第7話

街に戻り鍛冶職人に妖精の加護を渡した。

あれから鍛冶職人の元で調べたらエルフの涙は多少のデバフ効果は無効化してくれるらしい。

なんでそんな便利なものを漬物石にしていたんだよ村長!!


これで大体の必要なの物は揃ったはず。

あとはお金で買えるものばかりだ。

街の飲食店に席を構えて昼食が運ばれるのを待つ。

「これで一段落ついたな」

「ええ、そうですね」

イースさんもしばらくの連続した旅に疲れたのか椅子に座るとホッとした様子だ。

「…いいえ、皆さん。とても重要なことが判明しました」

和やかなムードから一転、カルシアさんが沈痛な面持ちで言った。

「ど、どうしたんですか!?カルシアさん!」

「なにかあったか?おやつが足りないか?」

「………もしかして」

イースさんが察したのか恐る恐る訊ねた。

「そうです。そのもしかしてです。お金が!足りません!!」

「ええっ!?私の経験値上げにあれだけギルドで魔物退治の依頼を受けてお金たんまり貰ってたのに!?もうないの!?」

「…それ以降、特にギルドでお金になる依頼をすることもなく旅をし、妖精達との宴会でお肉の買い出しやらなんやらで使いすぎましたね。今晩の宿代すら怪しいです」

「お肉、美味しかったもんな…」

みんな無言になってしまった。

意外な落とし穴だった。

いやでもそういえばお金になること最近してなかったよな…。

ダンジョンもろくに換金出来そうもない物しか落ちていなかったし。

正直なところ武具の製作も前払いで半額支払ってあるけどもう半額必要だ。

ていうか、今晩の宿代もないのかー。

運ばれてきた昼食は美味しかったが、心は晴れない。


「よし!ギルドでいいお金になりそうな依頼を探そう!」

「そうですね、それしかありません」

「無難に魔物退治かな~」

「どこにでもある依頼ですし、この街のギルドでも何かしらあるでしょう」

ようやく武具造りに終わりが見えてきた!と思ったのにまさかの展開でギルドに向かう足取りが重い。

ノロノロと亀のようになってしまう。

どうかそこそこ楽でそこそこいいお金になる依頼がありすように!

