43 セシルさんとお泊り!


【セシル視点】


「……」


「……」


 結局、エメの言われるがままに二人でお風呂に入ることになったんだけど……。


 私は椅子に座らされ、背中を向けている。


 それはともかく、なぜエメも無言!?


「あのー、改めて一緒にお風呂入るのってちょっと緊張しますね?」


「自分で言い出したのに……!?」


「いやあ、セシルさんの体を見ていると何だか自分が情けなくなってきちゃって……」


「ど、どういうこと……?」


「えいっ」


「ひやっ!?」


 ――ザバーッ


 いきなり背中にお湯が掛かる。


「あ、ごめんなさい。驚きました?」


「事前に何をするか言って……」


 話が続くのかと思って、背中を流されるとは思っていなかった。


「じゃあ、わたしが洗ってあげますからね?」


「ほ、ほんとにやるんだ……」


 別に自分で出来るんだけど……。


「任せて下さい!」


 けれどエメがやる気満々なので強く言い出せない……。


 シャワーで改めて頭から体にかけて濡らし、髪を洗われていく。


「かゆい所はありませんか?」


「な、ないけど……」


「どうです?違和感とかありませんか?」


「いや、ない……むしろ気持ちいいかも」


 ただ頭を指先で洗われているだけなのに、人の手だとこんなに気持ちいいものなんだなって思う。


「えへへ。それは良かったです」


 エメは満足そうに笑いながら今度はスポンジで泡を立てる。


「……そ、それじゃ、体を洗いますからね?」


 ごくり、とエメが息を呑む音が聞こえてくる。


「いいけど……なんか気迫を感じる……」


「いえ、セシルさんの体に触れるのかと思うと緊張が……」


 ど、どういうこと……?


 ひたり、とスポンジが背中に密着する。


 背筋から腰元へと下りていくと、次は肩から腰へと横にスライドしながら上下運動を繰り返す。


「セシルさん、背中綺麗ですね」


「そ、そう……?」


「はい、贅肉が全然ないですし姿勢も良くて、肌も白くて滑らかです。憧れちゃいます」


「そんなこと、ないっ……!」


 段々慣れてきている感じがしたけれど、そんなことを言われるとやはり素肌を見られているのだなと恥ずかしくなってしまう。


 そもそもそんな大した体なんてしていない。


 食べていないから細いだけ、凹凸もなくメリハリのない痩せた枝木のような体だ。


「いやいや、セシルさんは謙遜しすぎです。誰が見ても綺麗だと思うに決まってます」


「いいから、もういいから……」


 エメの口を封じないと羞恥心でおかしな事になってしまいそうだ。


「そうですか。それでですね、セシルさん……?」


「ん、なに……?」


「後ろが終わったので、次は前だと思うんですよ」


「……え」


 いや、それはちょっと……さすがに……。


「はい、セシルさん。こっち!」


「え、あ、うわっ……!」


 ぐるん、とエメの力づくで体を回転。


 お互いが正面を向く。


「さあ、行きますよ……?」


「え、えっと……」


 いいのだろうか?意識しすぎ?私が考え過ぎ?


 なんかそれはちょっと変な感じがすると思うのは私だけ……?


 ――ひたっ


 鎖骨にスポンジが当たり、そのまま下りていく。


 その先は胸……だけどっ!


「や、やっぱり!大丈夫!」


 身をよじってエメの手から逃れる。


「んなっ……!わたしに何か粗相があったでしょうか!?」


 この子の気にするポイントが分からない……!


「いや、そういうことじゃない。でもさすがに大丈夫だからっ……!」


「そ、そうですか……」


「そ、それとも今度は私がエメにやってあげようか?」


 そうしたら私のこの羞恥心も少しは分かってくれるはず。


「あ、大丈夫です。わたしお風呂早いんですよね」


 ――ババババッ!


 目にも止まらぬ速さで頭から体まで洗ってしまう。


 ものの数秒……?


