暇なしとはよく言ったものですね、えへへ」


 お待ちなさい。


 放課後から冬休みまで延々と時間が空いていない事がありますの?


 もしかして、私嫌われてますの?


 ……。


 まさかっ!そんははずがありませんわっ!


 一瞬頭をよぎってしまった悪夢に私は必死に振り払います。


 きっとそうなるだけの理由があるのです。


 そうです、そうに決まっていますわ。


「そこまでお忙しいだなんて、一体何をなさっていますの?」


「それも言えない秘密なんです。ごめんなさい」


「……」


 ――ガクンッ!


 膝が崩れ落ちそうになったのを意地で食い止めます。


 ショックのあまり危うく意識を失いかける所でした。


 ……お、落ち着きなさい、リア・バルシュミューデ。


 これは決して距離を空けられている訳ではありません。


 エメさんは本当に、どうしても言えない事情があったのです。


 エメさんが私をそこまで軽視している訳がないのですから。


 ですから、ここは大人しく引き下がるのが彼女のため。


 私とエメさんはこの程度で切れるような容易い縁ではありません、逆にこれに噛みつく方が自信のなさを露呈するというもの。


 そんな滑稽な真似は致しません。


「そうですか、用件はそれだけですの。お邪魔しましたわね」


「あ、はい。また話かけて下さいねー」


 ふふっ、ほら見なさい。


 エメさんもああ言いながら私との会話を待っているのです。


 皆は語らずとも理解し合える深い関係、それこそ私が求める愛の形。


 ですから、この程度のことでいちいち目くじらをたてたりは致しませんの。


 丸みを帯びそうになっていた背を正して歩を進めると、青髪の少女とすれ違います。


 ……セシルさんですわね。エメさんとは隣の席ですから戻ってきたのでしょう。


 私はそのまま席へ戻ります。


「エメ、私は今日も行くから」


 ……戻ろうしたところで、何やらおかしなセリフを小耳にはさみます。


「せ、セシルさん。ダメですって……もう何回も来たじゃないですか」


「放課後に何しても私の自由」


 ほ、放課後……?


 放課後にエメさんは用事があるのではなくて……?


「勝手かもしれませんけど、わたしだっているんですからちょっとは考えて下さいよー……」


 え、エメさんもいらっしゃいますの!?


 なに!?どういうことですのっ!?


 放課後にセシルさんと会っているということですの!?


 おかしいではありませんかっ!さっきは秘密だと言っていたのに!


 セシルさんはその秘密を知っていらっしゃるということ!?


「でもエメは立場上断れない」


「それはそうなんですけど……意地悪ですねセシルさん」


 !?


 わ、分かりましたわ……!


 エメさんはセシルさんに秘密を握られ、その弱みに付け込まれているのですわ!


 つまり巨悪の権化はセシル・アルベール、その人にあったという事!


 そうです、それなら合点が行きますわ!


 可哀想なエメさん、今私が助けてあげましょう!


「その身を業火の炎で燃やし尽くしてやりますわ……セシル・アルベール」


 そうと決まれば、今すぐに引導を渡してあげましょう。


「ねぇ……なんか暑くない?」


「確かにな、なんか急に……って、リア様が燃えてるぞ!?」


 あら、どうやら闘争心に火が着きすぎて魔法が漏れてしまったようですわ。


 でもいいでしょう。それも今すぐに終わるのですから……。


「はいはーい、リアちゃん、ちょっとストーップ!」


 背後から、私の肩に手を置く者がいました。


 私の炎を意にも介さず触れる事ができる生徒なんて……このクラスではそういないはずですが。


 その正体が気になって振り返ります。


「……貴女でしたの。ですが、誰の断わりがあって私に触れていますの?」


「ははっ、怖すぎリアちゃん。ちょっとクールダウンしなよ、皆怖がってるよ?」


 振り向いた先にいたのは、それはそれは素晴らしい微笑みを覗かせる少女、ミミア・カステルなのでした。


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