一抹の期待を込めて歩いていく。


「よくよく考えたら勇者パーティーなのに金欠って逆にウケない?」

「何もウケませんよ」

イースさんに冷めた目で見られた。

場を明るくしたかっただけなのに…。




ギルド内で受付嬢のお姉さんに色々とお話を聞いていると飲食スペースの方から噂話が聞こえてきた。

相手が飲酒しているせいか、わりと大きな声で話をしていて聞きたくなくても聞こえてくる。

これだから酔っぱらいは…と、二日酔いで苦しんだ先日を忘れて呆れつつも聞こえてくる話題に興味がわいた。


酔っぱらい曰く、風の噂で聞くと近くの村の教会と村人が不穏な言動をしているらしい。

そこには教会が擁する聖女がいて、人々を救っているのだとかなんだとか。

なんとも曖昧かつ訳の分からない話だが、カルシアさんが興味を持った。

カルシアさんが興味を持つなんて珍しい。

ギルドで受けた依頼のダンジョンとは通り道だしと少し遠回りして件の村へと赴いた。




着いて早々にいつも笑顔のカルシアさんが顔を少し歪ませた。

「魔族の魔力を感じます」

「まじっすか」

とりあえず聞き込みをしようということになり、村を巡ってみた。

みんな教会と聖女のことを悪く言わないどころか褒め称えていた。

そして、今の自分の幸せがあるのは聖女のおかげだと一様に言うのだ。

噂の聖女様は易しい笑みで楽しそうに教会で子供達に歌を歌って聞かせていた。

どこにでもある、和やかな風景だった。


結果。


「教会と、教会の擁する聖女からは魔族の魔力を感じます」

泊まった宿屋に併設された食堂にて、教会と聖女を調べたカルシアさんが小声で話す。

「多分、この村の方々が教会と聖女に傾倒していっているのも魅了の魔法の一種でしょう」

「まじでか…」

「………どうします?一応僕達は勇者パーティーなので、不穏な陰謀があるのなら潰さないと後ろ指さされますよ」

「一応言うな。私が一番なんで私が勇者なのか疑問なんだぞ」

イースさんには軽くチョップをしたけど、本当にどうしようか。

このまま見逃すことは出来ないな。

平和にいけそうなら平和的解決を求めたいところだけど、魅了の魔法まで使っているとなるときな臭いな。

「とりあえず教会と聖女潰す?」

アデリアさんは相変わらずだけど今回は多分そんな簡単な話じゃない。

「もう少し慎重に動くべきです。教会と聖女について詳しく調べてみましょう」

カルシアさんの言葉に全員頷いてその日はそのまま村の宿屋で寝泊まりした。

その時の私達は、村人は魅了の魔法で魔族に操られているだけ、という認識だった。

それが後で後悔するとも知らずに。




翌日。とりあえず村の中央に建つ教会にやってきた。

村人からの話だけじゃどうにも分からないことだらけなのであえて敵陣…かどうかはまだ分からないけど、本拠地に訪れることで分かることもあるだろうと踏んでのことだ。

「まずは、旅の加護を祈りに来た通りすがりの旅人の振りをしましょう」

カルシアさんの提案に全員が頷いた。

「………なんか、昨日まではなかった変な臭いしない?」

「確かに…どこかで嗅いだことあるような…何の臭いでしょうか?」

言いながらも教会の扉を開く。

ここが敵の本拠地。

中身はなんて事のない普通の教会だった。

ここにも鼻につく臭いがする。

「臭いも気になりますが、まずは姿が見えない聖女とその関係者を探しましょう」

イースさんが提案し教会内を捜索する。

本当に誰もいない。

その時に気付けばよかったんだ。

いつの間にか村人も居なくなっていることに。




教会の奥の銅像を横にずらすと、地下への隠し階段が現れた。

絶対怪しい。

「降りるしか、ないよな」

「そうですね。この奥に何かしらあるでしょう」

階段をくの字型に下ってくるくるくるくる。

一歩進む度にぞわりとした感覚が襲ってくる。

この先にいるのはドラゴンやゴーレムとはまた違ったやばいやつなのは間違いない。

カルシアさんが言う通り、やはり魔族が絡んでいるのかな。

魔族とはまだ対面したことない。


『殺しに慣れることなく、魔王も倒さず、平和にしてみせよう。』

私が付けた、託宣の意味。

出来るかな。

聖女を名乗る魔族がどんな考えでこの村を支配下に置いているかは分からないが、絶対良くないことだろう。

倒さなくてはならないだろう。

理想ばかりじゃダメだ。

私も、覚悟を決めなくてはいけない。

決意も新たに階段を下って行くとやがて最下層に辿り着いた。




薄暗い最下層の中央に、昨日見た聖女が立っていた。