「はい、後は流すだけです」


「……それ魔術?」


「はい、加速アクセラレーションです」


「へえ……」


 魔術ってそんな使い方もあるんだ……。


        ◇◇◇


 何とか緊張しっぱなしのお風呂を終えて、エメのパジャマに着替える。


 着てみると、ふわりとエメの香りがした。


「……セシル、あんまり匂い嗅ぐんじゃないわよ」


「えっ」


 なぜかそれを察したように釘を刺してくるシャルロッテ。


 着てみた服の匂いって何となく気になるものだと思うんだけど……。そんなに意識したらダメなんだろうか……。


「あはは。ちゃんとお洗濯してあるから大丈夫だよ?」


「わたしはそういうこと言ってんじゃないのよ」


 いや、ならどういうことを言ってるんだろう。


 シャルロッテは常識人だと思っていたけど、こうして家での様子を見るとエメ並みに変な所がある……。


「それじゃあ、もう寝ましょうかセシルさん!」


「あ、うん……」


 気を失ったせいもあるのだろう、体はどことなく重たかった。


 休んだ方がいいと思う。


「セシルはどこで寝るの?」


「え?わたしのベッドだよ」


「じゃああんたはどうするのよ」


「え?ベッドだよ?」


「……二人で?」


「うん」


「一緒に?」


「うん」


「……」


 ――バタン


「シャル、どうしたのいきなり!?」


 なぜかシャルロッテは視線を泳がせて、膝から崩れ落ちるのだった。


「いや、大丈夫……ただの立ち眩みだから」


「このタイミングで!?」


 いや、むしろエメよりシャルロッテの方がおかしい気すらしてきた……。


「いや、お嬢様のセシルにあんたの狭いベッドに二人はさすがに不憫じゃないかって心配になってね……?」


「ええ……?そしたらわたしのベッドをセシルさんに貸して、シャルのベッドで二人で寝る?」


「はぐっ!!」


 今度はひくひくと痙攣しだした……。


「む、ムリ……。そんなことをしたらわたしが死ぬ……」


「そんなに嫌なの!?」


 見ているこっちも理解が追い付かない……。


「も、もう何も言わないわ……好きにしてちょうだい」


 そうしてシャルロッテはふらふらと揺れながらリビングから消えて行った。


「はあ……困った子ですねえ。それじゃ、寝ましょうかセシルさん?」


 もしかして、シャルロッテのあの反応って……。


 いや、姉妹でまさか。さすがに邪推だろう。





「お泊りっていつもと同じ事をしているだけなのに、何だか楽しいですねっ」


 部屋は真っ暗で、エメと一緒にベッドに入る。


 彼女は嬉しそうに笑っていて、眠気は全くなさそうだ。


「そうね」


「……えへへ」


 何だかエメは含みのある笑い方をする。


「なに?」


「いえ、セシルさんもそう思ってくれて嬉しいなって」


「そう?」


「はい。ちょっと強引に誘ってしまったので、本当は嫌なんじゃないかって心配してたので」


 ちょっとではなく、だいぶ強引だったけれど。


 でも、決して悪い気はしなかった。むしろ……。


「私も楽しかった」


「きゃー!セシルさんっ!」


 エメは急に抱き着いてくる。


「な、なに……!?」


「いえ、笑ったセシルさんが可愛かったので。つい」


「笑う……?」


 そう言えば、いつからか私は笑わない子だと言われるようになっていた。


 本当にたまにしか笑うことはなくて、気にもしていなかったけれど……。


 そうか、エメの前で私は笑うのか。


 心地よい眠気に襲われて、私はそのまま瞼を閉じた。


        ◇◇◇


「……朝だ」


 誰に起こされるでもなく自然と起きた。


 隣にはすやすやと眠っているエメの寝顔。


 普段は破天荒な言動でそちらに目が行ってしまうが、こうして見るととても可愛い少女だ。


「……眠くない」


 いつも陰鬱と共に目覚め、体は重たいはずなのに。


 今日はそのどちらもない。


 不思議と心と体も軽かったのだ。


「ん、んんっ~……ふぁ。セシルさん起きたんですか?」


「あ、うん」


 私が動いたせいだろう、エメも目を覚ます。


「昨日はよく眠れましたか?」


「そうみたい」


「セシルさんあっという間に寝ちゃったのでビックリしちゃいました」


「そうなんだ……」


 いつも、寝付くのに時間が掛かるのに。


「さっ!朝ごはんを食べましょう!」


 エメに手を引かれて、一階に降りる。


「げっ、はやっ!なに、今日雪でも降るの!?」


 台所で調理をしていたシャルロッテは私たちを見て目を丸くしていた。


「な、なんのこと……?いつもこれくらいに起きてるよ?」


「いや、あんたいつもギリギリまで寝てるじゃない!」


「ちょっとシャル、それ言わないでよ!見栄を張らせてよ!」


 この姉妹、朝から元気だなぁ……。


「はい、でも出来てるから。どうぞ食べて」


 シャルロッテはパンとベーコンエッグ、サラダにミルクを用意してくれていた。


 私は有難く頂くことにする。


 ベーコンエッグを口に運ぶ。


「どうですか、朝食も美味しいですか!?」


「こら、いちいち毎回聞かないでよ。セシルも気を遣うから……」


 味なんてしないと思っていた。


 食事は嫌いだと思っていた。


 陰鬱な朝の始まりを連想させると思っていたから。


 ……けれど。


「おいしいよ」


 朝日の光も、エメとシャルロッテの会話も、食事の味も。


 どれも暖かくて、楽しくて、瑞々しかった。


 こんな朝があることを、私は初めて知ったのだ。

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