勇者とは、さもありなん

千子

第1話

何もない村に生まれ育ち、特に特技もなく華やかなこともなく、このままこの村で何事もなく生きて死ぬだろうと思っていた。

そうありたいと思っていた。

それほどに私、アルテにはなにもない。


なんにもない、そう思っていた。

しかし実際には勇者である。

スキルもなくレベルも1だけど宣託を受けた立派な勇者になってしまったのである。




事の起こりは成人の儀で職業宣託の儀式からだった。

なんの取り柄もない私は両親と同じく村人としてこの村に骨を埋めるつもりでいた。

しかし世の中なにが起きるかまったく分からないもので、私は勇者として宣託された。

その時の周囲の言動といったら、えらい大人ばかりが集まっているのに、仕方のないことばかりだった。

そして、魔王を倒すことを余儀無くされた。

人間と魔族との諍いは数百年とも数千年とも言われている。

…そんな大層なものを終わらすのに、村人が選ばれちゃっていいのか?


数いる騎士やギルドの人々、腕に覚えのある王侯貴族を差し置いて一介の村人が勇者になったのである。

嫉妬や嫌悪感、憧れや羨望の眼差しを一身に受け、生まれ育った村から王城へと運ばれていった。

この表現だと荷物みたいに感じられるが、事実、私の勇者判定に異論を唱えたい人ばかりが村へ来ていたので荷物のような扱いだったことは仕方がない。

仕方がないとはいえ腹が立つことは立つのでやったやつらの顔は全員覚えておいた。

いつか見てろよ!




そして私は私以外のパーティーメンバーと初めて出会った。

どうやら勇者メンバーとして最初に託宣されたのは私らしく、だが、ど田舎から私を連れてくる間に私以外のメンバーは揃っていた。

王城で王様から紹介されたのは剣聖アデリアさんと賢者カルシアさんと魔法使いイースさんだった。

アデリアさんは頼りになるみんなの姉御って感じで、かルシアさんはいつも微笑んでいる優しい性別不明の魅惑の人って感じで、イースさんは成長期の生意気クール男子って感じだった。

そして極々普通な一般人代表であり村人の戦闘値ゼロである私である。


こんなメンバーで大丈夫なのだろうか?

託宣だからと信じて本当にいいの?

騎士団長とか魔術師団長が行った方が良くない?

未成年いるよ?

なんてことは言えない空気である。

勇者であろうと長年の村人生活で長いものには巻かれておきたいと思ってしまう。

きっと私には分からないことがあるんだ、世の中には。




お互いに簡単な挨拶をしたら即追い出された。

語弊ではない。

追い出されたのである。

おい。こちとらお前らの命令で魔王倒しにいかされるパーティーメンバーやぞ。

せめてもう少し丁重に扱おって気にはならない?

別に盛大なパレードとか欲しかった訳ではないけれど、これから魔王を倒すという大仕事をするのだから士気をあげてほしいというのは我儘だろうか?

しかも徒歩。

馬車とまではいかなくても馬ぐらい貸してくれてもよくない?

魔王城まで結構あるぞ。多分知らんけど。




仕方がないから魔王城までの道程をてくてく歩いていく。

なんのスキルも経験値もない戦い方すら知らない私は、みんなの荷物持ちを申し出た。

最初は勇者にそんなことをさせられないとか言われていたけど、こちらとら戦闘経験値ゼロの元村人である。

役に立てないならせめて荷物持ちをさせてほしいと懇願し、攻防の末、敵が現れてアデリアさん達が戦闘し、最後のトドメを私がさして経験値を上げることに決まった。


そして私は荷物持ちをしながら魔物が出現し戦闘が始まったら邪魔にならないようにしつつ、合図を貰ったら飛び出して瀕死の魔物を倒して経験値を稼いでいた。

勇者としてこれでいいのか…?とも思ったが、みんなの頼れるお姉さんこと剣聖アデリアさんが「いいって、いいって!最初はみんなそんなもん!これからに期待してるよ、勇者様!」なんて豪快に笑うから、しばらくはこの路線でいかせてもらうことにした。

アデリアさん、心の中で姉御って呼んでいいかな?

魔法使いのイースさんはこちらこのとなんてお構い無しに魔法を撃ってくるので気を付けなければならない。

淡々と的確に攻撃魔法を敵に撃つ姿は少年ながらも頼もしい。少なくとも村人よりは。

そして、危ない時は即座に賢者カルシアさんの後ろに隠れるに限る。

カルシアさんはいつも後ろで微笑みながら補助魔法や回復魔法を掛けてくれる。

魔法自体じゃなくてカルシアさんが癒しだ。




てくてくてくてく歩きながら適当に魔物を退治してお互いの実力を把握する。

殺して、殺して、殺した。

村にいた頃も食べるために動物を狩ったことくらいあるが、経験値のためだけになにもしていない魔物と戦い勝つのは不思議な感覚だ。

これには慣れたくないな、とは思った。


殺して良いのは食べるものだけ。

生命の理に反することをするのが勇者なんだろうか?

世界を救うということなんだろうか?


経験値ゼロの村人だった私以外はさすが託宣を受けただけあって立派に戦えている。

というか私が足を引っ張っている。

瀕死の魔物に、エイヤッと剣を突き刺すのは子供にだって出来る。

勇者なのに…。

だって、戦闘なんて初めてなんだもん…元村人舐めんなよ。




しばらく旅をするとカルシアさんが躊躇いがちに訊ねてきた。

「失礼かとは思いますが、アルテ様は男性なのでしょうか?女性なのでしょうか?」

「ふっふっふっ、内緒」

パチリと華麗に決まったウィンクにかルシアさんが瞬きをする。

自分で言うのもなんだが、中性的な容姿と相まって性別を聞かれることは多い。

ていうか、性別不明はカルシアさんも同じでは?