「随分とお早いお着きで。勇者様方はせっかちなのですね」

「勇者だなんて名乗ってない気がするけど、なんで知ってるのかな?」

「いやですわ。勇者様の噂ぐらい、こんな田舎村にも届きます」

聖女は場とは不釣り合いな様子でくすくす笑ってみせた。

聖女はとても優しく柔らかな笑みを浮かべていた。

抑えきれないのかわざと出しているのか、新米勇者ですら分かる魔族の魔力さえ出していなければこれを聖女と信じてしまうほどの魅了の魔法だった。


「あなたの望みはなんですか?」

カルシアさんが問う。

「すべてのものが幸せになる世界を造ることです」

聖女は相変わらずの優しい笑みで言う。

私もすべての人や魔族が幸せになるなら大賛成だけど、これが言うことは違うと本能が告げる。

「…本音は?」

「まあ、本当のことなのに、疑り深いのですね」

口に手を当ててわざとらしく演技のように驚いてみせるも本音ではないことは分かりきっている。

「この村の人達から魂を奪っていますね」

カルシアさんが前へ出て対峙すると、聖女は楽しそうに笑う。

「そうですよ。私の望む、私が与える幸福で満ち足りている人間の魂を少しずつ戴くのです。どうです?すべてのものが幸せになるでしょう?」

うっとりとした表情の聖女は段々と姿を変え、魔族のものに変貌していった。


「なんで、そんなことを…」

聖女、もとい魔族はまた演技かかった仕草でため息を吐いて語る。

「今の魔王は腑抜けでしてね。なら、私が魔王になってみたいと夢を見てもいいじゃないですか。この村はそのための力を得る狩場のひとつなんですよ。じわじわ、ゆっくり、好みの魂にして貰っていくんです。それまでに村人もいい夢が見られているんですよ。とてもいい関係性じゃないですか?」

魔族が楽しげに語って聞かせる言葉をアデリアさんが両断する。

「何を戯言を!」

まったくもって戯言だ。

私とアデリアさんとイースさんは攻撃体制に入るが、カルシアさんはなおも魔族に問い掛ける。

「今の魔王が不甲斐ない、だから代わりに魔王になろうというあなたの夢とやらのために、この村の者を犠牲にしたのですね?」

カルシアさんが怒っている姿を初めて見た。

静かだけれど深い怒りはこちらまでピリピリしてくる。


「いくよ!」

アデリアさんの掛け声でこちら側の攻撃が始まった。

が、魔族は変わらず笑うだけで攻撃を仕掛けようともしない。

むしろ何かを待っているかのようだ。


何をまっているかはそれからすぐに分かった。

別の入り口から魅了されたままの村人が現れた。

そして魔族を庇うように立ち塞がる。

魔族は、私達が村人を傷付けることを待っているんだ。

人間同士の戦いを、見世物みたく楽しむために。


魔族と戦うことになることはわかっていたけれど、村の人間は本物の人間だった。

相手をする訳にはいかない。

なんとか村人からの攻撃を躱しながらあの魔族に近付きたい。

剣が当たらないように、魔法が当たらないように、細心の注意を払っているがなにせ数が多い。

どうしたって狭いこの場所では難しい。

「ああもう!鬱陶しい!」

アデリアさんも短気を起こさず我慢して向かってくる村人をいなして魔族の元へ行こうとしている。

カルシアさんがバフを掛けて防御力を上げてくれて、デバフで村人の動きを遅くしてくれたおかげで魔族の元まであと少しというところまで来れた。

次の詠唱は少し長くなる。村人の動きを遅くしてくれたのはそのためだろう。

次のデバフで村人を眠らせようとしてくれている。

そうなったら魔族とのみ戦える。

イースさんは後方から頭上を狙い魔族に攻撃魔法を当ててくれている。

あと少し、もう少し、そう思って村人の群れを掻い潜り、やっと魔族へ剣が当たる位置まで来れた。


「お前の夢、ここで終わらせてもらうぞ!」

ここまで来ても私は魔族に対してどこか軽んじていたのかもしれない。

分かり合えるかもしれないと。

魔王に不満があるならそこから話が通じるかもしれないと。

けれど、村人を振り切って魔族の元へ辿り着いた私は剣を振るった。

とにかくこの魔族を放ってはいけない。

なんとか力を削がないと。

魔族は変わらず笑いながら躱そうともせず私の剣をわざと受けた。

「なんで…」

意図がわからず呟いた言葉に魔族は笑みを深くする。

「腑抜けの魔王が、魔族全体に命じられましてね。魔族自身傷をつけて血を流せないんですよ。悔しいことに魔力だけは誰にも叶わず、私は私の血でもって完成する儀式が完成できずにいました」

