結婚休暇後半
第24話 妻を理解する悦び
結婚休暇後半。
私は前半と打って変わって、毎日幸せな日々を過ごしている。
何しろ、ステファニーが同じ家にいるのだ。ただそれだけのことで、世界は虹色に輝くように明るかった。
そして、その悦びを糧に、私は計画の遂行に励んだのである。
その結果は素晴らしい気持ちを私に与えた。
ステファニーが、私の飲み掛けのコーヒーを奪ったり、脱ぎたてのシャツを奪って全力で逃走していた気持ちが今なら分かる。
(ステファニーのコーヒーを飲んだだけで、この幸福感……なんということだ……)
楽しい。
それはもう、模型作りに熱中している時と同じくらい楽しい。
私は自分の妻に夢中で、まさにメロメロキュンキュンであった。
「ステファニー!」
「えっ、何っ……えええ!?」
廊下にいるステファニーを見つけた私は、『今だッ!』という心の掛け声と共にステファニーに向かって全力疾走する。
そしてその勢いのまま、壁際まで逃げていたステファニーの両脇にドゥン! と音を立てながら私は手を突いた。
少し必死感が出てしまったが、まあ許容の範囲だろう。私は髪を振り乱したまま、メガネ越しにステファニーを見つめる。
「あ、あ、愛くるしい私のワイフ、ステファニー。今日も夕食を共にしてくれるだろうか……」
「……!? ……!??」
「壁ドンだ。君のときめきをゲットだ!」
「手に入ったのはトキメキじゃなくてオドロキですわ!! か、壁に……穴が……」
ふむ、言われてみたら二つの大きな凹みが出来ている……。
この後、怒れる老執事とメイド長にコテンパンに説教された私は、壁ドンを全面禁止されてしまった。技を一つ失ってしまったが……私にはまだ秘策があるので大丈夫だ……!
それに、驚くステファニーも、私の行動に対して反応してくれているのだと思うとなんだか愛おしい。
(やはり、これらの行動の先にあるのが、愛……!)
「ステファニー!」
「えっ、何っ……えええ!?」
朝食前に私は、ステファニーの部屋を訪ねて入室の許可を得る。
そして、ドアを開けるなりズンズンと足を踏み鳴らし、目的のものに向かって一直線に進んだ。
「な、何をしに来ましたの?」
「ステフ」
「は、はい」
「これが、なんだか分かるか」
私は部屋の中にあったあるものを見せながら、ステファニーに問いかける。
「わ、わたくしの枕ですが……?」
心底不思議そうな顔をしているステファニーに、私は満足げに頷く。
「そうだ。私の大切な宝石、ステファニー。君の枕だ」
「は、はあ……」
「私は君のように愛情深い人間になりたい。だからこれは、必要なことなのだ」
「え?」
ステファニーがどのような愛情表現をしていたか過去を振り返っていた私は、唐突に気がついたのだ。
ステファニーは枕をスハスハするだけではない。
その姿を私に見せつけていた!
なんということだろう、私は枕をスハスハしただけで、ステファニーを理解したような気になっていたのだ。
(私は己が間違いを正す!)
私はステファニーの枕を抱きしめると、彼女に見せつけるようにその枕に……身を寄せた。
「ス、ステファニーの枕は花の香りがする……!」
「……!!??」
ドヤっとキメ顔を見せたところで、真っ赤な顔をしたステファニーに、枕を取り戻されてしまった。
「あっ、私の宝物が」
「何を考えて! いるん! ですのおお!!」
ステファニーは珍しく年頃の娘のように取り乱していた。ぽこぽこと叩かれ、頬を何度もつねられたが、その可愛い反応に私は頬が緩む一方である。
私はふと、図体の大きさを生かしてステファニー自身を抱きしめてみた。
美しく可憐な私の金色は、すっぽりと私の腕の中に収まる。
「……!?? なにをするんですの!」
「本体の方がいい香りがする」
「!!??」
とうとう涙目になったステファニーは、私のことを枕でバシバシ叩き、「ばか! ばか! マイケルのばか!」と散々罵倒した。
しかし私はずっと笑顔だった。
(よ、よし! 呼び名がマイケル卿からマイケルに変わったぞ! やはり効果はあるのだ……!)
ただし、あまりに私がニヤついていたからか、怒れるステファニーに「今日の朝食は食堂にいきません!」と30分ほど部屋に立て篭もられてしまったのは遺憾だった。
「ステファニー! 君が食堂に来ないなら、私も君の部屋で食べる!」
「無茶を言わないでくださいまし!?」
「すまないステファニー、私がやり過ぎた。君の香りはいつだってコスモスのように慎ましやかで、枕を直接こう近づけないとなかなか――」
「何を語り始めていますのぉおお!!?」
ちなみに朝食は、激しいドア越し攻防戦の結果、間をとって私の部屋で食べることとなった。(なぜだ?)
そんなこんなで、私の計画はまずまずの効果を発揮していた。
手応えを感じ調子に乗った私は、さらに意欲的にステファニーへの愛情表現に乗り出した。
ステファニーに愛を囁き、飲み物を共有し、壁際から様子を窺い、花束を送り、枕を拝借する。
そしてステファニーの愛らしい反応に悦びを感じ、更なる行動へのモチベーションを上げる。
素晴らしい……本当に素晴らしいループだった。
最初の数日間は。
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