第2話


「神……ごろし?」


 なんだ、その物騒な響きは……。


 ただ分かるのは「ロクでもない事」だという事くらいだ。


「うん、そう」


 そう言って神亀は自分で準備したコーヒーを口へと運ぶが「うん、そう」と言われたところで全然ピンと来ない。


 とにかく今のところ分かっているのは、ただ「神を殺す」という事だけだ。


「君にはバディを組んで私の手伝いをしてもらいます」

「バディ……って、誰と」


 何となく察しはついていたが、根岸はあえて尋ねると……神亀はニコリと笑って自分自身を指す。


「……」


 この時程「ああ、やっぱり」と思った事はない。


「いや、そもそも『手伝い』って……つまりそれがその」

「うん『神殺し』だよ」


 言っている事はとてつもなく物騒なのに、神亀はどことなく嬉しそうだ。


「いや『神殺し』だよ……じゃなくてだな。そもそも『神殺し』ってなんだ?」

「何だって聞かれると、文字通りの意味としか答えようがないかな。でも、それじゃああまりにも不親切だから簡単に言うと、私たちの相手は墜ちた神様。それらを殺すのが『神殺し』だよ」

「……いやだから『墜ちた神』ってなんだよ。天使が悪魔になる……みたいな感じなのか?」


 いまひとつピンと来ていない根岸だったが、何とか自分の中にあるなけなしの知識を集めて尋ねた。


「少し……違うかな」

「違うのかよ」


 根岸としては良い線いっていると思っていたが、彼女の反応を見る限りどうやら違うらしい。


「私たちが対峙する相手。つまり『神殺し』の対象になるのは『人々に忘れ去られた神』なんだ」

「人々に忘れ去られた……ってつまり……」


 昔は『神様』として祀られていたという事なのだろう。


「この国にはたくさんの神社や祠がある。ただ、それだけたくさんあるという事は、それだけたくさんの神様が存在しているという事。つまり、その中には忘れ去られてしまう者も存在しているという事になる」

「……」

「本来であれば『神殺し』なんてしなくても自分の状況を受け入れるのだけれど……」

「――中にはそうじゃないヤツもいるって事か」


 根岸は納得した様に頷く。


「神様の力の源は『人々の信仰』だから。それがなくなっているという事は神様自身がよく分かっているとは思う。当たり前の話だけど」

「ただ、神様本人からしてみたらたまったもんじゃないな」


「……そうだね。だから中には人間に恨みを持って襲う神様もいる。その原動力は『人間に対する負の感情』だから恨みが深ければ深い程強くなる」


「なるほどな……って、じゃあ借金取りを殺したのは……」

「人間に恨みを持った神様が彼らを殺したと考えるのが自然かな。でも安心して。ちゃんとその神様は殺したから」

「……」


 彼女の口から告げられた言葉に思わず衝撃を受ける。そもそも神様が人間を恨む事があるという事も、ましてや人を襲うという事も全然知らなかった。


 ただ分かった事は「自分はとんでもない人に救われた」という事実だった。


「ああそうだ」


 突然自分がとんでもない事に巻き込まれている事をようやく理解して固まる根岸をそのままに彼女は何かを思い出したらしい。


「……何」

「君が今まで働いていたアルバイト先。つぶれたから」


 サラリと言われたその言葉に根岸はまたも固まり、口の端から「え」とこぼれる様に呟く事しか出来なかった。


◆   ◆   ◆    ◆   ◆


 ずっと驚いてばかりで根岸は疲れ切っていたが、それでもコレには反応せずにはいられない。


「本当は色々と正式な手続きとか君の意志とか色々とすべきだと思っていたのだけど……」


 さすがにつぶれたとなってしまってはどうしようもない。


「は……はは」


 コレにはさすがに笑うしかないだろう。


「でもつぶれてしまったものは仕方ないな。正直、自分で働いておきながら色々と怪しいとは思っていたからな」


 長くいたからこそ分かる……とは言わないが、それでもたまに「うちっておかしくないか?」と思う事は確かにあった。


「それにまぁ。これからはあんたの手伝いをするって事ならちょうど良いってやつだな!」


 実はアルバイト先ではかなり辛い事ばかりで……彼女から「つぶれた」と聞いて最初に感じたのは「良かった」という気持ちの方が強かった。


 だからなのか、正直。開放感がすさまじかった。


「……良いね。ポジティブな人は嫌いじゃないよ」


 そして彼女も強がっている様に言う根岸を見てニコリと笑うのだった――。

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