魔族の言う通りだとしたら魔王の意図も分からない。

でも、こいつは言った。

こいつの血で完成する儀式だと。

やばい予感しかしない。


この頃には村人はカルシアさんの魔法で全員眠っていた。

「あら、もう村人全員眠らせてくださったんですね。もう少し、人間同士の小競り合いでも見てみたかったのですが」

にこやかに魔族は言う。

「何がそんなにおかしいんだ!」

分からないことを分からないままやってしまって後悔が押し寄せてきた。

私は、どこかで、いや最初から間違っていたのかもしれない。

この村に来たときから。

「だって、もう儀式は完成しますもの。ここにある大量の命で」


薄暗くて気付かなかったが、魔族の足元には円陣があり、そこに先程つけた傷から血を流していた。

恐らく、これで儀式とやらが完成してしまったんだろう。

円陣に気を取られている間に魔族が炎を放った。

この臭い、なんで気付かなかったんだろう。

「油だ!」

言うのが早いか油に火が放り込まれた。

辺り一面火の海になり、カルシアさんの魔法で煙と炎を回避しつつなんとか地上に出た。

村に蔓延していた油から火がどんどん伝わっていき家を焼き、家畜を焼き、村人を焼き尽くす。

村人が焼け爛れて苦しみの声があちらこちらから聞こえてくる。

耳を塞ぎたくなるが、そんなことは私には許されない。




轟々と炎が村のあちらこちらから燃え上がる。

私達だけでは消火活動は難しいだろう。

カルシアさんとイースさんの魔法も限度がある。

ただ、後ろを振り向かず全力疾走で燃え上がる村から逃げ出して歯を食いしばるしかなかった。




何が勇者だ。

何がどちらも救いたいだ。

魔族と人間の違いなんて今回で明確になってしまった。

利用される側と利用する側。

今回の魔族は悪いやつだったから仕方がないと無理矢理自分を納得させる。

でも、結局どちらも救えなかった。

すべてが最悪な結果になった。

平和なんて私には過ぎた夢だった。

勇者なんて、私にはやっぱり荷が重い。

村人に戻りたい。

託宣がなんだ。そんなもの。

こんなに苦しい思いをして忠実に守らなくてはいけないものなのか?

ここは狩場の一つだと言っていた。

魔族は生き残ってどこかにいるだろうが、人間に生き残りはいない。

教会の最下層に横たわる屍の中で立ち尽くして、泣く資格もないのに涙が止まらなかった。

もっと上手く出来たかもしれない。

あそこでああしていたら違った結末になったかもしれない。

とりとめもない『もしも』で頭がいっぱいになる。

その『もしも』は私が潰してしまった。

殺さないから?

殺すのが正しいのか?


分からない。

私には、やっぱり勇者なんて荷が重すぎる。

こんなに大勢の亡骸を見たことはない。

これが私が見てこなかった現実。




アデリアさんも、イースさんも、カルシアさんもつらいはずだ。

ここは勇者の私がなんとかしなくちゃ。


なんとかってなんだ。


なんの言葉もでない。


私は、私がなりたかった勇者にはなれそうもない。


初めて魔族に嫌悪感と憎しみを持ってしまった。

これでは『殺しに慣れることなく、魔王も倒さず、平和にしてみせよう。』

私が付けた、託宣の意味。

それがなくなってしまう。

魔族が許せなくて殺すことに躊躇がなくなってしまったら殺しに慣れてしまう。

魔族の王である魔王も許せなくて倒してしまうだろう。

そして、人間だけの平和を手に入れるのだ。


それは、正しくはない。

私の思う勇者じゃない。


分かってはいるのに灰の中から屍肉を拾いだし、村人の亡骸を埋める穴を義務的に掘っていると鬱屈した気持ちに支配される。


私は、無力だ。




勇者って、なんなんだろうな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る