未だに宿屋でどちらの湯に入っているか分からない。

それに、様付けなんて要らないと言っても未だに言い続けるところが意外と頑固なんだよな。


でも、世界を救うのに性別も年齢も関係ないと思うので、別に言ってもいいかと思いつつ誤魔化してしまう。

せめてミステリアス路線を追加したいささやかな村人心。


私は、アデリアさんやカルシアさんやイースさんに特段深入りするつもりはない。

友情を育む気持ちもまだなく、仲間意識はあるけれど親しくなると魔王討伐が終わって「はい、さようなら」となった時に寂しい。

とても寂しい。

私は案外涙脆いんだ。

始めから終わりが見えている関係なら、このままがいい。

これは我儘だろうか。


アデリアさんやカルシアさんは分からないがイースさんも同じようで、とても積極的にみんなと仲良くしようとはしていない。

チームワークを乱してないからいいんだけどね。別に。

でも、私も魔王を倒すためのパーティーメンバーとしてのコミュニケーションはとっているから許されたい。


「男とか、女とか、勇者という職業に必要?」

「いいえ、ですが、今後なにかあると困りますし…」

なにかってなんだ。応急手当で服を脱がせていいかとかそういうことか。

「まあ、そん時はそん時でお願いします」

軽い私の返答にカルシアさんは「はぁ…」と、いまいち納得しかねる様子だった。

別に答えてもいいけど、性別が世界と関係あるかとは思えない。


私は私でありたい。


そう思ってしまうのは、まだ勇者なんて仰々しい肩書きに慣れずにいるからだろうか?

だからか、カルシアさんの質問に適当に答えて流してしまった。




戦うことに性別が必要なら、剣聖が女性のアデリアさんである必要もないし、後方支援の魔法使いが男の子であるイースさんである必要はない。

勇者である私にも性別がどうとか必要はないだろう。

現に、それでも戦えているし世界は回っている。

この世界には、無意味なことだ。

多分、勇者じゃなくても魔王は倒せる。

勇者じゃなきゃいけない意味ってなんだろう?

私が託宣で勇者に選ばれた理由ってなんだろう?

他に相応しい人もたくさんいた筈だ。

でも選ばれたのは私。

私が、勇者として、魔王を倒す者としての意味ってなんだろうか。

正直なところ、戦いたくはない。

未だにそこら辺の魔物と戦うのだって怖いんだ。魔王なんてもってのほかだ。


勇者って、本当になんなんだろうな。




カルシアさんはやたらと私に構う。

所詮は魔王討伐のための寄せ集めパーティーといってもコミュニケーションは必要だよね。分かるよ。

ちゃんとみんなと仲良くはしてるよ。

和気藹々とはいかないけど、ある程度のことは分かってきた。


「アルテ様はなにかやりたいこととかありますか?」

「さっさと平和な世の中にして村に帰って畑を耕すかな」

カルシアさんは軽く頷いた。

「平凡ですね」

「平凡で平和な世界が一番さ」

「そうですね。そのために私達は魔王を倒して障気をなくして皆様が安全に暮らせるようにする必要があります」

カルシアさんが神妙な顔をする。


でも、それを知る人物は少ないよな、とは思った。

現に魔王討伐の旅の途中だというのにギルドに所属する冒険者としか思われずに過ごしてきた。

いや、大々的に宣伝しているわけではないけれど。

この世界は平和だ。

魔王がいて、魔族がいて、魔物がいても平和だと感じる。

それはきっと、出会ってきた誰もが不幸だとは思っていないからだろう。

知らないところでは魔族に、魔物に身内を殺された者もいるかもしれない。

だが、会ったことはない。私が知らないだけかもしれない。

それが幸か不幸か分からないが、私自身には魔王も魔族も倒す意味がない。

意味がないことを勇者だからと突然言われて村から強制的に連れ出されて無理矢理旅に出されたのだから人間側の方がむかつくと思う時すらある。


第一、魔王が存在したからといってこの世界は何も変わらなかった。

諍いも、主に人間側が異種族である魔族を恐れて起きるものだ。

そもそも魔王はこの世界をどうするとも言ってはいなかった。

なにもしていなかった。

ただ、存在するだけ。

魔王の存在に恐れて排除しようとするのは人間側だけだ。

この戦いになんの意味があるんだろう?

人間側の平穏のため?

今だって平穏なのに?

魔物が動物や人間を食べるのも、人間が動物を食べるのと変わらないだろう。

なのに人間と違うからと駆除される。

本当に恐いのはどちらだろうか?




魔王を倒して終わりでいいんだろうか?

そんな思いもあった。

魔族達が私達を殺しているように、私達が魔族を殺している。

これは終わりの無い戦いなんじゃないか。

どこかで終わりを探さないといけない。

そんな気持ちになった。

殺しているのが人間じゃないだけ。

魔族だから、魔物だから殺していいというのはどうなんだろうか?


殺す度に、これが人間相手だったらどうなるんだろうかと思うようになっていった。

それでは単なる人殺しだ。

相手の種族が違うだけ。

本当に、これでいいんだろうか?

私が戦いとは無縁だった村人だからそうおもうんだろうか?




「魔王を倒して終わりでいいんだろうか?」

私の質問にメンバーは首を傾げる。

それはそうだろう。

今までの行動を否定してしまうものになってしまう。


だけれど、平凡で平和な世界に魔族がいないのは果たして正しい世界なんだろうか?




疑問を抱きながらも旅は進められるし魔物は倒した。

もう意味なんてない。

居るから倒す。

それしかなかった。

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